王となれる証を失った王太子の独白
私は、バルウィン王国の第一王子にして王太子、レイ・ソーン・ウィリアム・バルウィンである。
ただし、それはかつての自分であり、現在は王位簒奪者と言えよう。
なぜならば、私は詐欺師と同じだからだ。
どこの国の王族も王である証として、異端の秘術を継承している。それは貴族家の血統魔法と違い、王位継承時の儀式にて魂に刻まれるのだ。
そういう事にしている。
ゼノアルカナムなど血統魔法と同じだというのに。
だが世界中どの国でも、王家の血統魔法だけゼノアルカナムと称している。
その理由は、情けないが、どこの国にでもある共通の事情による。
建国した始祖となる王の血は時代を経るごとに薄まり、また動乱によって王族そのものが挿げ替えられているなどよくある話なのだ。
なので、私が生まれながらにゼノアルカナムを持って生まれたことは、我が父と母に、いや、バルウィン王国にとって僥倖だった。
バルウィン王国は歴史分同じ王族の血が続いているという証となるのだ。
私という存在によって。
私の誕生は、国をあげての祝い事となった。
赤子である私は、敗残者でしかない心持ちであったがな。
考えてくれ、私は二度目なのだ。
前回の生で私はゼノアルカナムを手に入れるために王となり、ゼノアルカナムを手に入れたそこで、民の幸福など投げ捨てて己の為にゼノアルカナムを発動したのだ。
どうしても、許せなかったから。
どうしても、忘れられなかったから。
どうしても、やり直したかったから。
バルウィン国王の持つ異端の秘術は、黄金の輪廻というスキル。
疫病や大飢饉に戦争と国に大難が起きた場合に、一回だけ過去に戻ってやり直しができるというものなのだ。
そうだ。
私はすでに黄金の輪廻を使っている。
私が生まれながらに黄金の輪廻を持っていたのはそういう理由だ。
一回だけ使えるスキルを使用済みにしてしまった王子、それが私だ。
もう国に何が起きても、私は国民の為にやり直すなど出来ない。
私は身分違いの女を愛し、彼女を失った辛さで前回の世界をリセットしたという、王になるには値しない行動しか出来なかった愚図なのだ。
それを隠して王となろうとしている私を、簒奪者と呼ばずなんと呼ぶ。
さて、そんな私に騙されている者達に、私はなんて言うべきか。
私は自分の大事な影であるディを見つめる。
本来であれば私の人生に引っ張り出されることはなく、平民として殺しや謀略など遠い場所で生きていられただろう少女。
人違いで自分の影にしてしまった、今回の生において私の最大の犠牲者だ。
彼女はアッシュブラウンの髪で、ピンクに輝くブロンドではない。
彼女の瞳は、オレンジ色のファイヤが輝く宝石のスフェーンのような緑色で、ピンクの花が咲く水色の瞳ではない。
彼女は大柄な男性から見れば華奢で小柄だろうが、女性の平均身長よりもほんの少し背が高く、鍛えられているので体つきは十代前半の少年のようだ。
平均身長にただ痩せているだけの細い肢体などではない。
トロンポス孤児院出身の、絶対防御魔法と完全回復魔法をスキルに持つこの少女は、フルール男爵の養女となった聖女ミーシャ・フルールなどでは決してない。
あの女は一体どこに消えたのだろうか。
私の愛したディアドラを、冤罪に落とし込み自殺に追い込んだあの魔女は。
ああディアドラ。
私が前回の生で愛した少女。
私は彼女を助けたかった。
今世ではレイとして君と関わることはしないつもりだったと言って、君は信じてくれるだろうか。
前回の生では、彼女は子爵の家に生まれながらも「善人を標榜した」愚鈍なる父親によって家族で貧しい暮らしを強いられていた。その生活から抜け出すために、ディアドラは平民と偽って奨学金特待生となっていたのである。
彼女はノイシュという家名を隠し、商家の娘だった祖母の姓を名乗っていた。
ディアドラ・メレダインと。
しかしそのせいで彼女は擦り付けられた冤罪を拭う事ができず、また、私に助けを求めるどころか私の名誉を守るために舌を噛み切って死んでしまった。
そこで私は今世では、愛する彼女がノイシュ子爵令嬢として何も偽ることなく、学園に通えるように算段をした。今回は、私は彼女に表だって関わらず、将来のために勉学に励む彼女を遠くから見守るつもりだったのだ。
だが、神の配剤か悪魔の策略か、学園がクラスによって教科書が違うという事実を入学してから知ることとなった。
家格が低い、領地も無く貧しい爵位持ち、金はあるが商家という平民、しかしながら学力が高い子供が高位貴族様の上になってはいけない。また、家格が高くとも学力不足や素行不良の子供をまとめる場所が必要だ。
クラスをアッパーとロワーに分けてカリキュラム内容に差をつけていたのは、そういったくだらない貴族社会の事情からなのである。
これでは文官になるというディアドラの夢など叶わない!!
私は目の前が真っ暗になったが、打開策を思いついたときには喜びばかりだった。
兄の教科書だと偽って、アッパーの教科書を彼女に融通してやればよい。
彼女に声が掛けられる、のだ。
だが、私が彼女に伝えた言葉は、一緒に勉強しないか、という前回の生の時と同じ言葉だった。いや、少々違う。図書館で出会った彼女と離れ難く、これきりにしたくない一心であったのは同じだが、あちらの方が懇願だった。
「君が私に勉強を教えてくれないか」
本当に必死に、恐れ多いと私から逃げようとするディアドラの手首を掴み、お願いだと乞うていたのだ。王子の私が。
そして今回は。
「お兄様の教科書を私が頂いたら、あなたの勉強には困りませんか?」
「いえ。中間クラスはアッパーと同じ教科書ですから」
「では、講義内容も同じかしら? あ、でも」
ディアドラは私から恥ずかしそうに、いや、これ以上は図々しいと自分を戒めるようにして目を逸らした。私はそこで理性が飛んだ。またあの綺麗な菫色の瞳に見つめられたい、その一心だけとなってしまったのだ。
「一緒に勉強しませんか? 講義内容を君に教えてあげることは、僕の復習にもなります」
「うれしいわ。ぜひ」
ディアドラが私に向けてくれた笑顔は、前の生では見たことが無いものだった。
愛を伝えた時に彼女が返してくれた笑顔にも、身分違いからくる戸惑いがあった。
けれど、この笑顔は何のわだかまりもない心からの感謝や喜びに満ちたものだ。
これだけで死ねる、そう確信できるほどの。
「あの、あちらの方々はあのままでよろしくて?」
「あ、ダイジョブダイジョブ。そのためにジェット呼んだから大丈夫。だから、ここで、何も恐れずにジェットを待っていましょうね」
ディはディアドラを安心させるようにニコリと微笑み、それから私に向けてもニヤリと笑顔を作った。その顔が初めての顔合わせの時と一緒だと思い出す。
暗殺の技を仕込まれた子供が、夢も希望も持たないどれほどに陰惨な表情をしているかと思えば、私や私の妹達よりも溌溂とした純粋無垢なものだったのだ。
ジェットが妖精だとディを讃え、ディへの恋に落ちる程に。
どうして君は汚れないのか。
それは、きっと。
私はディの肩越しの風景へと視線を動かした。
私の黒騎士が我らの元へと向かってくる。
全ての罪を断罪する死神のようにして。




