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ジェット?

私は殿下からの信頼の厚い臣下だ。

私の忠誠心は今も昔も変わらない。……だけど、殿下からの信頼の点が揺らいでいそう。ああ、どうして私とジェットの間抜けな問答場面を盗み見られていたのに気がつかなかったのか。

私は殿下の気配を確実に読めた人間だろうに。


私は自分の不甲斐なさを憤り、その苛立ちを全部ジェットにぶつけていた。

だって原因はジェットだし、監督不行き届きだし。


「どうして君は自分の姉をちゃんと監督していないんだ!!」


「姉はもうオブシディアじゃないからだ。ちくしょう。義兄はお堅い法務省のヴァルマー・シャムルだというのに、姉の腐れは留まることを知らないよ!!」


「まあ、ひどい。あなたの誤解を訂正させていただきますけれど、夫はお堅くなんかありませんわ。ユーモアばかりの素敵な方。私が女子学生に化けて学園に潜入するって知ったら、ご自分も制服を取り寄せて着て見せて下さったのよ」


「そんな爛れた夫婦のことなんか聞きたくない」


「でも私は、大事な弟の貴方が心配なのよ」


「ほっといてくれ」


ジェットは牛みたいな唸り声をあげると、両手で顔を覆ってソファの中に沈みこんだ。そう感じる程に落ち込んだ雰囲気となった。

私こそ責めちゃったなと、ジェットへ少しだけ罪悪感。


「お疲れ」


慰めようとジェットの右肩に手を置いた。

私の手はすぐにジェットの右手に掴まれた。

だが、ジェットは自分の足元しか見ていないままだ。

まれで死にゆく兵士の肩に触れているみたいじゃないか。


「ジェット?」


「いいな。こうして疲れたらお前に慰めて貰うのは」


床を見ているだけの男に言われても嬉しくなるどころか、これで終わりとなるような感覚に陥るばかり。ジェット、急にどうしたんだ?


「慰めが欲しいなら、恋人でも作ったらどうだ? あなたの妻になりたがりが、学園にはたくさんいるじゃないか」


「お前が言うのか」


「私はジェットが友人だと思っていたが、ジェットは違うのか。出過ぎたことを言ってすま」

「謝るな。お前の考え方の方が真っ当なんだ。俺がおかしいだけだ」


「ジェット?」


「――俺は結婚など一生しないだろう」


「ジェット、どうして? まだ十代だ。結婚などしないと断じるには早すぎる」


「できないよ。どんな女性に出会っても、心が全然動かないんだ。これじゃ跡継ぎをこしらえるなんてできやしない。こんな俺じゃ、家は継げない」


私が考えていた以上に、ジェットは思いつめている。

だから私は急に不安になった。ジェットは本当にマリが言っていたとおりに、辺境の冒険者になるつもりなのかと。だから、私は冗談めかしてジェットに尋ねてしまっていた。違うって言って欲しいと望みながら。


「まだ確定させる事じゃない。まだあなたは十代だ。まさか、騎士団長になる夢を捨てるとまで言い出すんじゃないでしょうね」


ジェットはようやく私を見返し、ばかやろう、と笑った。

腐った姉が書いた本に惑わされるんじゃない、とも言った。

それで私はホッとできた。


だって私は、殿下の御庭番である私と騎士団長となった彼という二人で、殿下をお守り申し上げる未来しか想像したくないのだから。


「だが、こんな自分さえ御せない俺が、軍団など率いて行けると思えるか?」


重症じゃないか!!

ジェットは酷い自信喪失中だ。

恋した事が無いぐらいで、自分を欠陥品だと思い込んだのか?


それならば。


私は自分の左手に重ねられたジェットの右手を、右手でぎゅっと上から掴んだ。

手の甲からして硬い。

なんて訓練バカの手なのだろう。

こんなに努力してきた自分を台無しにしちゃいけないよ。


「ディ?」


「明日は学園も休みで私も休みだ。気分転換に街歩きでもしないか?」


そうだ。

庶民という弱き者、ジェットが将来守るべき王国で必死に生きる人達の生活を見て回ることで、彼本来の人を守りたいという情熱が蘇るはずだ。そして、この世界を守るのは自分だって、新たに決意するはずだ。


「ね。行こうよ。二人で色々見て回ろう」


ジェットはゆっくりと顔を上げた。

思いがけずの褒美をもらった時の様な、信じられないという驚きばかりの顔だ。

けれど頬の紅潮や瞳が輝いていることで、彼が喜んでいるってことは分かった。


「行くだろう?」


「二人で? 二人だけでか?」


「うん。ジェットが行きたいところに行こう」


ジェットは子供のような歓声を上げた後、やっぱり子供みたいに私に抱き着いた。

彼の方が体が大きいので、私を抱き締めた? 私を腕の中で押しつぶそうとした? まあそんな感じの方が強い。


「元気になったか」


「ああ。明日は愚者のサイコロストゥルトゥスアーレアに行きたい。いや、約束だ。行こう」


ストゥルトゥスアーレアは、王都にあるダンジョンの名だ。ブロンズの冒険者(中級ベテランクラス)でも危険だと冒険者ギルドに認定され、ダンジョンの入り口にはギルド職員が無謀な馬鹿を押しとどめるために立っている。

だが、未踏破のダンジョンには手つかずの財宝が眠っているはずだと夢を見て、運任せで侵入して戻ってこない冒険者は後を絶たない。よってダンジョン名が愚者のサイコロなのである。


そこに行きたいと強請ってくるとは。


「このすっとこどっこいが」


私はジェットの頭を叩きかけたが、ダンジョン行きもいいかと思い直した。

ダンジョン攻略は騎士が想定する戦闘法とかけ離れている。私達影の者の戦い方に似ているのだ。戦う意義など求めず、誇りも何もなく、ただ生き残るために目の前のモンスターを切り刻み屠るだけだ。

そんな汚い戦闘を体験したならば、ジェットは冒険者の道など捨てるだろう。


「お前が戦士だってことを思い出したい。迷いを断ちたいんだ」


「捨てたいのはそっちだったか。いいよ。未踏破ダンジョンに花火を上げてやろう。ちなみにお前のプレートは何色だ」


ジェットはニヤリと笑いながら首から鎖を引き出す。

ダンジョン探索をするには冒険者ギルドに登録する必要があり、実力に見合ったランクを勝手につけられて色のついた金属製のドッグタグを手渡される。


ジェットのタグは銀色だった。

大体のダンジョンには潜ることのできる上級ランクだ。

私は収納魔法から自分のタグを取り出して、ジェットの目の前にぶら下げる。


「お揃いか」


「明日はお前の剣を久々に見せてくれ。私も思い出したい。お前が最高の剣士だってことをね」


ジェットはニヤリと微笑んだ。

うん、私はこっちのジェットの方が好きだ。

やっとタグが仕事できました。

この世界のギルドの冒険者ランクは、緑(初心者)→青(一般)→ブロンズ(中級)→シルバー(上級)→ゴールド(特級)です。ゴールドの上にランクを付ける場合、よくあるプラチナにするか、ブラックにするか悩みます。二つつけちゃえよは、プラチナの上にブラックありますって、それどこのクレジットカード? ってやつですし。

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