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ダンジョン階段は安全地帯のはずだった

五十二階にはありがたいことにボスはいなかった。

ついでにヤスデの大軍を抜けたその後の私達は、次の階層に抜ける階段を見つける事ができた。神様はよく見ている。

けれど、神様は浮ついた人間に試練を与える者でもある。


五十三階はフロアボスが住まう階層だったのだ。


怖いもの知らずの私とジェットが後退り、安全地帯の階段に再び逃げ込んでしまうほどに、危険なボスがそこに居た、のである。


神様許してください。

私達は自己過信が過ぎる傲慢でした。


「何でボスがドラゴンなの?」


黒煙を振りまく吐息で頭部や全身が霞んで全体像は見えなかったが、シッポは爬虫類の大きなものだし、翼はドラゴンのものというしかないものだ。

魔物図鑑にも乗っていない初見のドラゴンでは、それの弱点がわからないどころか、それが私達に振りかざしてくる攻撃方法の想定さえもできない。


加えて、奴の真っ黒な吐息は猛毒だった。

一撃必殺、出会い頭に抹殺できねば、私達こそ一瞬でアウト。

目の前のドラゴンよりも確実に魔物として格上とわかっているブラックドラゴンの方が、実は攻略方法がわかるだけ対処できるし倒せる確率が高いだろう。


嘘です。

ブラックドラゴンだったら、私達は階段を上がって上へと逃げている。


上へ……無理。


すぐ上のヤツデの対処はできやしないし、あれらにジェットがまた爆炎を浴びせた後、五十一階で私とジェットは絶対に行き詰る。五十二階で私の精神がギリギリだったのは、五十一階の触手(にしかみえない寄生虫)を腹から生やしたゾンビの悪臭とビジュアルでかなりのSAN値(正気度)を削られたからだ。


「五十二階と五十一階は二度と戻りたくない~!!」


私は情けない大声を上げた。ここは、五十二階と五十三階の間にある階段だ。フロアとフロアの間にある階段は魔物が出ない安全地帯だが、そこに腰を下ろしたままなのは、上にも下にも行けない状況だからだ。私は階段の真ん中で、頭を抱えて世界を呪う。

いや、呪うべくはこんな判断をした自分だ。


「時間をくれ。魔力が回復したら俺が獄炎(インフェルノ)を放つ、から」


私の膝のあたりからジェットの呟きが聞こえた。

そう言えば膝枕をしていたなと思い出し、十数分前は死んだように冷たかった男の額を叩く。今は安静にしていろ、と。自分が煩かったのは棚上げだ。


だって、ジェットは大人しくしていなければいけない。

彼は五十二階層でバカをしたばかりなのだ。

魔力の完全枯渇は死を招く、というのに。


「二度と、まだ制御できない血統魔法なんか、使わないでください」


「爆炎は制御できる」


「一発で魔力枯渇しちゃうのは、制御できてる言わない!!」


ジェットが使用できる爆炎も獄炎も、かつてオブシディア家の祖が作った魔法でもあるが、オブシディア家以外の魔法使いでも使える火炎上位魔法だ。

ただし一般の魔法使いの場合、その技量が魔法行使できるレベルに満たなければ、という注釈が付くが。


オブシディア家の血統魔法と呼ばれるだけあるのだ。


血統魔法は熟練度も魔力量も関係なしに、その血統である者は放つ事ができる。だからこそ魔法を使える貴族は、魔力量関係なく血筋だけで重用されるし血脈を大事にして守る。魔力が足りない一族の面汚しでも、いざという時は命と引き換えに大魔法を使わせての捨て駒にだってできるのだから。


つまり、血統魔法とは、本来術者にレベルが足りなければ発現できないはずが、足りない分を命で贖う代わりに発現できる、という恐ろしい縛りがある魔法のことなのだ。


ジェットが爆炎で倒れた時点で、ジェットが獄炎を使えば死ぬのは確実。

私がジェットに血統魔法を使うなと怒ったのはそう言う事だ。


「だが、」

「あなたには回復時間が必要ですが、インフェルノは必要ありません。私も一緒にいるのです。何か方法を考えましょう」


「は、はは。撤退する余力と、目の前のボスを倒す労力。どちらの確立の方が高いのだろうな」


ジェットは右の手の甲を目元に当てた。

眠るのに光が煩わしいと目元を隠しただけだろうが、なんだか悔しさに出る涙を隠す幼い頃の彼の姿が思い出された。


人身売買の組織の船に囚われていた彼を助け出した時だ。私の姿を見て、ジェットはホッとした顔をしたが、同時に出てきた涙を隠したのだ。

私こそ、ジェットを尊敬したというのに。


彼は一緒に囚われた殿下に傷一つ付けないために、己の身を差し出し、むち打ち等の拷問だって受けていたのだ。


「俺は騎士になりたいよ」


「――あなたは騎士ですよ。あの日だって最後まで殿下を守り抜きました。ご存じですか? 親父殿は処刑前にあいつらに囁いてやったんだそうですよ。お前等が捉えていたあの小汚い子供こそレイ殿下だった。残念だったよな。まんまとあの小さな騎士に騙されたせいでって。あいつらは物凄く悔しがりながら吊るされたそうです」


ジェットは目元から手を動かし、驚いた瞳で私を見つめる。

私は微笑み返し、よくやったという風にジェットの頭を撫でた。


「殿下が全くの無傷だったのは、あなたの機転のお陰です。殿下を浮浪児のように汚し、その代わり、自分は貴族の生意気な子供を演じて悪党達のヘイトを全部自分に集中させた。十一歳の子供にできることじゃありません」


「ふふ。誘拐された俺達を助けた君こそ、子供に出来ることじゃないよ。俺は殿下を誘拐犯の手に乗せてしまった愚か者だ」


「違うのは当り前です。私は当時でも子供じゃなかった」


「御庭番です、か」


「そうです」


「だから俺は君の騎士になりたかった」


へっ?


「子供時代を捨てて生きていた君を子供に戻してやりたかった」


私の思考も体の動きも固まった。

ジェットは何を言い出した?

そしてジェットは、自分の頭にあった私の手を掴み、そして私の手を自分の口元に持って行き、行き? 口づけた、だと。


「愛している」


はい?

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