晩餐会です、落ち着きましょうジェット様
わたくしめは、バルウィン王国の盾であり剣と名高いオブシディア伯爵家の執事をしております、バルトーと申します。
セレスト・オブシディア伯爵がまだ跡継ぎでいらっしゃった頃より従僕として仕えてますゆえ、セレスト様のご結婚からお嬢様達のご誕生、そして皆様のご成長を家族の一員のようにして見守らせて頂いております。
ですが、ご長男であらせられるジェット様の急な婚約と、婚約祝いの晩餐会の開催を同時にセレスト様より承った時には、喜ばしいことながら時間も準備も足らないことに悩み躊躇してしまいました。
なにせ、二日後に晩餐会を開けとのお申し出です。
そしてお相手が、国一番の軽薄で――いえいえ、美や食をご存じのスピネル伯爵様のご令嬢なのですから!!
けれど、私が指揮を取らずに成功はあるのか。
ありません。
また、晩餐会を取り仕切る栄誉を、私こそ誰にも奪わせるはずありません。
さてその晩餐会も、いよいよ今夜でございます。
私は館中を見回り、晩餐を迎える最後の確認をしております。
おや、厨房がなにやら騒がしいですね。
「魚介は用意できるかな。白身魚はあるかな」
「え、白身ですか? めでたい席ですから大エビは用意していますけど」
「ありがとう。エビは大事だ。だがあいつは白身魚も好きなんだ」
厨房に顔を出して食事について口を挟んだことのないジェット様が、まるで戦に出る前の武具の手配のようにして料理長に口を出していた。
「赤身の魚でしたら、まだ手に入りますが」
「白身だ。あいつは白身魚のポアレが好きだ」
「軽いものがお好きな方でしたか。でしたら、肉も軽めに仕上げましょうか」
「肉はこってりに決まっているだろう。あいつは肉が足りなきゃオークを狩りに行く。いや、量はそんなに食べないんだけどね、肉はしっかり味わいたい奴だ」
「ジェット様。婚約者様は令嬢ではなくサーバルキャットか何かでしたか?」
「貴様は失礼だな。あいつはサーバルキャットよりもスノウピューマの方だ。サーバルキャットは弱いし見た目が痩せこけた小鬼みたいだろう。あいつは誰よりも可愛くてきれいだ。ならばあいつを例えるなら、何よりも凶悪で美しいスノウピューマの方だろう!!」
セレスト様がリリア様に懸想された時よりも壊れていますね。
情が深いのはオブシディアの特徴ですが、いやはや。
料理長が私に助けを求める視線を向けて来ました。
彼は今夜、オブシディア家の恥とならないように、美食家で有名なアーマド・スピネル様の舌を満足させねばならないという重責にある人間です。
いいえ、きっと主役のジェット様の方が緊張で情緒が大変なはずです。
こうして厨房で騒ぎを起こされているのも、気を紛らわしたいだけかもしれません。ならば、落ち着けるお仕事を差し上げましょう。
「ジェット様。お迎え用に飾りました花を見て頂けますか?」
私の想定通り、ジェット様は料理長から注意がそれました。
料理長は私に感謝と軽く両手を合わせてから、ジェット様に捕まえられない厨房奥へと消えて行きました。大体今さら口出しされても、晩餐会メニュー変更など無理なのでございますのに、このお坊ちゃまは。
そしてジェット様は、以外にもあっけらかんとした顔を私に向けています。
「ジェット様?」
「花に関しては君が選んだもので間違いはないでしょう」
「では、食事に関してはベネットの腕を信じましょう」
「う、だが」
「スピネル伯爵令嬢様は食に煩い方なのですか?」
私は執事にあるまじきことをしてしまいました。
表情を崩してしまったとは。
ですが仕方がないでしょう。社交の席で蒼炎の騎士と崇められているジェット様が、ポッと顔を赤らめられて照れられたのです。こんな可愛い顔を、こんなにも大きくなった図体でされたら、誰だって驚きますよ。
いえ、みっともないとかではなくてですね、普段は凛とした顔しか人に見せない青年が、年相応の照れ方なんかしたら、それはもう衝撃ではありませんか。
嫁がれていかれたマリ様がお書きになった、あの背徳な小説の登場人物の気持がちらとでも理解できそうだと思った程ですよ。
「あいつってご飯をそれはもう幸せそうに食べるんだ。それでつい、色々食べさせたくなっちゃって」
「おい!!白身魚が手に入るか聞いてこい!!」
私は料理長の大声にハッとしました。
いけない、このままでは晩餐会メニューに変更が相次ぎ、晩餐会どころではなくなります。だって晩餐会はメインが晩餐を食べる会ですよ。晩餐が用意できなかったら大変です。
ジェット様には今すぐに厨房の外へ出て貰わねばなりません。
「さあ、さあ、さあ。一緒にお出迎え前の確認をお願いしますよ、ジェット様」
「いや、俺は」
「ジェット、何をしているの? うちの人も来たのに、出迎えも無く何をしていらっしゃるの? さあ、さあ、出迎え前にお話しましょう。さあ」
マリさま!!
恐らく気の利くこのお嬢様は、いえ、今はシャムル夫人様ですが、主役のジェット様が厨房から出てこないことを誰かから聞いて迎えに来て下さったのですね。
マリ様はがっちりとジェット様の腕に自分の腕を絡め、嫌そうにしているジェット様を有無を言わさず引っ張って行ってくださいます。
ああ、ありがたや。
「あなた。お相手の方のことをしかりと聞かせていただきますからね。全くあなたは、難攻不落のダンジョンを攻略したかと思えば、そこで出会ったお嬢様に恋をして婚約までするなんて!!なんて惚れっぽいの。あの子のことはどうなったの。同性でもあんなにお似合いだったじゃないの」
貴族の方々は使用人の存在に慣れ過ぎて、そこに誰かがいる事を時々お忘れなさる。私は弟を引っぱって行くマリ様と連れていかれるジェット様の遠ざかっていく後ろ姿を見送りながら、今聞いた事を忘れようと心に決めました。
それが執事たるものです。
けれど、その数十分後に、私は執事の矜持を投げ捨てたくなりました。
ディの着飾った姿や婚約で浮かれるジェットを第三者視点でと思っての執事視点です




