これが私の真実だ
私の頭はグルグルだ。
五十三階層のボスが謎ドラゴンだったなんて真実も、今やどうでもよくなった。
だって絶体絶命なのだから。
私を喰おうとしているのは、魔物どころか相棒の騎士だ。
魔法無しのガチ戦闘では確実に敵わない相手だ。
「ジェット。落ち着け」
「気持が混乱しているのはお前だ。俺は落ち着いている。これ以上ないぐらいに落ち着いている。お前への気持に気がついてから、俺がどれだけ悩んで来たと思っているんだ」
「ち、ちなみに。どのくらい」
「密輸船でお前に救われてからだ。俺の無事を知った後のホッとした笑顔に心を揺さぶられ、俺の肉体を傷つけた奴に向けた殺気に俺は痺れた。その後にそいつの両腕を切り落としたあそこは最高だった」
「いや、そんな」
はっ、照れてどうする!!
今はジェットから逃げる算段をするべきところだ……だったな。
ジェットはいつの間にやら私のすぐそばに立ち、私の左の二の腕をがっちり掴んでいた。――捕まえられちゃったよ。
「お前に俺への気持が無くとも、俺に許してくれないか?」
「お前は私に突っ込みたいという情念を貫く気しか無いのか?」
「俺はお前のためにならば命だって捨てよう」
「獄炎は禁止したはずだ」
「獄炎しかあのボスを倒せない」
確かに、ドラゴンを一撃死させられる威力があるのは、今のところ獄炎だけだ。
「だけど!!」
私は逃げるどころか、掴まれていない腕をジェットの体に回していた。
掴まれていた腕だって、ジェットにしがみ付いているじゃないか。
大きな胸板は硬いが私を跳ね付けはしない。
それどころか、滝の音みたいな心臓の音が私の気持を宥めてくれる。
昨夜の私の体調を気遣い、何度も私の額に当てられたジェットの手の平の大きさや温かさに、なぜか涙が零れそうだったと思い出す。
そう、思い出したから私の瞳から涙が零れているのだ。
「ディ。泣いて……」
「お前が死ぬなんて嫌だよ。私はお前の死を越えられない。耐えられない」
「それは俺こそなんだよ」
私の体にしっかりした腕が回され、その腕は私を腕の持ち主の胸に押し付けた。
いや、私こそ彼にしがみ付いているのだから、私達は互いに抱きしめ合っている。
「ジェット。上に戻ろう」
「ここから何階分あると思っている。四十五階に辿り着く前に転送トラップを踏んだら、俺達はきっとそこで終いだ。ならば確実な道を進むべきだ。そうだろう?」
「確実にお前が死ぬ道か? だったら、不確実だが生存確率が残る四十五階を目指す道の方を選びたい」
「だけどね。楽になりたいのも真実なんだよ」
私はジェットの胸から顔を上げる。
ジェットは絶望の瞳なんかしていない。
ただし、彼の表情は私が戦場で見たことのある戦士の顔だった。
止めをお願いします、そんな顔だ。
ジェットが獄炎を放ちたいのは、私を助ける為だけじゃなく、自分こそ死んでしまいたいと思いつめていたからか。
騎士にならずに出奔し、辺境にて冒険者となる未来、なんかより最悪じゃないか。
「そんなに思いつめていたのか?」
「どうしてこんなにお前を求めるのかわからない。騎士団の奴らに娼館に連れていかれた事もあるが、俺は起ちもしなかった。ピクリとも心も沸き立たなかった。俺の情緒がおかしくなるのは、お前を前にした時だけだ」
「ずっと、私をそんな目で見ていたのか」
「それこそお前を侮辱する行為だ。だから俺はお前から遠ざかろうと思った。それなのに、お前は任務で学園に入学するという。それも、いち学生として。諦めようと考えたところにこれだ」
そこで言葉を切ったジェットは、なぜか急に笑い出した。
乾いた笑い声をあげた彼は、やられたよ、と目尻の涙を指先で拭う。
「殿下の悪戯にはやられた。お前の任務に対する真摯な姿勢にも呆れた。まさか、女装して学園に潜入して来るとは。俺の思惑を外しやがって」
「ジェットの思惑ってなんだ?」
「お前に子供時代を差し出したかった」
「私はちゃんと子供だったよ」
「子供は自分の面倒を見ないよ。それは大人の仕事だから。だから俺はお前に生活を考えない時間を与えたかった。そして俺もそんな時間をすごすお前を独占したかった。くだらない意味のない会話をして笑い合い。目的もなく一緒に街を探索したり、期末試験前に一緒に勉強したりかな。俺が伯爵令息でもなく、お前が殿下の御庭番でもなく、単なる学生が友人と過ごす日常の記憶が欲しかった」
「辺境に一人行ってしまうその餞別に?」
「ああ。俺はお前しかいらない。ならば家は継げない」
「ほんっとにお前は極端だ!!」
私はジェットの胸を叩く。
その手をジェットは掴み、私の拳となった手をそのまま口元に持ち上げる。
その先は、わかっている。彼は愛おしくて堪らないという風に口づけるのだ。
「そんなにも私が好きなのか」
「ああ。一人に恋い焦がれるなんて姉の書く物語だけだと思ってた」
「しっかりマリさんの本を読んでいるじゃないか」
「あいつも昔は普通の恋愛物を書いていたんだよ。男と女のもので。だが、同性であるお前に抱くこの気持を恋だと受け入れるしか無かったのは、姉の本で同性同士の愛があると知ったからだな。俺は同性に心惹かれる男なんだと認めるしかなくなった」
「そうか」
「だから俺はお前に愛の証を立てたい。命を賭けたい」
「ジェット」
「だから、頼む。俺と繋がってくれ」
一気に冷めるってこういう事を言うのだろう。
私はジェットの恋心に感動し、完全に流されるぐらいにジェットに心を傾けていたというのに、ジェットの不用意なセリフで一瞬で冷静になったのだ。
もう、スン、という感じだ。
「ディ?」
「お前は私に突っ込むという選択肢は譲らない気だな」
「命を捨てても叶えたい」
「死ねやああ!!」
私は拳を繰り出していた。
もちろん殴れるとは思っていないが、ジェットの私を掴む両手は外れた。
だから、私は真実を突きつけてやることにした。
女には惹かれない男の目を覚ましてやるのだ。
「ディ、何を」
「見せてやるよ。私の本気と真実を!!」
胸当てを外し、生成りのシャツを脱ぎ、一緒に下着の胸バンドだって外したのだ。
大声をあげながら。
「これがわたしよ!!わたしなの!!」




