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朝の五時はもうぐらぐら

「朝日が染みる」


朝の五時に起きるぐらい苦ではない。

遠征仕事などで交代の見張りどころか連日の徹夜など、私はいくらでも体験してきたのだ。それなのに、と、私はこの薄闇の薄紺色な世界をピンク色に染めようとしている日の出を睨む。


今の私は、本気で敗残者な気持ちだ。

十六歳の乙女が酔っぱらいの帰還の如く自宅玄関前でゲロを吐き、絶対にこいつの手だけは煩わしたくないと考えている相手に、その後始末をして貰ったのだ。


「気にするな。こんなこと騎士団ではよくあることだ。お前は風呂に行け――行けるか? 俺が連れて行って、俺が洗ってやろうか?」


自分の体をジェットに洗われるのを断固拒否できた私は、きっと偉い。

ただし、ゲロの後始末をジェットがする事は止められなかった、けれど。

タライで水につけておいた制服も、ジェットが洗って干してくれた。


「これくらい気にするな。騎士団では見習いの仕事だからね」


ジェットは良い笑顔を崩さないどころか、私への労わりが凄かった。

お陰で私はもう「く、殺せ」と己の羞恥極まりない。

だから私はジェットに感謝するよりも、ジェットがこんなに対応できる人になっている理由の関係者達へと恨みを向けることにした。


いつの間にかジェットがこんな(ことが当たり前に)できる男になっていたのは、騎士見習いとして騎士団訓練に参加しているからとは何事だ、と。騎士の癖に自分を律せられない奴らが、ジェットに自分のゲロを始末させていたなど許せなくないか? という風に。


っていうよりも、二日酔いで業務に当たる馬鹿がいたのか。近日中に調べ上げ、ちゃんとそれなりの筋にご報告せねばいけないな。

レイ殿下の護衛網に穴が開いたらこと、だもの。


「具合は大丈夫か? ほら、スペスの実だ」


二日酔いのアル中よりも気も体もドツボな状況な私とは対照的に、ジェットは朝から精悍で素晴らしいお顔をされている。選ばれし人はいつでも気を抜かないんだなと、私は苛立ち紛れに考える。


私達以外いないダンジョン前でしかないのに、誰に見せる気なのか素晴らしい笑顔を振りまいていらっしゃるとは!!神様はいつも見て下さっているからですか? だから神様に愛されていらっしゃるのですね!!


「吸う力も残っていないのか?」


私は意識の逃亡さえ許してくれない男を睨む。心の中で不当だよなってわかっているけれど、私が自分を保つために彼が小煩いと八つ当たりをする。するしかない。昨夜から今まで、甲斐甲斐しく私にお世話を焼いてくださるジェット様に、私はもう立つ瀬なんか無いのだから。


「その顔。ぷふ」


おかしいな。

滅多に笑わない蒼炎の騎士様って触れ込みのお人じゃ無かったですか?

あなたは。


私は不機嫌な気持を隠すことなく不機嫌この上ない顔で、ジェットが先程から差し出している薄緑色の殻というしかない果実を両手で受け取った。大人の男性の手の平サイズの果実の硬い殻には、私が中の果汁を飲めるようにジェットがナイフで削った飲み口ができていた。


スぺスの実は齧るものではなく、殻に開けた小さな穴から中の果汁を吸うものなのだ。乾燥地の一地域だけに生えているスぺスだが、腐らず携帯可能な水としてダンジョン探査の必需品で、今やどこでも売っている冒険者達の人気商品だ。

ただし、輸入ものなので末端冒険者には高い。けれどもスぺスの実がいつでも売れ行きが素晴らしく良いのは、果汁が酸っぱいからか、飲んだくれ冒険者達の酔い覚ましに活用されているからである。まさに、希望(スぺス)の実なのだ。


むさいオッサン達がリスか鼠みたいに木の実を吸っている姿は、微笑ましいどころかみっともないよな、と思い返しながら私こそ実に吸いつく。


「ありがとう――すっぱ。でもすっきりする」


「昨夜も今朝も何も食べていないんだ。全部飲むんだよ。それで、大丈夫なのか? 今日は止めてもいいんだよ」


私の前でしゃがみ、私を見上げている男から私は視線を逸らす。


分かっている。

私のこの行動が駄々っ子にしか見えないという事は。

ダンジョン前に転がる適当な岩に座り、スぺスの実を両手で抱えて殻の中の果汁を啜る私と、私の前にしゃがみこんでいる男。この図は誰が見ても、高難度ダンジョンに挑める体調には見えない子供を必死に止めろと説得する騎士様にしか見えないだろう。実際そうだし。


「俺の望みを叶えたいと、ここまで頑張ってくれた。その気持だけで充分だ」


ちょっと照れたように目尻を掻きながら?

なんだかイラァとした。

私は飲み切ったスぺスの実を手の平で燃やしつくすと、少々荒々しく立ち上がる。

私の前でしゃがんでいるジェットをさらに見下ろせるように。


「いくぞ。戦闘前は腹に固形物は何も入れておかない。そういうものだ」


「そうなのか? じゃあ行こうか」


くすくす笑いながら立ち上がったジェットは、長年の相棒にするみたいに私の肩に腕を回す。

その途端に私の中の苛立ちが消えるとは、私は本気でちょろい人間だ。


自分が女だと本気でジェットに思い知らせないのは、弱き子供や女性は守るべきと魂に刻まれているが如しの生まれながらの騎士に、私こそが守られたくはないからだ。私こそが守る立場、私の方が場数を踏んでいる猛者である、というのは、私の譲れないプライドだ。


だから、私を男扱いしかしないジェットに対し、私は笑顔ばかりができていた。

これで良いのだ。

今は学園では無いのだから、私がか弱き女学生のふりなどする必要は無い。

本来の私は王太子殿下の懐刀だ。実力者だ。


「行こう。ジェット。…………何している」


私の肩に腕を置いていたはずの男は、再び地面にしゃがみこんでいた。

両手で顔を覆っているという、なんと情けない姿。


「どうした?」


「…………お前は笑顔で俺を見上げるな。破壊力がきっつい」


「破壊力って、何ですか」

何をしてんですか?

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