私が知りたいこととは違う報告会に……耳塞ぎたい
私は確かめることにした。
相続権放棄の喧嘩を父親としたのかどうか。
相続放棄を本気で考えているのならば、ジェットはマリが言う通りに、辺境の地で冒険者となろうとしているのかどうか。
「今後についてちょっと確かめたい事がある。嘘偽り無しで、いいか?」
「かまわないし、俺こそお前に伝えねばならないことがある」
私に向けられたジェットの瞳は揺らがない。
彼はすでに決断というものをしているって証拠だろう。
「伝えたい事あるなら、聞くよ」
「まずは、お前やパレルモ嬢達が気絶した件については、お前の荷物が燃えた時に出た毒ガスを吸ったから、と言う事になった」
「私のせいか?」
「そうじゃない。お前の荷物をあんな状態にした奴らが学園生徒を狙って毒ガスを仕込んだと言う事になった」
「実行犯は平民の使用人だ。全員処刑されるじゃない。そんな悲劇をわざわざ作ってどうするつもりだ」
「殿下もお前が傷つけられてきたことはお怒りなんだよ。だが、最終的に双方の勘違いによる不幸ということにして、実行した使用人の責任者の退学あるいは学内謹慎で手を打つことになるだろう」
「怒り割と小さいな。あれか、今後の為に脅し目的なだけなのか。流石殿下」
「俺はお前には何の役にも立たないか」
「煽りばかりありがとうな状況ばっか作ってたのが、お・ま・え、だろうが」
「だが俺は――」
ジェットは言いかけた口を閉じ、不貞腐れたようにくしゅっと顔をしかめた。
そして彼はそうなった理由だと言う風にして、その凶悪そうな顔を私達とは対面となるソファへと向けた。
私もジェットの視線の動きに合わせて顔を向ける。
両手を組んだ恰好のマリが、キラキラした瞳で私達を見ていた。
「姉さん。出て行ってくれないか?」
「あら、私は殿下から預かったディちゃんの保護者なの。野獣のようなあなたと二人きりにはできないわ」
「殿下からってどういうこと?」
「お部屋をぐしゃぐしゃにされたのでしょう。学園寮であなたの部屋が整うまで私があなたをお預かりすることになったの」
「マリ様が殿下とそれほどに近しい間柄とは知りませんでした」
「近くないよ。いつものあれだ。殿下の気まぐれ」
「今日まで出会えなかった不幸を呪いたいですよって、殿下は仰ってくださいましたわよ」
「出会えた不幸を呪いたいだろう。今夜は歓迎会だから生徒達は浮ついているだろうからって、どうして学園に潜入なんて馬鹿なことしてくるかな。見つかったら、姉さんだけじゃなく、義兄さんまで笑いものになるんだよ」
「だって、噂になってるディちゃんとあなたを見たかったんだもの」
「見たかったで、馬鹿なことは二度としないでくれ。ハア。……死ぬほど恥ずかしいよ。姉がこんなで。なんで二十三歳の女が学園の制服着てんだよ」
「五月蠅いわね。学園に潜入なんだから制服着てて当たり前でしょう。殿下は似合いますねって褒めてくれたわよ」
「レイは人気商売なんだから、いくらでも嘘八百吐けるんだよ。ディよりも違和感ばかりな、犯罪臭までしそうな恰好の女でも、似合いますねって言えるんだ」
「私は犯罪臭するぐらいみっともないのか」
「お前は違うって!!女装に見えないから俺が困っているんだろう!!」
ジェットは憤りを放出するように私に大声を上げた。
すぐに、顔をクシャッと歪めたが。
まるで、言うべきことでは無かったと、己の失態を悔しがるように。
だが、私の胸はなんだかくすぐったく感じた。
「そうか。お前は私の制服姿に困っていたんだ」
「そうだよ。ちくしょう。頼むから今後は俺の顔を覗き込むように、とか、上目づかいでとか、凶悪な素振りは控えてくれ。お前はそこいらの女達よりもずっと可愛いから困るんだよ」
「可愛いんだ」
何を嬉しがっているのかな、私は。
そうだ、何の話合いをしていたんだっけ?
「ああ、可愛らしい甘酸っぱさ」
私とジェットはマリの呟きで、パッと正気に戻った。
殿下の前で情報交換する時の顔付きに、二人同時にて戻る。
「あら、つまらない。これなのね、殿下のお気持ちは。二人の素の顔を覗きたいって気持ちはわかるわ」
「素の顔? 殿下が一体?」
「俺とお前が女子寮の中庭でグダグダやっていたのを、レイと馬鹿姉が仲良く盗み見していたってことだ。――レイこそ何をやってんだか」
私は両手で顔を覆った。
恥ずかしい。恥ずかしさで死ねる。必死の思いで叫んだあの場面を、殿下に見られていたということか。
あああ――今までのできるアサシンっぽい私イメージ、終わった。
「レイ様って凄い笑い上戸なのね」
「どうして君は自分の姉をちゃんと監督していないんだ!!」