図書館で出会ったうさぎさん
ジェットからのドレスは部屋のクローゼットに吊るさなかった。
私は学ぶ子。
絶対に誰にも触られたくないしダメにされたくないのであれは、絶対不可侵な領域である私の収納魔法に片付けるべきだからだ。
もちろん部屋には、あからさまに目視できる不可侵結界もほどこした。
平民がそこまでの魔法を持っていたら怪しまれるし注目を浴びるが、私は今や伯爵令嬢様であり、ジェットが私の庇護者として隠れ蓑になってくれている。
私が張った結界もジェット作だと誰もが思ってくれるだろう。
実際、この魔法についてはジェットも習得している。
彼も私も互いのスキルや魔法で自分でも習得できそうなものがあれば、積極的にコピーし合ってきたのである。回復魔法はそもそも私が教えた。
属性がって?
回復魔法は光魔法とか聖魔法思われがちだが、そんなことはない。怪我を治すだけの魔法でしかないのだ。
つまり、どんな属性の人間でも魔力さえあればできる身体強化の応用なのだ。
ただしこの回復魔法の真実については、殿下と親父殿によって緘口令が敷かれている。広めた方が助かる人が増えると思うのに、広めることが禁止な上に人前でばかばか使うなとの厳命だ。なぜか私だけ。
そのせいで、今やジェットの回復魔法の方が、私の魔法よりも繊細で使えるものになっている。なんか、ムカつく。
完全回復魔法はジェットの意識が無い時の行使だけど、絶対防御魔法は詠唱を聞かれちゃっている。サンクトゥスオームをジェットにマスターされないといいなあ。
「あ、それは!!」
私は可憐な声に物思いから覚めた。
なんと、私はジェットからのオレンジのドレスを受け取ってから、何故か部屋で静かにしていられない病に罹ったようである。だって気付けば私は制服姿で、自主休講にしたはずの学園の図書館内にいるのだから。
ジェットはあのドレスに魔法か何かをかけてたのかも。
「やばい。このままじゃなし崩しに結婚式を挙げてそう」
「あなたも自分の人生の為に頑張ろうとなさっているのね」
先程と同じ鈴を転がすようなかわいい声。
私は自分に声をかけていたらしい可憐な声の主へと振り返る。
そしてその瞬間、息をのむどころか、世界中の空気を全て吸い込みそうになった。
いや、息をするのを忘れかけたというべきか。
真っ白のウサギみたいなフワフワの長い髪に、ピンク色に近い紫色の大きな瞳という、妖精みたいなかわいい子が私の目の前にいるのだ。
学園の面白みなど無い襟と袖のカフスだけ白い制服が、この子のためにデザインされたの、という風に彼女の可愛らしさをさらに強調している。
え、嘘、これは夢ですか?
ジェットのドレスって、幻惑魔法が掛かっていたの?
「かわいい」
「はい?」
「あ、あの」
私は自分の手元を見て、初級薬学の参考書だったと気がついた。
目の前の美少女は、この参考書を私に横取りされたってことかな?
