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善良なる少年は人には裏の顔というものがあると知る

散々泣いて泣き寝入りしてみれば、部屋は真っ暗で夕飯の時間も過ぎた深夜だ。

俺は空きっ腹に耐えられずに部屋から出て、こっそりと厨房へと向かった。


そしてその行為が俺を変えたのは皮肉である。


屋敷の主が眠っていても、館そのものは起きている。

屋敷を見回る警護の人間に、業務を終えた後のひと時を楽しむ使用人達。


「うちのお嬢様はなんとかならないかしら。週の半分はこっちに帰って来るんだもの。他所のお宅のお嬢様みたく、学園に行ったら長期休暇以外は戻って来ないで欲しいわ。仕事が増える。あ、友達いないんじゃしょうがないか」


「キャハハ。酷い。息子の方は父親そっくりの、いえ、それ以上にカッコ良くなるって期待の星で、王子様のお相手として召し上げられたのにね。その姉は学園では目立たず、どころかお友達も出来ずに持ち物壊されたりって、しょうもない。きっとまぁた虐められていて、ドレスも破かれたり汚されたりするから制服なんでしょう。これじゃあ良い結婚も望めそうも無いし、街で他家のお嬢様付きの小間使いに会うのが憂鬱よ」


「奥様なんかお貴族様でも貧乏学者の家のご出身じゃない。それじゃあ、娘に上流社会の身の振り方なんか教えられる訳ないって」


「あら、凄い美人でも無いのに伯爵夫人に納まったのよ。奥様からお嬢様は学ぶべきかもよ。あ、でも、学んだことを実践したからスポイルされているのかしら」


「ハハハ。どんなお勉強をしちゃったのかしらね!!」


俺は厨房の前で呆然と突っ立ってしまった。

本気で呆気に取られていた。

これが使用人の裏の顔、か、と。


六つ年齢が離れた姉が茶会にて他家の少女達に嫌がらせに遭っていることは、俺も同行した時に目にして見知っている。まさか、学園でも姉が嫌がらせされていることに驚きだ。

だけど姉は虐められたからって逃げ帰るような人じゃない。


茶会では嫌がらせに対して全く傷ついた顔も怒った顔もせず、怒った俺こそ姉は宥めて俺にお菓子とお茶を美味しく頂かせて幸せそうに微笑むだけだった。

強くて優しい人なのである。


一週間の半分は自宅に帰って来てくれるのは、小さな弟であるアンバーと俺が可愛くて離れ難いからって理由からなのだ。

俺達の為に帰って来てくれている人に、なんてことを!!


けれどもっと許せないのが、姉を慰める立場の人間達が揃いも揃って姉だけじゃなく主人となる母までも馬鹿にしていたことである。


「許せない」

「しっ」


俺はびくりとして振り返る。

姉が口元に指を添え、静かにと俺に笑いかけていた。


黒髪黒目とオブシディアの色を受け継ぎ顔立ちは母譲りという、現オブシディア伯爵である父がこよなく愛する俺の大事な姉。


確かに姉は物凄い美人とは言い難いかもしれないが、弟の俺としては姉を馬鹿にしたゴテゴテしいドレスの少女達よりもずっと美人で可愛い。それにこうして俺に微笑んでいる顔は、母の一番綺麗な顔とそっくりで、父が姉を猫かわいがりするのも頷けるほどに可愛い。

俺の今のささくれた気持ちを、一瞬でほぐしてくれたほどなのだ。


「あねさま」


彼女は口の動きだけで、行くわよ、と言って俺の手を引っ張って歩き出す。

俺が素直に姉に従ったのは、使用人達の酷い言い草をこれ以上姉に聞かせたくなかったのもあるし、従わねば俺が厨房に殴り込みに行きそうだったからだ。


そして俺を連れた姉の行き先は彼女の部屋じゃなく、俺の部屋だった。

その理由は、俺の部屋の小机に盆に載った夜食が置いてあったからだった。


「夜食を持って行ってあげたらあなたがいないんだもの。それで探しに行ったら、うふふ、楽しいお喋りが聞けたわね」


「あんなの気にしないでよ。あいつら全部首にしてやる」


「うふふ。良いのよ。私もあなたもあいつらの言い草の何一つ正しいとは思ってはいない。それに、私には最高の調べでもあるのだから」


「…………調べ?」


姉は顔をクシャクシャにして、嬉しくて堪らないって笑みになった。

あんなひどいことを言われて幸せなのか?

傷つきすぎて壊れちゃったの?


「小説のネタになるわ。人への悪口って意外に考えるのは難しいの。よく聞く意地悪なセリフに、おや? という個性的なセリフを捻じ込めないと、せっかくのいじめの場面が生きて来ない。新しい罵詈雑言じゃなければ、読み手だって心にずきんとこないのよ」


俺は今日何回知っていた人達に呆然とさせられなきゃいけないのだろう。

俺の姉は自分に向けられた悪口を喜んでいた?


「あね?」


「どうしたの? 言わなかったっけ? 私が物語作家になりたいって夢。私が書いた物語をあなたは喜んで読んでいたじゃない」


「――ドラゴンが騎士で、女勇者と一緒に魔王を倒す奴?」


姉は、そうだ、と嬉しそうに両手に拳を握ってポーズを決めた。

俺は完全に脱力してしまい、自分のベットにぽすんと座る。

俺は本気で何もわかっていないガキだった。


実の姉のことさえ見えていなかった、とは!!

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うわああああああん(ノД`)・゜・。 ひどいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ(ノД`)・゜・。 なんなのよヽ(`Д´)ノプンプン 酷くないか?この人たち! フツー、お可哀想に、だろ! お姉…
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