愛とツッコミはいらない
私の視線はジェットの瞳から動かない。
彼こそ私を見つめている。
壊れそうな夢を見ているような、ひたむきを感じる瞳で。
「君のような戦士になりたかった。君に憧れ、それがいつか、君の姿を目にしただけで胸がときめき、君の視線に一喜一憂するようになった」
「私を、男だと」
お前は考えていなかったか?
どんな女にも心が揺らがないとは、男色家だったからなのか?
私は凄い混乱だ。
男と思われていたせいで男に想われてしまっていたなんて。
「ひゃっ」
また手の平にジェットの唇を感じた。
そして私の手の平に口づけた、この仰天発言しかしない男は、私の手の平こそ救いのようにして自分の頬を当てた。
「悩んだ。俺は男が好きなのか、これは単なる行き過ぎた憧れなのか。そしてそんな俺をさらに追い詰めたのは、あの腐った姉のせいだ」
「お姉さまが?」
あのジェットの姉が懸念していたように、ジェットは男である私を愛したから、それで、マリが書いた物語のように家を捨て冒険者になると決めたのか?
「はや、早まる」
「男同士でもできるとは!!」
私は再び真っ白になった。
私から膝枕を受けている男は、一体何を言い出したのだろう?
「ああちくしょう。男同士でも繋がれる方法があるなんて、そんな事は知りたくは無かった。お陰で俺の気持は収まるどころか、さらにお前に傾いてしまった」
…………。
…………。
「俺はお前のためならば何だってしょう。だから受け入れてくれ」
「何を?」
「俺をだ」
…………。
…………。
…………むり。
「私は男を抱く方では無いと思う」
「それでよい!!俺が抱く方なのだから!!」
「ひゃっ」
ジェットが勢いよく頭を上げた。
もう少しで彼の頭が顎にぶち当たる所だったと、悔しく思った。
ぶち当てさせておいたら、無意識のカウンターだと言ってあの世に送ってやる良い理由となったというのに。
抱く方って、ジェットは私が男でも私に突っ込むつもりしかないらしい。
完全に引いた私に対し、ジェットは同意と見たのかさらに畳みかけて来た。
「昨夜お前を抱き締めた時、お前から男臭さなど全く感じなかった。それどころか、腕に感じたお前の感触に愛おしさが増すばかりだった。俺は思った。これなら俺はお前とやれるだろう、と」
性別女の私が男臭いわけ無いし!!
私は呆然とするばかりだが、私の素振りにジェットは何か勘違いしたようだ。
「安心しろ」
「お前に安心できないな」
「だから大丈夫だ。俺はお前の吐しゃ物を片付けたところで、全く愛が減ることなど無かった。それを知れた昨夜は、本当に天啓を受けたかのようだ。神がこのまま進めと言っていると感じた」
「神は絶対言ってない!!昨夜の甲斐甲斐しさへの感謝とか台無しだよ」
「お前は俺を愛していないのか?」
ウッと、私は詰まる。
嫌いだと言ってやればここで終わりな気もするが、私を見つめるジェットの黒い目が、私の答えを待つその瞳が、雨の中の捨て犬の瞳にしか見えないのだ。そんな目でこっち見るな。傷つけると分かっている言葉言えないじゃない!!
「に、人間的に愛しているが、恋愛的には愛していない!!」
追い詰められた私は叫ぶやジェットを突き飛ばし、階段を数段だけ駆け上がって逃げた。
これ以上隣り合って座るのは危険だ。
だって奴は私に突っ込みたがっているらしい、のよ?
それも私を男だと思っているから、から、なんかマリが考案した方法らしき方法で? …………どんな方法?
なんか私の好奇心が私自身を乗っ取った、みたい?
ちょっと方法知りたくなった。
「後学の為に知りたい。男同士はどうやって繋がるんだ?」
ジェットは私のはしたない問いに答える代わりに、にっこりと微笑んだだけだった。
学園女子が全て気絶しちゃいそうなほどに、それはそれは甘い笑顔だった。だが狩りを知らない学園女子には、決してわからないだろう。それが捕食者が獲物に向ける、確実に狩ることを決めたヤバいやつでしかないってことは。
うさぎちゃん、動くんじゃないよ~。
そういうやばい笑顔って事。
奴はやる、やる気なのだ。
奴は絶対に私をやる気なのだ。
男だと信じ切っている私に!!
…………。
…………。
…………は!!
私は気がついた。
私って本物の女だったじゃないかって。
だったら、だったら?
「ディ」
ジェットは微笑みを崩さずに、階段の数段上にいる私を見つめている。
彼に恐怖を感じるのは杞憂で、彼の笑顔は単なるいつもの笑では無いのかと自分に言い聞かせるが、私の脳みそはジェットに対するアラートしか発しない。
ジェットは私にエスコートの手を差し出す。
「これが最期なら、思い出が欲しい」
「生きろよ!!」
逃げろ逃げろ、危険だ。
捕まったら突っ込まれるぞ!!
私は一段上がったジェットから遠ざかろうと一歩下がり、動きを止めた。
この次の次の段で、私は五十二階に戻ってしまう。
どうする私?
どうしたら、私にツッコミたいだけの、この愛を語る迷惑な人から逃げられる?