王子と妖精と騎士の息子なだけの子供
俺がレイ王太子殿下の遊び友達兼護衛として王宮に連れて来られたのは、十歳になったばかりの頃だった。
金色の髪に空よりも澄んだ青い瞳のレイは、子供の俺でも見惚れてしまう程の美貌だった。実は女の子なんじゃないかと思ってしまうぐらい。
けれどレイは、俺の親父連中に神童と言わしめるだけあるガキ、だったのだ。
愚鈍な俺が彼の外見に見惚れた事はお見通して、その罰かのように言葉で俺をやり込めてきた。気がつけば、俺は彼こそ自分の主人たる人だとしっかりと教え込まれていた次第だ。
何が遊び友達だ。
彼は俺を奴隷か玩具にしか思っていないじゃないか。
子供心に傷ついた俺がそれでも王宮に登城する事を厭わなかったのは、子供ながらも俺は自分が王族に仕える騎士になるのだと意思を固めていたからだ。
と、いうことにしている。
俺は王宮に行き、妖精を見つけたのだ。
実体を掴めないから妖精だ。
レイに挨拶した室内にはいなかった。
けれど彼と連れ立って王宮の中庭を散策した時に、どこかで視線を感じる度に淡い緑色の影が視界の隅を横切るのだ。レイよりも小さく俺の三つ下の弟程度の背丈に、大きな瞳している。そこまでは分かるが、後はぼやけている。
ちなみに瞳の様子が印象に残っているのは、緑の瞳が見たこともないくらい綺麗だったからだ。
瞳の中でオレンジ色の花が咲いているんだよ。
信じられる?
レイは初対面で殴りたくなるほどのいけすかない王子だったが、俺はその妖精をしっかりと見てやるという気持ちだけでレイに会いに行っていたのである。
王宮に行くようになって三か月ほど過ぎたとある日、その思いは唐突に叶った。
レイとほとんどお遊びな剣稽古をしていた時である。
剣稽古といっても俺と彼が持つ木剣は綿入りキルトでカバーしてあり、怪我をする事こそ難しいどころか振るうのもバカバカしい玩具だった。だからお遊びな稽古。それで大人びたレイこそ、こんな子供だましのお遊びに飽き飽きしていたのだろう。
レイは俺を揶揄い苛立たせ始めた。
言葉で傷つけられた方が目に見える傷よりも痛い、それを教え込むようにレイはことあるごとに俺を言葉でいたぶるのだ。
俺がやり返せない身の上だと知っていながら、本気で性格の悪い人間だ。
けれど、彼は俺にしかその嫌がらせをしないようなので、俺は王子である重圧の息抜きとして俺に甘えているのだと思い込もうとしていた。
レイが俺を嫌っている、そんな事実はないと思いたいのが子供のせい一杯だ。
誰もに愛されて将来の王と期待されている人に、自分一人が嫌われていると受け入れるのは子供心に辛く悲しかったのである。
「君は騎士を考え違いしているよね」
レイはレイの剣を交わすばかりの俺が忌々しいのだろうか。
だが、俺が本気でレイに打ち込めるはずがない。
俺は真面目な顔でレイの言葉を流す。大体、レイに髪の毛ひと筋の怪我を負わせれば父の首が飛ぶのだ。煽りに負けるわけにはいかない。
「どういう意味ですか?」
しっかり煽られていた。
俺も当時は子供だ、仕方がない。
そしてレイはそんな俺こそ待っていた、という風に意地悪く微笑む。
「言葉通り。己が正義の執行者だと疑いもせずに、弱き者を守り悪を成敗する。それこそ騎士の姿だと思い込んでいる」
「それは良いことでは?」
「弱き者と悪しきモノを君は見分けられないくせに。そうやって君は取り返しのつかないことをしてくれるのだろう」
「どういう、あっ」
意味なのかと聞き返しかけ、俺の動きが止まったそこでレイは剣を握る俺の手を強かに木剣で叩いた。キルトカバーがついていようと、骨の飛び出ている場所を狙われれば、それなりに腕は痺れる。
俺は木剣を取り落とし、レイは俺の落した木剣を蹴って遠くへと追いやった。
「それがあなたの意思ですか。俺には騎士となる器は無いと」
「今のままでは。君は人を見る目が甘い。今の君は凡庸でなまくらだ」
「あなたを守るために俺はなまくらなんです。そして俺の目が甘いのは、そうでないと根性悪な目の前の存在の身分を忘れて殴ってしまいそうだからです」
うん、耐性なかったな。まだ十歳だ。そして、中身が実は歪んだ性格の大人が入っているんじゃないかってレイは、俺の返答に大喜びの笑い声をあげた。
「ハハハ。素直。意外に見どころがあったな。では、君に指導をしてあげよう」
「指導、ですか?」
「うん。僕と同じ年齢なのに既に猛者って奴がいるんだ。奴に君をしごいてもらおう」
「もさ?」
呆然とした俺の顔がおかしかったのか、レイは楽しそうに笑いながら両手を叩いた。パン、パン、と。
すると、数秒前まで何もなかったはずの芝生の上に、跪いた子供がいるのだ。
俺が王宮に通い詰めていた理由。
出会いたいと焦がれていた存在がそこにいた。
アッシュブラウンの柔らかそうな短い髪は緑の艶めきを放ち、上げた顔の中ではオレンジ色の花を咲かせた大きくてクリっとした瞳が輝く。
なんと言う事だ。
俺はほうっと溜息を吐いていた。
レイの顔は芸術品で見惚れるほどだが、綺麗だなって思うだけだというのに、俺は妖精の容貌によって言葉を失うという感動を知った。
俺は妖精に魂を抜かれた、のである。
なんて可愛いんだ、と、それしかなくなったのだ。




