恋人が何をするかなんて私が知るわけありません
私は失敗してしまった。
私に必死に縋るジェットがいじらしくて、つい、いつもの感じで彼のつむじにキスをしちゃったのだ。
だけどそのせいで、ジェットは私にキスを要求してきた。
こんなものはキスじゃないと、激高しちゃった感じで。
「キスしてって、な、ななななんで」
「犬じゃないんだ。毛皮にキスされて喜べるか。やり直しを要求する」
犬じゃないんだったら自分の頭髪を毛皮いうな!!
だけど、毛皮が無い部分だったら、と、私はジェットの顔で好きな部分をじっと見つめる。ジェットの額はとても恰好良い。
「やり直しで毛が無い所なら、額でいいか?」
「キスは口にするものだ」
「にゃにおう!!」
「いいか。婚約者はキスするものだ!!」
「キスするものって、そんなの知らない!!」
ジェットはじっと私を見つめている。
幼い頃のジェットの幼気で真剣な視線と同じで、ジェットの視線がかなりの思いを込めたものだと分かる。
「だけど」
ジェットはひょっと私から視線を逸らした。
彼の視線の先は、私の手を握る自分の両手だ。
「俺は不安で不安で堪らなかった。目覚めない君とのあれが最後で、君は海外に仕事に行くことになったとだけ聞かされるんじゃないかと、再会するまで不安で死にそうだった。それに」
「それに?」
「お前だってあの時俺にキスさせようと目を瞑っただろ!!」
確かに、と私は自分の顔を両手で覆う。
あの時は色々と感情が激しかった。
死ぬつもりのジェットを引き留めたくて、私もいっぱいいっぱいだったのだ。
「ディ。愛している。お前が俺と同じ気持ちで無い事は分かっている」
え?
私は顔を覆う手の指をパッと開き、その隙間からジェットを盗み見る。
ジェットは私を真っ直ぐに見ていなかった。
落ち込んだようにして彼は私から顔を背けた横顔だ。
額から鼻にかけてのラインは最高だ。
伏せた瞳を覆う長い睫毛が銀色に輝き、ジェットの横顔をさらに引き立てている。
「やば(いぐらいに絵になっている)」
「ああ、やばいな。わかっているんだ。だから、いや。いいんだ。ディが俺にキスできるなら俺はディとの結婚を望んでいいだろう。だが俺とのキスなどディに出来ないならば、俺こそ卒業までにディへの気持をなんとかしなければいけない。そう思っただけなんだ」
「ええと、実験の提案だった?」
「賭けと言え。俺とのキスが大丈夫なら、君だって俺との未来を考えられるはず。そう考えたんだ!!」
バッと勢いよく私へと振り返ったジェットの黒い瞳は真剣でまっすぐで、真っ黒なのに星空みたいにキラキラ輝いていて。
だから私は乗せられちゃったのかもしれない。
それに、ジェットとのキスで今後の婚約について方向性を決められるかもってところも、私的には良い提案に思えた。
私は顔から両手を下ろし、顎をグッと上げた。
両手だってぎゅっと拳にして、瞼もぎゅっと閉じる。
「よおし。チャレンジだ。来い!!」
唇に柔らかなものが触れ、温かな何かが唇を割って来た!!
何かじゃない。
これってジェットの舌だ!!
私は慌ててジェット額を押さえ、顔をジェットの顔から引き剥がす。
「ちょ、キスの約束のはず!!」
「だからキスだろ」
「キスは口と口をくっつけるだけだ。舌なんか入れない!!」
「そんなのは親が赤ん坊にするキスだ。俺は恋人にするキスがしたいんだ」
「恋人って舌をいれるの? 私もジェットに舌を入れなきゃ、なの?」
「そんなに俺は嫌か?」
「嫌とかの前に、私は知らないの。ずっと殿下付きだった私が、恋人との付き合い方なんか知っているはず無いじゃない!!あと、ジェットは私が誰とでもキス許すって思ってんの? 私が口のキスしたのはジェットだけなんだからね!!」
あれ、ジェットの動きが止まった。
そして、トンボが周囲を覗うように頭を右に左に上下にと、変な動きでグルグル動かす。
「どうした? ジェット」
彼は私に再び視線を戻したが、なんというか夢見がち? 幻惑術が解けたばかり? なんだか異常状態を解除されたばかりの人みたいな不安そうな面持ちである。
「ジェット?」
「――すまん。ダンジョンの後遺症みたいだ。俺の夢が今ひとつ叶ったような幻聴が聞こえたんだ。そんな訳無いのにな。惚れた女に、最初の男だって言われるなんてさ」
「最初の男って!!キスが初めてだって言っただけだ」
「あっちは経験あるって、叩くな」
「叩くよ。私が誰とでも寝るとでも思ってんのか。そんなに簡単に肉体接触を持ってたまるか!!キスだけでうつる性病だってこの世にあるんだよ?」
ガシッ。
私の両肩にはジェットの両手がそれぞれが乗っているが、彼の両手が私の肩に与える掴み方はか弱い乙女にするものじゃない。グリズリーのそれ、だ。グリズリーが獲物を捕まえちゃった時のそれだ。
「キス…………初めてか?」
ひいいいいいい。




