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初めてのチュウはとりあえず大事件

ジェットにとって、私の最初のキスの相手、というところが物凄く琴線に触れてしまったらしい。テーブル越しの私の肩をがっしりと掴み、それはもう必死な目をして私の顔を覗き込んでいる。


「キス…………初めてか?」


圧、圧が!!

私はヒイイイとなりながら、ジェットが落ち着く事を願って答える。


「初めてです」


パッと私は手放され、反動で私は椅子に沈みこむ。

そしてそんな手荒な(適当なの方が近そう)ことをしてくさったジェットは、数秒前の鬼気迫る感じが完全に抜けきっている。


「まさか」


ジェットは唖然とした顔で、ただ私を見つめているのだ。

信じられないとは、私が誰とでもキスするような人間だと思っていたと言う事か? 私をどんな人間だと思っているんだ、と、思いっ切りジェットを睨む。

私に睨まれたジェットは、私の視線にい抜かれた様にして胸を押さえ、よろよろっという感じで椅子にどさっと腰を下ろした。


あ、再びトンボになった。

彼の視線は混乱で宙を彷徨っている。

なんだか酷い魔力酔いしちゃった感じの人みたい。


「俺が、はじめて」


「はじめて、です」


「うう」


唸った後は、ジェットは二つ折りになってしまった。

両手で顔を覆い、体を二つ折りにしちゃったみたいな前屈みの姿勢になっちゃったのだ。


「ジェット?」


「――君は、誰ともキスをした事が無かった。殿下……とも、か?」


「しつこい。当たり前じゃないの。殿下をどこのヒヒジジイと思っている。不敬で斬ってしまおうか?」


「そうじゃなくて。いや、俺が誤解ばかりってだけだ。すまん」


「いや、いつものことだし」


ジェットは顔を覆うのはやめ、胸の前で腕を組んだ。なぜか、未だ前屈みだが。

そして彼は大きく息を吸って吐くと、もう一度私に謝った。


「初めてなのに、舌なんか入れられて気持悪かったよな」


「びっくりはしたけど、えと、気持悪くは無かったから。ええと。もう気にしなくていいから!!」


「え?」


ジェットは固まった。

そして彼は室内なのに雨の雫を受けてしまった風に天井を見上げ、それから雨で錆びてしまった鎧を着てるみたいに、ギギギという感じで私に顔を向けた。

表情も何か金属製みたい。


「ジェット、大丈夫?」


「キモチワルクナカッタノ?」


「気持ち悪く思うべきだった? えと、気持悪いとかの前に私はびっくりし過ぎたから、だから、ええと、気持悪かったか気になるんなら思い返して」


バシン!!


ジェットが自分の顔を両手でひっぱたいたのだ。

耳まで真っ赤になった彼は、再び私に向けてごめんなんて呟いた。


「ごめん。思い返さなくていい。ただ、今回は忘れてくれ。先走った俺が全部悪い。今度はちゃんとディに納得してもらってからキスをする」


「キスはするんだ」


「婚約者だからな」


「結婚もするかもしれないしね」


「わあ!!」


何故かジェットが大声を上げ、再び二つ折りになってしまった。

筋肉男なのに柔軟性あるなと感心するほどの二つ折だが、拳にした両手がプルプル震えている所を見れば、やはりこの体制はかなり辛いのだろう。


私は椅子から立ち上がり、ジェットの真ん前にまで動いた。そしてジェットの真ん前でしゃがみこんでジェットを見上げる。


大丈夫かなって、心配だからジェットの顔を覗きたくて。


「それ以上動くな。いや、俺の膝に乗せている両手を上げて、そのまま立ち上がって椅子に戻ってくれ」


「あ、嫌だったか」


「嫌じゃない。君は危険水域にいる」


私は周囲へと気配察知のスキルを広げる、が、そのスキルは展開しきる前にジェットが自分のスキルを展開させたことで打ち消された。


「敵など無い。俺の、というか俺が君の脅威になりそうなんだ。頼む」


「ジェットが私の脅威になる、ねえ」


私の中にジェットへの反発心が芽生えた。

これは過去に隠した私の妬み心をジェットの言葉が刺激したのだ。


私の気配察知スキルは誰でも磨けば手に入るものだが、ジェットは気配察知の上位互換となる百鬼眼スキルを開花させたのだ。敵の位置から地理掌握までできる百鬼眼なんて、神の目にも匹敵するものだ。


やはり単なる孤児の平民と伯爵家の嫡男ではもとから違うのだと、初めてというぐらいの挫折感を抱いたのだ。


それまで私は自分は平民でも孤児でも、全くとっていいほど気にしていなかった。

だって、私は誰よりも「すごい」子供だったのだから。

なのに、ジェットは鍛えれば鍛えただけ強くなり、私の得られなかった「すごいスキル」を手に入れた。

その上、お金持ちで優しい両親と姉弟に愛されている。


親に殴られることも、借金の形に娼館に売られることなんて無い。

稼いだ分は稼いだだけ自分の物。家族に仕送りしたり搾取されることもない。

だから孤児で良かった私、だったのを、ジェットがぺしゃんこにしてくれたのだ。


「ディ、頼む。何も探らず、何も疑問を持たず、椅子に座り直してくれないか?」


なんて弱弱しい懇願の声を出すんだ。

私の中の苛立ちはすっと消えた。

私は従うしかない。

それで私が椅子に座り直すと、その代わり、という風にジェットが立ち上がった。

私に顔を見せないように? 否、私が贈った魔導ボードを取りに行っただけだ。


「ドレスがそろそろ届くはずだ。戻る」


ジェットは私が贈った魔導ボートを大事そうに抱えて、でも前屈みのよろよろとした足取りだ。私はどうしたものだと椅子から腰を浮かせる。


「え、ああ。あの、今日はありがとう。それで具合が」

「君は俺が出ていくまで動くんじゃない!!」


「でも具合が悪そうだよ?」


「下腹部がな。元気過ぎて大変なんだ」


「え?」


ジェットは意味の分からない言葉を置き土産に部屋を出て行った。

それから一時間もしないで、約束通りにジェットからのドレスが部屋に届いた。


オレンジ色の可愛いドレス。

足さばきが楽そうで、ドレスを着慣れない私に気負わせないようなものだった。それどころか、剣を持って戦ってもとてもきれいに見えるんじゃないかなって思えるデザインである。


ドレスを体に当てて姿見の前に立てば、自分がこのドレスを着た姿がすんなり想像できたし、絶対に似合うはずって思った。

そうしたら、ジェットとダンスをしている姿も思い描けたけど、そこで私の頭は爆発してしまった。

ジェットに腰を支えて貰って、私はジェットの肩に手を添えて、それで見つめ合ってクルッと回る。私ばかりを見つめるジェットは、私へを顔を近づけて。


「うひゃあ」


気がついた時には、私はドレスを抱き締めたまま床に座り込んでいた。

ジェットにキスされたばかりの唇が、ジェットの唇の感触を思い出しちゃったのだ。ぜんぜん気持悪いなんて感じなくて、ただ、雷に打たれたみたいだったって。

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