私は飼い犬や猫達の器がデカかったと知った
どうしよう。
ジェットはうつ伏せに転がったまま動かない。
私が自分で放った衣服を拾いに動き、それを身に着けた後だって動かない。
それどころか。
ジェットの転がる段の一段上にしゃがみ、ツンツンとジェットの背中を突いてみたが、ジェットは全く反応してくれない。
ジェットって実はとてもくすぐったがりなのに。
人は傷つくとこんなにも感覚が鈍くなるものなのね。
確かに、六年の年月をかけた恋心に対して、私は女の子でした~ざーんねん、みたいなことされたら(それも恋愛対象者に)、絶対にドツボだよね。
ああ、レイ殿下のお言葉が脳裏に蘇る。
「私も君も人の気持がわからない時があるから気をつけないとね」
私はがっくりとなって自分の両手で顔を覆う。
私もドツボだ。
ジェットの気持に全く気がつかなかったばかりに、その場しのぎでジェットの希望にハイハイと応えていたから、今はこんな状態なのか。
先に行くことはできず、後戻りだって敵わない。判断は悪い方悪い方に転がって、それで今のこんなだ。ジェットを死地に引き込んだのは、確実に私のせいだ。
そして終には、ジェットの心まで殺してしまった。
どうしよう。
どうしたら反応してくれる? ええと。
「――こ、今度さ、十六階層に潜らないか? 一緒に行くならね、あそこを攻略するのに最適な波乗りボードをジェットの分も作ってあげるよ」
「――物で釣ろうとするなよ。お前はそういう所が大雑把だ。俺は絶望しているんだ。ちゃんと慰めてくれよ」
くっそ。
反応してきたが、私へのダメ出しだったとは。
「じゃあ、魔導仕様三段変速ボードはいらないか」
「……………………いる」
「じゃあ立て。女だったってことで親友に全否定された私をお前こそ思いやったらどうだ!!生乳晒して、がっかりされた私の気持を慮れよ!!」
ジェットはうつ伏せのまま、ごめん、とだけ言った。
そのごめんは、笑いを含んだような、あるいは泣いているせいで発音が歪んじゃった、そんな感じだ。
「ジェット?」
「ごめん。ちょっと疲れている」
「そうだよね。疲れたよね」
私はジェットの頭をぽんぽんと叩く。
その手をジェットは掴む。
「ごめん。嫌だったか」
「手を繋いで、寄り添って寝たい。これじゃ体が冷えるばかりだ。いいか」
「いいよ」
「ハハハ、お前は優しいよ。優しすぎて残酷だ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ。嫌だって言った方が良かったのか?」
「――悪かった」
ようやくジェットは身を起こしたが、体どころか心こそが冷えてしまったとまるわかりな表情をしていた。白く青ざめた顔色に全てを諦めた様な疲れ切った顔をしているのだ。
私はジェットのその表情に胸がぎゅっと締め付けられたが、それでも彼が死なない道を選んでくれるならばと自分に言い聞かせる。
これで恋をした相手の為に命を捨てようなんて、馬鹿な真似なんかしないはずだ。結果としてジェットを酷く傷つけちゃったけど、これでいいはずなのだ。
だけど、ジェットのこんな辛そうな顔は私こそ辛い。
「と、隣り合って座りたいなら座り直そうか」
「だな」
素直にジェットはすくっと一度立ち、転がっていた段に座り直す。
それから彼は、もちろん私へと手を差し伸ばす。
私は彼の手を取って彼の隣に座ろうと――やられた。
グイっと私を強く引っ張り、私のバランスを崩させて自分の膝の上に転がした。
その後は、両手で掴み上げた私を後ろから抱え込むようにして持ち上げ、なんと、私を自分の膝の上に座らせたのである。
「お父さん抱っこなんてどうした。足が痺れて使い物にならなくなるぞ」
「おとう、違う。そういう抱っこじゃない!!」
「じゃあ、どういう抱っこなの」
「お前は本気で意地悪だ!!」
ぎゅうと両腕を封じる勢いで後ろから抱きしめられた。
確かにお父さんが幼児を膝に乗せる抱っこじゃない、と身に染みてわかった。
これは、不貞腐れた子供が飼い犬か猫に温かさを求める行為と同じだ。
その証拠に、私の顔も無理矢理抱かれた犬猫みたいに歪んでいるはず。
けれどもその不貞腐れた幼児が傷ついているジェットに置き換えられるならば、私も優しい犬猫みたいにして彼に我慢してやるべき?
「きゅわ」
犬猫みたいな声が出てしまった。
だって、首筋に、ジェットの鼻とか口が、吐息とかが、直に!!
そのせいでなんか背筋に添って、特に尾てい骨辺りが、弱い電気魔法を受けたみたいにびくびくする。ジェットの柔らかい唇や鼻先の感触や彼の吐息が、こんなにもくすぐったいとは。
「あの、あの、あのの?」
「黙って」
ひどい。
「頼む」
「わかった。頼まれた」
「だから黙って」
ひどす。
確かにこんな抱き方をされた犬や猫達は、どの子も悟ったような顔で鳴きも暴れもせず我慢してるけどさ。
「頼むよ。君を感じたい。あと少しだけ、俺の腕の中にいてくれ」
「お前が特攻するって話だったら」
「頼む。黙って。頼むから俺を君を守る騎士にしてくれ」
「私は女だって分かっただろ。あなたが惚れた男の子じゃないんだよ!!」
「俺が惚れたのはお前だって言っているだろ!!」
後ろから男性の大声で怒鳴られるのは、総毛立つどころじゃない。
低い男性の声は女性の声よりもずしっと響く。
いいえ、重く心に響いたのは、ジェットの悲痛なまでの気持が重いからだ。
「惚れた相手の為に死ぬ道しか無いなんて、お前は変な本の影響を受け過ぎだ。戻ったら二度とマリさんの本は読むな」
「お前が俺を過小評価し過ぎるだけだ。爆炎で俺は膝を着いたが、魔力枯渇を得た事で魔法量は上がっているはずだ。ヤスデの大群を蹴散らした経験値は全て俺のものだ。――ならば、俺は獄炎で死にはしないんじゃないのか?」
「――今思い付いた? だろうたぶんで、言い逃れられると思うな」
「煩い。黙れ。ひと寝したら決行する。俺は五十三階に飛び込んだらすぐに獄炎をフロアに放つ。お前は炎が落ち着いたら飛び込んで駆け抜けろ」
私は返事をしなかった。
納得できるわけが無い。
けれど、ジェットはそれを了承と勝手に受け止めたようである。
なぜならば、彼は私の肩に頭を乗せて本格的に眠り始めたのだから。
なんて勝手で独善的なばかやろう、な。
ここまで自己犠牲が酷いのは、彼が生まれながらのお貴族様だからだろうか。
だが、お前の我儘はそこまでだ。
平民である私の方が、ずっと専横的な生き物なんだよ。




