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令嬢って面倒なのね

荷ほどきはあっという間だった。

そしてこの引っ越し作業についての労いについては、下男達についてはジェットから謝礼金が手渡された。令嬢はお金を持っていても、自分で使ったり触ったりするものではないそうだ。では何をするかと言えば、自分の為に動いてくれた紳士にお茶を振舞うらしいのだ。


令嬢面倒臭い。

令嬢止めたい。


ジェットは私の表情で私の気持を察したか、ジェットにお茶を振舞う用意についてそれは楽しそうにマニュアルを伝授して下さった。


適当な寮女中を呼んだら、(ジェット様が事前に用意されていた)お菓子と茶葉を渡してお茶を持ってくるように私が命ずるだけである。


すると女中が厨房にて用意したお茶入りのポットと茶器がカートに乗った状態で部屋に届いた。お菓子もちゃんと皿に載った状態だ。


「さあ、俺に労いの茶を」


「愛情込めて注がせていただきますわ」


「ハハハ。俺がカップに注いだ方が良いようだな。君はまずお菓子をどうぞ。常識として知っておいた方が良い店のものを用意しておいた」


私はさらに乗った菓子を見て、はああと溜息がでた。

真ん中に真っ赤なジャムが飾られた花形クッキーに、仄かにオレンジと紅茶の香りがするパウンドケーキ、そしてアイシングで模様が描かれたマドレーヌ。どれも可愛く涎が出そうなものだったのに、ジェットの一言で忌むべきものに変わってしまったのである。


「ジェットも、おやじ、じゃなかった、お父様と同じことを言うのね。お菓子と紅茶の香りを覚えておきなさい。それが持て成しを受けた時の相手への判断材料になるだなんて」


「ハハハ。俺はそこまで阿漕じゃないよ。姉さんがさ、有名店のお菓子はそれだけで会話ができるって言うからね」


「会話ができる?」


「ああ。誰かがこのカレイド店のマドレーヌは最高だったと言うだろ? そうしたら、私も色とりどりのマドレーヌは最高だと思っておりました、と相槌が打てるだろ」


「知らなかったら知らないで、どんなお菓子ですかと尋ねれば良いのでは?」


「俺もそう思う。けど姉や母が言うには、それは悪手だとさ。誰かが最高だと言った時点で、皆さんも色々なお菓子をご存じでしょうが私としては、という言葉が隠されているんだそうだ。だからそこで、知らない、と答えたら、彼女の発言を真っ向から否定することになる。女の言葉は裏を読めってさ」


ジェットは私にカップを差し出した。

私は受け取り、紅茶の香りを嗅ぐ。


「やばい。いい香りとしか思わない。これはお高い紅茶だなってぐらいしかわからない」


「ハハハ、だよな。なんかスモーキーな香りがとか店で言われたけれど、そこで説明受けながら色々嗅がせてもらった俺だって、違いなどよくわからなかった」


「うああ。私は笑えないよ」


「安心しろ。店の茶葉カタログは貰って来た。それを読んで、どの茶は何が特徴なのかを一緒に覚えようか」


「令嬢って面倒」


「令息も面倒だよ。あああ、ダンジョンに潜りたい」


「あ、ダンジョンで思い出した」


私は収納魔法を呼び出し、そこからジェットの為に作っておいたものを引き出した。ダンジョンの十六階から二十一階には必需品となる魔導ボードだ。


カイトという名の海の魔物は平べったい骨を持っている。

その骨にさらなる浮力と推力を生み出す魔導回路を書き込めば、その骨は人を乗せて水面を走る装置となるのである。


ボードの総量は片手で持ち運べるほどの軽さぐらいだ。

軽すぎては安定感が無く、重すぎては波に乗る操作性が無くなる。

本当に良い素材。


さてカイトの骨は本来は青みがかった白い骨だ。そこに耐久力と魔導伝導力を上げるために薄いミスリル塗装をする。今回はそのミスリル塗装は、あえてミスリルの色を消さない仕様にした。それによってボディの色が青みがかった銀色となるからだ。ついでに魔導回路は黒インクを使って描いたから、どこから見てもジェット仕様のボードとなっている。


「今日はありがとう。今度は十六階に行こう」


当たり前だが、魔導ボードを受け取った途端に、ジェットの両目は輝いた。

どんなプレゼントよりも嬉しいって顔だ。

ジェットの身長ぐらいの長さに彼の肩幅ぐらいの幅があるのでかなり大きいが、

ジェットは二度と手放すものかという感じでがっちり抱きしめている。


「これが、お前の言っていた魔導ボード」


「平べったい方を上にして立って乗るんだ。それで海の上を走り、あるいは波に乗り、時には波を切り裂いて進む。推進力は己の魔力と言いたいが、それじゃボスに辿り着く前に魔力切れしてしまうから」


「ダンジョンマナを取り込む回路付き魔石が嵌っているのか。さすが。それで速さはどのくらいなんだ?」


「ドラゴンの飛行速度(時速200㎞くらい)ぐらいは出るかな。だけどフルに出してボードから落っこちたら死んじゃうし、ボス戦でも馬の最高速度程度(平均時速80㎞)くらいにしといた方が安全かな。加速は五段階にしてある。四速以上出さないように気を付けてね」


「ボス戦でも使えないフル速度って、フルの速度は完全無意味ですって奴だよな。なんで使えない速度が出る仕様なんだ?」


「魔導回路の最高を極めたくて。あと、馬並みの速度が出るボードよりも、ドラゴンぐらいの速度が出るボードの方がカッコ良くない?」


「お前ってそういうとこあるよな。――それでディがこんなにも海が好きなら、新婚旅行に大きな港町のシアンや、海の都と名高いリーンガー国に行くってのもいいな。ディはどう思う? 国内? 国外まで行くか?」


失礼な物言いをした男は、夢見がちな目でさらに余計な事を言い出した。

しんこんりょこう、だと? こちらは学園卒業時までに婚約を続けたままか破棄するか決めなきゃな、という温度差なんですけど?


「ええと。まず学園を卒業しなきゃ。何日も休んでいたからきっと相当授業から遅れてしまったよね」


私は焦りながら、適当な本を持ち上げる。

それで持ち上げた本を開いてその本の内容が目に入った瞬間、私の指は力を失ってしまった。力を失ったのは全身かも。


新しい教科書は床にぽすんと落ちた。

私の未来みたいな感じで。

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