殿下は正義厨こそ疎んじていた?
俺はレイ殿下が呼び出した子供に魅せられていた。
顔の作りはレイの方が精巧で完璧であるのだが、妖精の顔貌こそが俺の心のど真ん中を貫いてきた。親父が言っていた、自分の大好きな顔立ち、って奴がわかった。それに出会うと他の誰もが霞んでしまうのだという意味も。
父が母を可愛い可愛いと溺愛する気持ちがわかった。
妖精は、クッッッツソ可愛い!!
これこそ俺が大好きな顔立ちか。
大きな目にツンとした小さな鼻。睫毛は量が少な目かもしれないが、一本一本が長くて先がカールしている。
だから瞬きをしても五月蠅く感じるどころか、なぜかキラキラと感じる。
なんてどこもかしこも、可愛い、のだ。
俺は熱に浮かされたようになっていて、夜会で女性にダンスを乞う男のようにして妖精に向かって腰を落としていた。
「お初にお目にかかります。俺はジェット・オブシディア。レイ殿下の遊び相手として王宮に上がっている者です」
「友人と紹介しない控えめさは好ましいな」
俺は自分をレイの友人と紹介しても良かったのか?
レイは実は友人と俺を見ていた?
それなのに俺はレイを王子扱いしかしないから、レイはそれで俺に憤りを感じて俺に意地悪ばかりだったのか?
俺は俺の口上に入れられたレイの茶々にパッと希望が見えた気になり、妖精に見惚れていたことも忘れてレイを見返した。
しかし、俺が目にしたレイの表情は嘲り、だった。
一瞬でガーンと頭を殴られた感覚となる。そして暗い顔になった俺がさらにおかしく感じたのか、レイは笑いを含んだ声で妖精の紹介を続ける。
「――ディ――は僕の御庭番だ。この年なのにかなりの手練れなんだよ。それで君達のどちらが強いのか戦って証明してくれないかな」
俺はレイが台詞の最後に言った命令に、え、と冷静になった。
レイは俺とディに殴り合えと言ったのか?
「あなたもレイモンド侯爵の悪癖を好むのですか」
「ハハハ。君こそレイモンド家のパーティ余興を知っているとは思わなかった」
俺は奥歯を噛みしめると、不敬に当たろうがレイに抵抗の意思を見せた。
ディを庇う壁になるように、俺はレイの前に立ち直したのだ。
「やはり、あの父にしてこの子だな。レイモンド家は闘犬代わりに金で買った孤児達に拳闘をさせてパーティの余興にしていたが、それを台無しにしたのが君の父君だったか」
「当り前です。そんな残酷で酷いことから子供を守るのが騎士ですから」
俺はレイを真っ直ぐに睨む。
レイは透明で宝石みたいな無機質な瞳で俺を見返し、鼻でふっと嗤った。
「本当に親子でそっくりだ。モノの見方が表面的で一方向しかない」
「レイ、それはどういう――」
「孤児には金を得られる手段が限られているんですよ。レイモンドのお遊びで食いつなぐことができた孤児だっていたかもって話です」
妖精の声は透明だった。
さやさやと草木を揺らす風のような爽やかさを感じる声だった。
ただし、レイの影らしく妖精の言葉は俺に辛辣に響いた。
ディの言い分では、レイモンドの悪趣味な余興が孤児達が金を得られる少ない手段の一つだったということだ。
「――俺の父も俺も物知らずだってことか」
「いいえ。食いつなげただけで奴隷同然。身体を損なって大人になれない子も沢山いました」
「では父のしたことは、やはり」
「この程度の情報で揺らぐ。それは、君の行動原理が考え無しのその場しのぎだからだ。可哀想だから助けなきゃ? 果たしてその者達は君に憐れられねばならない者達かな?」
「そん、な」
「私はあなたを評価しますよ。あなたは殿下に立ち向かいました。平民でしかない使用人のために王族に立ち向かえるなんて凄い事です」
「そうだね。ディ。でも考えてごらん。彼は君を良く知らないのに、君を勝手に善なるものと決めて僕に立ち向かったんだ。もしかしたら、君は裏切り者で、その裏の顔を暴くために戦いごっこなんかを僕が提案したかもしれないのに」
「殿下のご提案は納得です」
え?
俺は俺を間に挟みながら俺を無視した二人のやり取りに、一瞬脳みその動きが止まってしまった。
殿下は妖精が裏切り者だと疑って、いや、それは想定の話で?
それで納得した妖精は……。
「教育的指導を」
「はい殿下。って、そりゃ!!」
俺は可愛い掛け声に合わせて宙に浮いて、受け身も取れずに地面に落ちた。
妖精が後ろから俺に掴みかかり、思いっ切り俺を足払いして俺を転がしたのだ。
卑怯と叫ぶよりも、自分の不甲斐なさだけが情けなかった。
思い込みで俺は殿下を悪で妖精を守るべきものと動いた。
だがそのために、実は暴漢だった妖精に俺は間抜けにもしてやられたのだ。
これがお遊びでなく本当の状況であったなら、俺が転がされた次には殿下が悪漢の暴力に晒されることになっただろう。
それにしても、自分よりもかなり華奢なディに、こうも俺は簡単に転がされてしまうとは。俺はまだ十歳かもしれないが、体術は八歳から学んでいたはずだった。
「わかりましたか?」
俺の目の前にディはしゃがみ、ニコニコっと笑う。
俺は頭を振って肯定の意思を示す。
わかったと言おうとして声が出なかったのだ。
俺は胸を抑える。
「声が出ないのは、私があなた様を転がす時に私はあなたの首に腕をかけたからです。その時に魔力を流してあなたの声帯に衝撃を与えました。体も今は痺れて動けないのではないですか? デカブツをしっかり殺すよりも、こうして無力化した方が手軽なんですよ」
にこにこっと可愛らしく笑いながら、えげつない台詞をつらつら口にできるのは、妖精が伝説通りに残酷な生き物だからだろうか。
妖精は思い知って落ち込む俺の様子にうんうんと嬉しそうに頷くと、すくっと立ち上がって殿下に声を上げた。
「これでイイですか、殿下」
「素晴らしいよ、偉い」
ニコニコ笑いながら妖精の頭を撫で、妖精にお菓子の入った小袋まで渡す殿下。
…………俺との扱い違くないですか? それは俺が可愛くないからですか?
いや、俺が無能な慢心ばかりの子供だったから、レイは俺を見下していたのだ。
俺が心のどこかで「遊んでやってあげないといけない相手」としてレイを見下していた事を、レイこそわかっていたのだ。
声が出せない俺の目の前で、妖精と殿下は笑顔で気安く楽しそうに語り合いながら、俺を残してそのまま歩き去って行った。
置いてきぼりにされた俺は、自分の情けなさ惨めさに零れた涙を袖口で拭い、その日はそのまま王城を後にした。腹痛を訴えれば、病気を殿下にうつしては大変と、俺は簡単に王城から追いだされた。それで家に帰れた俺は、病気を理由に部屋に籠って一人泣いた。




