乙女達が願うシチェーションって、マジ?
シャルム家を辞去した数分後、私はハタと気がついた。
どうして私の家にジェットを連れて行かねばならないのだろうか? と。
「はっ。今気がついた。当たり前のようにあなたを引き取ってきましたけど、一緒に私の家に帰る必要なんてなかったですよね」
「俺が一緒ってことでお前は俺の姉から解放されたんだよ」
人の考えを読んだようにして、さらっと恩着せがましくジェットが言い出した。
彼は私に感謝して欲しいのか。
ついでに彼は、しれっと大荷物を私に渡してきた。
それを粛々と受け取って収納魔法に片付けている私も何だ? という話だけど。
「もともとあなたのせいでこんな状態なんですけど?」
「こんな状態はお前が女装なんかして潜入なんかするからだろう? 俺はお前がぼろを出さないか気になって仕方がない。お前は大事な同士だ。親友だ。お前が俺の知らない任務に異動させられたら辛いだろう」
私の動きは止まる。
ジェットは動きが止まった私を訝しく思ったのか、彼こそ足を止めて彼の横に立つ私を見下ろした。私が彼を見上げるようにして、私と視線がかち合うように。
「俺の心配をようやく分かってくれたか?」
兄が己に反発する弟にむける戸惑いのような目だが、私はジェットのその目を抉ってやりたい。私を女と認めない事ではなく、私がぼろをだしそうだから心配だと言ったその侮辱が許せない。
「あなたは私が力不足な人間だと?」
「そ、そういう事じゃない」
「あなたが言っているのはそういう事です。私はぼろを出す程度だと?」
「そうじゃない。俺はお前については全てが不安なんだ」
「平民はお貴族様よりも劣っているですものね」
「そうじゃない。俺はお前がいなくなる世界が怖いだけだ!!」
私はちょっと怯んだ。
だって、蒼炎の騎士、だよ。
ジェットは同世代よりも頭が二つも三つも飛び出た才があるためか、同年代どころか本職の騎士さえからも畏敬の念を持たれている強者だ。
そんな彼が己の恐怖を吐露したのだ。
私がいなくなるのが怖いって、それが恐怖だって。
怯むよね。
なんだよそれって。
そして声を上げたジェットこそ、失態してしまったという風に口元に拳を当て、私からその顔を背ける。
「に、にやけるな」
私は、ハッと鼻で嗤う。
それから手に持ったままだった荷物を収納魔法にほいっと投げ込むや、さっさとと先に行こうという風に彼を置いてきぼりにして歩き出す。
「――お前は、俺なんかどうでもいいのだな」
「どうでも良くないから、ダンジョン行きなんてあなたの馬鹿なお願い事を聞いています。ほら、さっさと帰りましょう。明日は早い。行くんでしょう、未踏ダンジョンの愚者のサイコロに」
「ああそうだ。だが、ハハハ。いいな。帰ろうって言い方」
「わ、私の家ですから。だ、だから帰りましょうって言いましたけど、あなたについてはお招きですからね。私の家は私の個人の家ですからね!!」
「それって、俺がお前の家で気兼ねなく寛ぐことが前提の言葉だよな」
「えっ」
振り向いてしまった私は間抜けだ。
そんな素振りによって一瞬の隙ができたから、両手が手ぶらになった男の腕に体を掬い上げられるなんて暴挙を許してしまったのだ。
「な、なにを」
私をまるで小さな子供か猫にするように持ち上げたジェットは、狼狽した私などそっちのけでそのまま飛び上ってしまったのである。
まるで星が煌く夜空に飛び込むように。
「何をやって」
「しがみ付いて。それでお前の家はどこだ!!」
「この馬鹿!!降ろせ!!」
「家は!!」
「コモンターレ街区」
「治安の良いいい場所だな」
「そうだ。引退した元上級使用人などの小金持ちが住む場所だ。そんな場所に屋根伝いで飛んで向かうって非常識だ!!」
「大丈夫だ。非常識にならない所までだ」
ジェットは私を下ろすつもりも一般的な道に降りるつもりも無いようだ。それどころか、最初のジャンプ飛行で辿り着いたどこぞの建物の屋根に足先が着くや、そのまま思いっ切りと踏み切った。
更に先へと飛ぶために。
私はジェットにしがみ付くしかない。
「あああ。こんな所を誰かに見られて親父殿に報告されたら」
「お前は俺に翻弄される女子学生という芝居に徹していた。それでいいだろ」
「良くない。降ろして!!」
「女子は俺にお姫様抱っこをされるのが夢らしいぞ」
「そん」
「舌噛むぞ」
言葉通りに再びの深い踏切と飛び上りだ。
男にこんな乱暴に持ち運びされることを望むだなんて、女性というものが信じられない。そうね、私はやっぱり女じゃないかもね。
「そんなに騒ぐとは、怖いのか? 高い所は苦手だったか?」
「黙るか舌を噛め」
人目に付きたくないというのに、普段は静かで治安の良い街にむけてジェットの笑い声が弾ける。悔しいことに、笑顔の彼は煌く星空に似合う。
その後、私はジェットに抱きしめられたその格好で、コモンターレ街区にある自宅に運び込まれることになった。コモンターレ街区の手前まで、というそれが叶わなかったのはジェットのせいであるが厳密にはジェットのせいでない。
私がジェットの腕の中で酔ってしまったからである。
これも言葉通り、吐くほどに気持悪くなった私が、自分の足で歩けなくなったのだ。そして、家に入るや私は吐いた。
もちろん、床にぶちまけられた私の吐しゃ物を片したのはジェットだ。
不可抗力であったがジェットに復讐は出来た。
私はそう自分に言い聞かせ、この失態の情けなさを忘れようと思う。
お姫様抱っこってそんないいもんじゃないよ回、です。