第六音《震音:揺らぐ五線、心の断絶》
◇アバンタイトル:《音が、揃わない》
五人での初めての演奏は、思っていたよりもうまくいかなかった。
音は出ている。合わせているつもりだった。でも、どこかがずれていた。
火ノ宮天音の太鼓が走り気味になり、式部理央のベースがそれに抗うようにテンポを引き戻す。
詠は歌に集中できず、琴羽は音量を落としすぎて鍵盤が埋もれていた。
そして澪は……黙ったまま、ギターを弾いていた。
「……やり直そう」
詠の声は、どこか乾いていた。誰も反論しない。ただ、誰も動かなかった。
◇Scene 1:《火花と沈黙》
練習後、旧演奏棟の裏手。
天音は一人で太鼓の手入れをしていた。その隣に、無言で理央が立つ。
「……もっと周りを見ろって言いたいんだろ?」天音が先に口を開く。
「そんなことは言わないわ。ただ、音が揃っていない。それだけ」理央の声は冷たい。
天音は顔をしかめた。「じゃあ言えよ、合わせろって」
「言ったら、合わせてくれるの?」
沈黙。
風が吹き抜ける。その音だけが二人を包んでいた。
◇Scene 2:《テンポを喰らうもの》
その日の放課後。校舎裏の広場に、黒い霧が立ち込める。
「ノイズ……!?」琴羽の声が震える。
出現したのは《テンポスナッパー》──BPMを狂わせる一般社員級のノイズ。
拍子木を鳴らすたび、空間のテンポ表示が狂い、演奏が乱れる。
詠のギターが拍から外れ、音波エフェクトが空振りする。
理央のベースがテンポを保とうとするも、空間自体がズレていく錯覚に包まれる。
「叩いてるのに追いつけない……」天音が歯を食いしばる。
澪がギターを構えたまま、ふっと音を止める。
そして、無言のまま踵を返し、校舎の上へと歩き出した。
◇Scene 3:《足並みなんて揃わなくていい》
夕暮れの屋上。
澪は静かに風を受けながら、目を閉じて音を“聴いて”いた。
空間に残る残響、テンポの乱れ、その振動──脳裏に数値が浮かぶ。
『8拍目でズレが始まってる……そこを制御できれば』
ギターをそっと鳴らす。空中で指先がなぞるように音を重ねていく。
それは、澪にしかできない“テンポ補正”だった。
◇Scene 4:《その音、まだ届くから》
再び集まった四人の前に、澪が戻ってくる。
「もう一度、合わせてみて」その言葉は静かだったが、どこか確信に満ちていた。
澪がギターを弾く。一定のテンポで空間に振動を与える。
そこに天音が、理央が、琴羽が寄り添うように音を重ねていく。
詠は、その中心で一歩前に出た。
「……わたし、歌ってもいいかな?」
祝具が展開され、彼女の声が空間に響く。
♬ 挿入歌『not alone, not yet』/歌:花咲 詠
【Aメロ】
まだうまく 重ならない
わたしたちの音は バラバラで
間違えて 傷ついて
それでも、止まりたくない
【Bメロ】
本当は怖くて 叫びたいのに
「大丈夫」って笑うクセがついた
でも――聞こえたんだ
あの子たちの音が
【サビ】
not alone, not yet
ひとりじゃ届かない旋律も
信じるだけで 少しだけ近づける
もう一度 声を重ねてみるよ
まだ未完成なこのバンドで
未来を鳴らしたいんだ
◇ラスト:《祝音:仮の五線譜》
ノイズが崩れ落ちる。
音が静かに収束し、空間に残ったのは彼女たちの息遣いと鼓動だけだった。
「……今の、少しだけ、重なった気がする」琴羽の声が風に乗る。
「不完全だったけど、それでも……」詠が微笑む。
「……もう一度、やってみよう」理央が静かに言った。
「今度こそ、ちゃんと合わせてみたい」天音も頷く。
「……音は、まだ続いてる」澪の目がどこか遠くを見ていた。
彼女たちの五線譜は、まだ仮のまま。けれど、それは確かに“音楽”だった。