血統魔法と覚悟を決めた大馬鹿者
獄炎の詠唱を始めたジェットに後ろから抱き着いた私は、私こそ自分のスキル魔法の詠唱を始めた。
「天上の神の調べ」
ジェットを後ろから抱く私の腕は、ジェットがびくりと震えたのを感じた。
それでちょっといい気分になる。
私のスキル魔法は、有名なのに魔法書に載っていない、だけど誰でも名前と効果だけは知っているという、魔王の攻撃だって無効にできる大魔法であるのだ。
己の究極魔法で己自身を消し炭予定している阿呆を守るには、私のこの魔法しかないであろう。
「くそ。地の底深き煉獄。永遠の罪業を焼き尽くさんとする業火」
そしてジェットは私を振りほどかず、己の詠唱を続ける事に決めたようだ。
もう止める止めないのタイミングでもないし。
私も続きを唱える。
「清浄なる水の流れ。あまねく光による金の糸」
「……慟哭さえも昇華する炎よ」
「……穢れなき嬰児を守る手よ」
「深淵なる闇より、来たれ」
「我らに光で囲いし祝福を」
「インフェルノ!!」
私の詠唱よりもジェットの詠唱の方がわずかに早く終わった。
私はジェットを抱き締める腕に力を籠め、私もこれで最期だと大声で叫ぶ。
「サンクトゥスオーム!!」
私達の周囲に私が唱えた魔法の効果、絶対防御の光魔法の囲いが金色に輝く。
術者までも呑み込もうとする真っ黒な地獄の炎を私の光魔法が遠ざけ、ぐるりと私達を囲った光の半球は獄炎から私達を隔離する。
私の体に力を失ったジェットの重みがのしかかる。
仰向けに倒れる彼の両腕は宙に浮き、彼の腕はもはや真っ黒く炭化した棒切れとなっていると晒す。
獄炎を呼び出した術者のジェットが意識を失う前に見たかは知らないが、私には黒い業火に舐め尽されていくフロアの様子が良く見えた。
真っ黒の炎が四方八方から吹き出し、それらは生き物のようにフロアの床や壁を剥がし破壊しながら駆け巡るのだ。毒霧は炎が引火して霧散し、フロアボスはようやくその姿を露わにした。だが全貌を見せた瞬間に、単なるザコ敵でしか無かったようにして、たった一本の火柱に貫かれて真っ黒の灰になって消えた。
私は私達を悩ませ、ジェットを破滅に追い込んだフロアボスに対し、ざまあ見ろという感傷なんか抱かなかった。悔しさばかりで一杯だ。
だって、ドラゴンじゃ無かった。
ドラゴンのシッポを生やした、コカトリスだった。
サイズだって巨大だけど二十一階のフロアボスだった白い蛸のお化けの半分じゃないか。二十三階のフロアボスの大百足なんかよりずっと小さい。
頭がニワトリではなくワタリガラスで、下半身がドラゴンというか蛇で、上半身と前足が狼で通常のコカトリスとは違うけど、ドラゴンじゃないんだからコカトリス程度のザコボスだ。
コカトリス如きに命を賭けやがって!!
私もジェットのことを言えないけれど。
ぐらりとジェットの体が揺らぐ。
私はジェットを抱えたまま、支えるどころか彼と一緒にそのまま後ろに倒れた。
身体強化に使う魔力さえ惜しいのだ。
だって、私の生まれながらスキル魔法はもう一つある。
完全回復魔法の命の水だ。
実は私のスキル魔法は、どっちも使えば死ぬと言われている。
そんな大層な伝説的な大魔法を平民の私がなぜ持っているのか知らないが、持っていたからこそ私は殿下の守り人になれたのだ。
殿下を守るためにこの魔法を使用して私が死んだところで、私は単なる平民だ。
平民なんて使い捨てにして当たり前。
でもね、いいお給料に良い暮らしも出来るし、殿下は尊敬できるから言葉通り殿下を守って死ぬことになると知ったところで、私は悲観なんかしなかった。
殿下とジェットを守れる自分が誇らしいし、私は死ぬという前提を素直に受け入れる気もなかったからね。平民の私は生き汚いのだ。
使えば死ぬなんてジェットの血統魔法と同じならば、もしかしてレベルカンストすれば死なないんじゃないの? そう思いついたから、レベルガンガン上げた。
それで今回は実験無しのぶっつけ本番だったけれど、サンクトゥスオームで私は死ななかった。
私の想定大当たりだ。
だけど、あともう一魔法はイケるだろうか?
自分の魔力量とか見える魔法があればいいのに。
でもまあ、やるしかない。
私はまだ温かなジェットの体をぎゅうと抱きしめる。
「お前の体の重みで私の魂が抜けるのを防いでくれよ」
私は大きく呼吸をし、殿下と親父殿にたくさんたくさん謝りながら、自分の我儘を貫くための大声をあげた。
「降り注げ、アクアヴィテよ!!」
降り注ぐ光どころか、私達の真上で閃光が爆発した。
光魔法の眩しすぎる輝きに瞼を閉じるしか無かったけれど、ジェットの真っ黒かった両手がきれいになったのは瞼を閉じても感覚的に見えた。
よし、ならば何も思い残すことはない。
あとはそう、自分を信じるだけ、かなあ。
次からジェット視線の過去話になります




