え、嘘……じゃないっぽい
私とジェットの婚約は、単なる便宜上のものだと思っていた。
だって今まで身分を偽るなんてよくやって来た。
殿下の小姓のふりして夜会や茶会に参加してたり、殿下が探りたいらしいとある商家に下男として潜り込んだり、とか。
だから今回だって、愚者のサイコロの攻略にて私とジェットが目立ってしまったからその取り繕いで、としか無いと思っていたのである。
それにしても、ジェットの高潔過ぎるところはなんとかならないのか?
この事態は彼のせいだ。
最終ボスを倒したのはジェットなんだから、ジェット一人で転送コアに登録して、ギルドにも自分一人で攻略したって報告してくれれば良いものを!!
奴は私がいてこそ攻略できたと、私こそMVPみたいな勢いで報告したのだ。
私は目立っちゃいけないって、何度言ったらわかるかな。
この駄犬は!!
いや、忠誠度が高い方が良い犬らしいのだから、彼は名犬なんだろう。
でもね、いくら私が強くっても、レイ殿下が女の子を自分の影にしていたなんて広まったら、レイ殿下の評価が下がるでしょう。
それにジェットだっても、伯爵家の嫡男が平民の女と一夜を(結果として)過ごしてしまったと広まるのはめっちゃ風聞が悪いでしょうが。
私はここでふうと溜息を吐く。
目の前にジェットいないのだから、心の中だけでジェットに憤っていても仕方がない。それに、私は何だってやって来たんだから、ジェットの婚約者のふりするぐらい大丈夫。学園卒業するまでの期間だろうし、私は殿下の婚約者候補について人物評価する仕事がある。
殿下に命令されたまま、奨学金特待生になるためにしっかり勉強したのだから、この職務を逃すのは自分的に許せない。
コネで入学させてくれればいいのに。
あ、でも私の分でひと枠増やしたから今年度は十五人か。
あれ? もともと十五人なのかな。そうすると、殿下が補欠になってしまった平民のリストを取り寄せて確認をしていたのは、救済のため? 流石殿下。
「ちゃんと聞いていたか?」
雅だがしっかりと怖気を誘う威圧感が籠っている声音が、私のもの思いを破る。
私は売られていく子牛のように、親父殿と馬車に乗っていたのだ。
本当に売られていく子牛のようだ。
親父の目の色よりも淡い黄緑色のドレスは、腰から裾に向かって薄い生地が重なりあっていて八重咲の花のよう。そして生地は淡い黄緑からさらに薄い黄色へとグラデーションになっている。まるで親父殿が温室で大事に育てている、夜に咲く花のようだ。
ラッパ型に八重咲するその花は、形が印象的で目立つが色合いが殆ど白に近い黄緑色のせいか、とても清楚可憐なものにしか見えないのだ。
ドレスに興味が無い私でも袖を通したくなるほどの繊細で美しいドレスであるが、これを二日で用意できた親父殿の力がただただ怖い。
よって私は、親父殿に従順に見えるように、素直にうんうんと頷いた。
「嘘つけ。伯爵令嬢はそんな受け答えなどしない」
むかっ腹が立つな。
私は知っているお嬢様の真似をして、微笑んでみる。
「うきっ、て感じの五歳児笑顔にしか見えないのはなぜだろうな。全く、オブシディアの小倅のお前への壊れっぷりには共感が何一つできん」
「すいませんね。どうせ私は女には見えないみっともない奴ですよ」
「みっともないなどと言った奴は誰だ?」
なぜ怒ってくれる?
猿みたいとこき下ろしたのは親父殿じゃないか!!
しかし親父殿に真実を突きつければ私が怖いし、適当な嘘を吐けば濡れ衣を着せられた人の明日が消える。そこで私は演技をする事にした。
「みっともない女だったら、ずっと親父殿の下で御庭番ができるじゃないですか」
「君が御庭番でなくなっても、私がちゃんと最後まで面倒を見る。そこは心配などしなくて良い」
「私の骨はちゃんと拾って下さるんですねって、わあっ!!」
「そんなことは言うもんじゃない!!」
クッションが飛んできた。
親父殿が本気で激おこだ!!
え? これって普通に酒場でやる同僚達の軽口の一つじゃなかったの。
ちゃんと俺の骨を拾ってくれよ。
どこの骨にして欲しい?
死んでから決めるよ、って定石の奴。
「あ、そっか。親父殿は上司だからこの冗談はダメなんですね」
「――誰がそんな冗談を君に教えたんだ?」
「ベルーダ姐さんにバロン、ドゥーダ、モロゾフ、ヘルン姐さ」
「もういい。君はそいつらの軽口は今から全部忘れるように。子供がそんな冗談を親に言うもんじゃない。わかったか?」
私はぐっと歯を噛みしめ、笑顔には見える顔にしてから、やっぱりうんうんと頷いて返した。だって声に出したら泣きそうだ。これって本当の父親が子供に言いそうな言葉じゃないか。
「だから、令嬢はそんな返しはしないんだ。おかしいな。私は君が幼い頃から貴族の娘であるべき作法は教えたはずなんだけどな。貴族の男の子の振る舞いはできるのに、どうしてだ?」
親父殿の本当の父親みたいな嘆きで、今度は涙が引っ込んだ。
だから普通に声も出た。
「だって令嬢の振る舞いはつまんないんですもの。男の子だったら自分で作った魔導ボードに乗って海を渡ったりできるんですよ」
親父殿は皮肉そうに微笑んだ。
それで、彼は男の子にするように私の額を突いた。
「男の子でもそんな奴は滅多にいないよ。それにな、君は誤解している。女でも男でもやりたいようにやればいい。ただし、できるはずの事ができないから破天荒なんだと思われるよりも、何でもできるからこそ破天荒なんだと思われた方が恰好良くないか?」
「仰る通りですわ。閣下」
私は笑みも声の出し方もちゃんと令嬢だったと思うが、親父殿は全く認めないって感じで顔を歪めた。
「そんなに全然ダメですか?」
「お父様と呼びなさい。君は私の実の娘になったんだ」
「え。なんちゃって伯爵令嬢では無くて、え? 本気で養女ですか?」
「当り前だろう。オブシディア伯爵家の嫡男との婚約だ。平民のままではいられないだろう。もちろん、学園の卒業後は婚約破棄したければ自由にすればよい。ただし、私の子供となった事実は覆らない。わかったな」
「え? 婚約も本気ですか?」
「当たり前だ。お前はあいつの為に命を賭けたのだろう」
「あの、でも」
伝説の魔王と戦った聖女は三回は絶対防御も使えたし、完全回復だって五回は使えました。聖女のスキルを使って死んだのは、王宮などにずっといてレベル上げなんかできない王妃様や王太子妃じゃなかったですか?
確かに魔力が足りなくてヤバいかもって覚悟はしたけど、恋愛感情でジェットを助けようとしたんじゃない。親友だからです。
以上、心の中でしか言えなかった。
なぜならば、父親面している親父殿が言った台詞に驚いたから。
ついでに、親父殿のその台詞のすぐ後に、荒々しく馬車の扉が開け放たれたから。
子供みたいな泣き顔のジェットによって。
「お前を欲しがらない男はいないんだ。胸を張って令嬢であれ」
そして馬車の扉が、ばあん、だ。
何か言えるわけなんかない。
ジェットとの婚約も親父殿との養子縁組も、ぜんぶ、本気の本気だって受け入れるしかない。




