【第四音《雷陣の調》】
三人での初合同練習が始まり、バンドらしい“形”が少しずつできてきた。
詠はギターのリズムに合わせて声を乗せ、澪はブレずに旋律を重ね、琴羽は風のような和音で全体を支えてくれる。
まだ拙い。でも、音は確かに重なり始めている。
──でも。
(まだ……足りない)
帰り道、詠はスケートボードを押して歩いていた。
夜の空気は少しひんやりしていて、音がよく通る。
(この音じゃ、届かない。きっと……もっと、強い“何か”が必要なんだ)
そんなことを考えていたときだった。
「……ドン、ドン……」
遠くから、空気を突き破るような音が届いた。
それは、雷鳴に似た打音。
でも、確かに“音楽”の気配を帯びていた。
「……太鼓……?」
詠の胸が、高鳴る。
その音は、呼ばれているようだった。
(この音……たぶん、“次の仲間”だ)
ミヨリがふわりと肩に舞い降りた。
「ふぉっふぉ……雷の鼓動、ついに目覚めたかのう」
詠は音のした方角を見つめながら、そっとつぶやいた。
「……会いに行かなきゃ。雷の音に」
次なる“音”が、確かに目を覚まそうとしていた。
* * *
【同時刻 旧演奏棟・地下】
闇の中、ただひとり、火ノ宮 天音は太鼓の前に立っていた。
古びた木床に両足をしっかりと据え、目を閉じたまま、静かに呼吸を整える。
「……ドン」
一打。低く、重い音が空気を振るわせた。
「ドン、ドン……ッ」
間を詰めて打ち込むと、床や壁がわずかに震えた。
それは、彼女にとって“言葉”の代わり。
誰にも気づかれない場所で、ただ黙々と音を刻む。
(これが……わたしの声)
空間の奥――歪んだ影が蠢いた。
虚音の気配。
天音は構えを変え、無言のまま打ち込む。
太鼓が吠える。雷鳴のような音が反響し、虚音の影を吹き飛ばす。
(誰にも……渡さない)
その目に宿るのは、静かな覚悟だった。
* * *
【Scene.1 轟音、響く道】
翌朝、詠は教室の窓から外を見つめていた。
(あの音……気のせいじゃないよね)
登校中にも、ほんの一瞬だが同じような音が風に混じって聞こえた。
どこか遠くで、まだ鳴っている気がする。
「ねえミヨリ、昨日の“雷みたいな音”って、やっぱり──」
「ふぉっふぉ。感じておるな、詠よ。あれは“雷陣”の胎動ぞ」
ミヨリがくるくると空中で一回転しながら、どこか誇らしげに言った。
「お主らの音が三つに重なり、風の輪が整ったからこそ……四つ目の音が響いたのじゃ」
「つまり、次の仲間が……」
「おるとも。そして、雷は“嵐を呼ぶ音”。近づけば、何かが起きるぞい」
「……行ってみる」
放課後、詠は澪と琴羽を誘い、音の気配のする方角――旧演奏棟へと向かう決意を固めた。
まだ見ぬ“雷”の少女が、そこにいる気がしてならなかった。
* * *
【Scene.2 旧演奏棟の影】
夕暮れどき、詠・澪・琴羽の三人は、神響女学院の敷地外れにある「旧演奏棟」へと足を踏み入れていた。
廃棄された講堂、割れたガラス窓、ほこりを被った譜面台。
「ここ……まだ使われてるのかな?」
琴羽が小さくつぶやく。
「わからない。でも……音は、確かにこの中にある」
詠は迷いなく歩を進める。
静まり返る空間に、ただ三人の足音だけが響く。
ミヨリが警戒するようにくるくると宙を舞いながら言った。
「気をつけるのじゃ、音が歪んでおる。何かが潜んでおるぞい……」
そのときだった。
――ギィ……
ひとりでに開いた扉の奥から、耳を裂くような不協和音。
直後、空間が震え、黒い霧のようなものが舞い上がる。
「来るッ!」
澪が叫ぶよりも早く、空間の中に“何か”が現れた。
膨張する虚音の塊。まるで楽器の残骸が意志を持ったかのようにのたうち回る。
「構えて!」
詠はギターを構え、琴羽と澪もすぐに演奏態勢を取る。
戦闘開始──
しかし三人の音はまだ粗く、連携も不十分。虚音はすぐに形を変え、迫ってくる。
(このままじゃ、押しきれない……!)
その瞬間――
「……ドン」
深く、重く、空間を切り裂くような太鼓の一撃が、虚音の中心に炸裂した。
バンッ!
虚音がたじろぎ、霧が後退する。
廃墟の奥から、無言のまま歩み出てきたのは――
高い位置で髪を束ね、巨大な太鼓を背負った少女。
その目は鋭く、迷いはなかった。
火ノ宮 天音。
雷の音をその身に宿す、四人目の祝音少女である。