入学式から台無しにしてくれた男
私の名前はディ。
平民のため家名は無い。ついでに生まれてすぐに捨てられた孤児院育ちの孤児のため、私は親の顔だって知らない。
けれど私は自分の身の上を嘆いた事など無い。
家族がいることで家の借金や貧困のために身売りされる心配など無いし、孤児で教会育ちだからこそ教会で行う魔力検査なんてものも受けられたのだ。
常識として、魔法を発現できるほどの魔力を持つ平民はほとんどいない。
なので、魔力が無いと分かっている下級平民が、わざわざ高い鑑定料を教会に払ってまで子供の魔力検査をすることなど無いのだ。
だから検査して貰えて魔法適性があると発見して貰えた私は、孤児である自分の身の上が幸運だったとしか思えない。
「レイ様よ。レイ様と同期生になれたなんて!!」
「なんて麗しいお顔立ち。ねえ、どうしてアンセムなんて名乗られたのかしら。二学年上の王女様はバルウィンだったわよね」
私の横で少女達が囁き合う。
私はさらに自分が幸せだと噛みしめながら、さらにさらに壇上へと目を凝らす。
今日は王立高等技術学園の入学式であり、バルウィン王国の王太子であられるレイ・ソーン・ウィリアム殿下が新入生代表として壇上に立たれているのだ。
レイ王子は生まれた時から天使と名高い。
太陽のように輝く金色の髪に、澄み切った空よりも青い煌く瞳をお持ちのお方。
なんて神々しいばかりの美貌の少年だろう。
私は彼女達がうっとりと眺めている壇上のその方を、誇らしさを持って尊敬の視線で見つめる。それから隣で囁き合う少女達に、彼女達が今後貴族女性達に上げ足を取られることの無いようにと、少女達の無知を補う台詞を呟いた。
「アンセ、ウ、ム様です。王太子直轄領のアンセウム。王太子だけが名乗れるアンセウムなのです」
私の隣の二人は真っ赤になって口元を抑える。
自分達のひそひそ話が私に漏れていた事を恥じたわけではなく、ちょうど見計らったようにして、レイ様が私達が座る講堂の隅にも視線を動かして微笑まれたからだ。思わず歓声を上げそうになったのよね、わかる。
私こそ殿下の微笑みに有頂天となったのだもの。
だって、私はこれまで御庭番としてしか参加できなかった。
このような席で私が目に出来る殿下の姿は、いつだってお顔など見えない位置からばかりだったのだから。
私は素晴らしき殿下の微笑みで高鳴る胸を押さえながら、孤児で良かった、と自分を捨ててくれた顔も知らない両親へと何度目かによる感謝を捧げた。
私は王家直属の隠密、それも王太子専属の影である。
これもみな、孤児だったからこその恩恵だ。
孤児だったからこそ御庭番に招き入れられ、そしてそこで鍛えられることで平民どころか貴族にさえ出現しないスキルの出現と王太子専属への抜擢だ。
私は人生の神に愛されている!!
「――君達とこれからともに学び、ともに未来へと成長していける機会を与えられた事には感謝ばかりです。今日この日から、私達は一緒に楽しみましょう」
殿下の言葉に、私は大きく頷いていた。
たぶん、私だけじゃなく講堂内の生徒達、いいえ、講師陣も来賓のお偉いさんだって、殿下の言葉に大きく頷いていたはず。
その次には講堂が割れんばかりの拍手の嵐。
私だって手が痛くなるぐらいに手を打ち鳴らしている!!
ああ、なんていうカリスマ、我が王子様!!
私は殿下の為に命を賭しても、与えられた職務を達成しようと心に誓った。
一般奨学生として学園に潜み、学生達の噂を収集し裏付けもし、お妃候補となるだろう女性達の人物評価をするという重大なる職務だ。
そのためには、私は絶対に目立ってはいけない。
さあ、殿下が裏に出られ、式典が終わりとなったならば、明日からの学び舎となる教室へと向かう生徒達の波に埋没しなければ。
まず、今後の隠れ蓑と情報収集のために、「噂話をし合える同性で平民のご学友」を作らねば。
「ディ!!お前は何をしているんだ!!」
私は聞き慣れた声に上を見上げる。
軍服を模した紺色の制服が良く似合う、長身で筋肉質の男が私を見下ろしていた。
左の二の腕に生徒会の腕章を嵌めている彼は、殿下と私の一つ上で、殿下の幼馴染で親友でもあるジェット・オブシディアである。
数分前まで殿下に見惚れていた少女達は、この新たに出現した上級生の存在に息を飲んだ。
そうだろう。
長身で体格も良く存在感はグリズリーだが、ジェットは無駄に恰好良いのだ。
青みがかった銀灰色の髪は、彼が騎士科である証拠のように短く刈られている。
前髪は後ろに撫でつけられているので、形の良い額も支配者的な真っ直ぐな鼻梁も露わになって、彼の類まれなる美貌をさらに際立たせる。
さらにジェットは身分もある。
オブシディア伯爵家の跡継ぎだ。
彼の理知的に輝く黒い瞳が、黒曜石という家名の由来であると主張しているじゃないか。
…………本当に理知的だったら私に声掛けなんかするわけ無いけどな。
私が殿下付の隠密であれば、彼が私を知らないわけは無い。
が、いくら昔なじみの知り合いだろうが、隠密行動中の私に知人として声をかけてくるとは何事か。
お前はこの貴族ばかりの学園でも華々しい立場の人間だろう。なぜに平民奨学生ばかりの席の人間に声をかけた?
「あの、先輩?」
お人違いを演じていると脳筋にもわかるようにと、私はおどおどと振舞う。
ジョットはすぐにはっとした顔付になり。
「え」
私の手首を掴んで、え? 私を講堂の外へと連れ出し始めた。
「え、ちょっと」
「黙れ。いいから来い!!」
目立っちゃ駄目なのに!!
なぜに、学園で「蒼炎の騎士」と呼ばれて学園どころか社交界でも人気者となっている男に、全新入生の視線のある中で連れ去られねばならないのか?