わあ、ごめんなさい。私は無意識で棚から出していただけです。
ええと。
私は本を間違えていたようだから、どうぞ。
「かわいすぎ」
私は本を彼女に差し出しながら、声に出す言葉を間違えていた。
これでは意味のわからない気持悪い人だ。
「はい?」
ほら、美少女はとっても怪訝そう。
でも彼女も悪い。
彼女の可愛いが強すぎて可愛いしか言えないのだ。
私は笑顔を作り直すと、再び参考書を美少女に差し出す。
彼女は受け取るどころか、おずおずっという風にして上目遣いで私を見上げる。
大丈夫、罠じゃないよ。
「どうしました? あなたはこの本が必要なのでは?」
「あ、そうですけど、あなたも必要なのでは?」
「大丈夫です。ぼんやりして出す本を間違えただけでした」
「では、それでしたら喜んで」
私は少女に本を渡すと、自分が滅多にしないことをした。
令嬢らしくぴょこんと頭を下げ、自己紹介なんてしたのだ。
だって、この白うさぎさんの名前が知りたい。
「デイジー・スピネルと申します。以後よろしく」
「あ、あは」
白うさぎは白うさぎっぽくぴょこんと慌てて頭を下げ、それからなんとなく聞いた事があるような名前を名乗った。
「ディアドラ・ノイシュと申します。わた、わたしこそ今後もよろしくお願いします。ええと、友人と勉強会をしておりますの」
彼女は自分が図書館にいる理由も紹介に付け加えたが、わざわざ説明されなくとも、この時間に図書館にいる理由はそれだろうしそれしかない。
一般生徒は寮に戻っているかお茶会などをしているし、騎士科は訓練、奨学金特待生はまだ授業中。ならば、一般生の勉強に励みたい子は図書館にいるだろう、というそれだけだ。
逆に、どうして勉強会を歯切れ悪く自己紹介に付け足したのか?
「スピネル様も、あの、お勉強にいらしたのなら、ご一緒にどうかしら?」
「嬉しいお誘いですわ。でも、クラスが違うと教科書も違うようですから」
「さ、左様でございますわよね。わた、私は初級の下級クラスだというのに、失礼なことを申しました」
なんと、同クラかよ。
私は観察してきた令嬢の動きそのままに、可愛らしく両手を合わせ、無意味に甲高い声を上げた。
「なんて幸運な事でしょう。私もロワーですのよ!!」
「あら、もしかして、今日付けで編入されたという方ですか」
「ええ。今日は入寮で疲れてしまったので、授業はお休みしてしまいましたの」
「まあ、ああ、そうですの。あの、友人を待たせていますので、あの、また」
あれ、引かれた?
真面目そうな子に授業の自主休講は印象悪すぎか?
令嬢演技がまずかったか?
「あ、あのノイシュ様。授業がどこまで進んでいるのか教えて頂いてもよくて?」
すると純粋無垢なイメージばかりのディアドラが、人生に疲れた人のような顔付きとなって、諦めきった口調で呟いた。
「あって無きが如し、ですわ」
「ノイシュ様ではきっとあの教科書は簡単すぎましたのね」
ディアドラの瞳が、ぱああああと明るくなった。
彼女は数秒前と全く違い、私を希望を見る目で見上げる。
「ああ、了解しましたわ。スピネル様が授業を出ずにこちらにいらっしゃった理由。私と一緒ですのね。授業を受けても足りないばかりの知識はご自分で探さなきゃと思っていらっしゃるのね」
「その通りです。ロワーの教科書には眩暈がしました。なのに実力考査の問題は共通です。己で備えねばと、危機感に駆られてここにいますのよ」
「まあ。同士ですのね。嬉しいわ。では一緒にいらっしゃって。お勉強会仲間を紹介いたしますわ。私と彼の二人だけなのですけどね」
あ、しまった。
最初の歯切れが悪かったのは、一緒にお勉強する仲間が男の子だったからか。
私はジェットのお陰で男の子が好きな女の子と二人きりになりたがることを知っている。だから断ろうと瞬間的に思ったが、ジェットが私の婚約者だと私に周囲に自慢して欲しいと望んでいたことも今日知ったばかりだ。
「まあ。ぜひ。編入初日で素敵なお友達が二人も増えるなんて嬉しいわ」
「うふふ。彼はとっても優しい人で、」
「うさぎちゃん、君は騙されているよ。その女は男を誑し込むのが上手な元平民だった奴だよお」
誰にでもうさぎちゃん認定か、じゃない。
私はディアドラとの会話を邪魔をして来た男へと視線を向ける。
見るからに浅薄で女好きそうな男。
ジェットの婚約者となった今ならば、ジェット直伝とか言えば少々手荒なことしても許されるかな?




