真実は己の手で確認してこそ染みわたる
上半身裸となった私は、かなりのハイになっていた。
両手を腰に当て、胸をつきだすようにしての仁王立ちだ。
素面を越えねば立っていることさえ敵わず、恥ずかしさで即死だろう。よって、私の心を守るべく、脳みそがおかしな興奮剤をドバドバ放出してくれてるに違いない。私の体は私思いのはずだから。
それにしても、男に突っ込まれる危険から逃れるために男の前に生乳を晒すなんて、破れかぶれすぎる完全なる愚の骨頂。
だが、突っ込まれたら穴だらけのスカスカチーズになりそうな相手から逃げおおせるには、こうやって身を切るしかない。
肉を切らせて骨を断つ。
こんな精神的ダメージ半端ない行動を取らせやがって。
ジェットのばかあほ大まぬけ!!
「見たか知ったかわかったか!!私はれっきとした女だ!!」
返事はない。
死んだように固まってくれているが、静かすぎて私こそいたたまれなさで死んでしまいそうだ。
「理解したか!!」
「り、かい」
ジェットがようやくぽつりと呟いた。
それがジェットの起動開始でもあったのか、彼はブリキ人形のような動きで私へむかって右手を持ち上げる。なにかをわしづかみにしようとしている右手はぶるぶると小刻みに震えていて、ちょっとキモい。
「ジェット?」
「幻影じゃないよな。確認させてくれないか?」
「確認?」
「揉ませてくれ」
「ふざけんな!!これでも信じないのか?」
「お前は何気に万能魔法使いだろ!!」
「確かにって、遠慮なくつかむな!!」
私の左胸はジェットの手のひらの中だ。
ジェットの手のひらを感じた途端に私は羞恥を感じたが、それだけだったのはジェットの手に厭らしさを感じなかったからであろう。
彼はやはり男色家だったのだろうか。
ジェットは欲情のよの字も無い顔付きで、医者が触診しているだけみたいに私の胸をわしづかみしているだけなのだ。それもなんだか傷つくが。
「も、もういいでしょ。それで、私が男じゃないってわかったんだったら、離れて。服を着る!!」
少々荒っぽくジェットから身を翻したが、私は次の瞬間に天地やらを失っていた。
ジェットに覆い被さられた格好で、階段の段の上で横たえられているのだ。
裸の背中が石段に触れて、私の全身が鳥肌で泡立った。
「うぎゃっ。背中が冷たい!!」
「す、すまない」
背中にジェットの腕が差し込まれる。もちろん私の胸を掴んでいない方の腕だ。
っていうか、いつの間にまた胸をわしづかみにして!!
だがしかし、私も大概だ。
そもそもジェットに触れられている事に嫌悪感を抱かねばならないのに、そこを流して許してしまっているのだ。小恥ずかしいだけで嫌悪が無いのは、私達が十歳くらいからの付き合いだからだろうか。もう、兄と妹みたいな感覚だから?
だよね、と、私はジェットを見返す。
あっ。
私に恋心を抱いていたジェットは、私とは感覚が違ったようだ。
私に覆いかぶさるジェットの顔付きは、未だ現実乖離しちゃっている。
前線から引き戻されたばかりの兵士の、あのショック状態と一緒みたいな。
六年は私を男と信じ切り、男を好む自分だと悩みながらも自分を受け入れ、そして家までも捨てるという決断までしていたのだ。私が女だと知ったことで、彼の世界が崩壊したのだとしたら、この支離滅裂な行動は許してやるべきか。
「きゃあ。なんで腹を触る!!」
私の胸を触れていた手が、いつの間にか腹に移動していた。
そしてジェットは、私の腹を何故かぴちぴちと指先で叩いているのだ。
「ほんもの……なんだな。こんなに締まっている腰じゃ、胸は贅肉で膨らんでいるだけだなんて言えないな」
「まだ信じていないとは」
「当たり前だ!!娼館で見た女の腰はこんなじゃ無かった。もっと柔らかくて、割れてなどいなかった」
「娼館の女を触った手で私に触れないでもらおうか」
どんなランクの店に行ったのか知らないが、高級店の娼婦はそれなりの貴族夫人や令嬢以上に体を磨いているものである。まるで女神かと思うくらいの体とこの貧相な体を見比べられるのは女として分が悪いばかりだ。
私はジェットの手を振り払おうとしたが、ジェットは振り払われるものかという風に腕に力を込める。私はジェットの手首を掴んだ以上のことができなくなった。
呆けていたはずのジェットの顔が怒りで真っ赤にもなっていたのだから。
いいえ、もしかして泣きそうな顔?
「誤解するな」
「ジェット」
「あれは不可抗力だ。勝手に手を掴まれて無理矢理に触りたくもない腹肉に触れさせられたんだ。そんな俺にお前は労わりも無しか?」
「子供かよ」
「ディ」
「わかった。分かった。可哀想だった」
私は大きく溜息を吐き、両手をジェットの体に回す。
するとジェットは、なんとまあ幼子のように力を抜いて、私のなすがままとなった。私の首元に顔を埋めて抱き着いちゃったので、これはこれで大困りだが。
「落ち着いたか? それじゃあ、私に服を着せてくれ。こんな裸ん坊じゃ風邪をひいてしまう」
「その前に」
「その前に?」
「股を触らせてくれ」
「――まだ理解が足りないと?」
「姉の小説には両性具有者という登場人物もいた」
「どんだけ愛読者だよ」
「それだけ俺は追い詰められていたんだ」
「ああもう。毒を喰らわばってやつか。さっさとやれ!!」
即断即決。
そんな騎士の判断力を体現する男は、さっと身を起こすと私のまたの間に手を無造作に突っ込んだ。憲兵が身体検査をするような素振りで、触られる私は性的なものを感じないで助かったが、股に触れたそこで固まるのはやめて欲しい。
「ほら、いい加減に」
「ハハハ」
捨て鉢な笑い声。
私は私で自分の性がジェットを絶望させた理由だってことが苦々しく、私こそ胸の中でイガイガした苛立ちが暴れ出す。
だから、ジェットを蹴っていた。
私に蹴られたジェットは紙人形みたくぐらりと揺らぎ、階段の二、三段ほどを転がり落ちていった。そして落ちた先でうつ伏せ状態のまま動かなくなった。
「ジェット?」
「――俺はもう立ち直れない」
初めておっぱい見せた男がそれなって、私こそドツボな気持だよ!!




