.【閑話】3.5音 スリーピース・セッション
神響女学院・中等部棟の音楽室。
放課後の静けさに包まれたその空間で、三人の少女が音を鳴らそうとしていた。
詠はギターを肩に掛けながら、少しだけ不安げに眉を寄せる。
「ギターはね、慣れてるんだけど……歌うってなると、どうしてもリズムがずれちゃって」
琴羽がそっと微笑む。
「うんうん、わかります。声を出しながら手も動かすって、最初は大変で……」
澪が静かに口を開く。
「詠のテンポ、少し走ってる。コードはそのままでいい。私と琴羽で支えるから」
「……ありがとう、ふたりとも」
詠は息を整えると、ギターのストラップを握り直し、立ち位置に着いた。
「じゃあ、いこうか。“祝音のはじまり”、キーAで」
* * *
一音目、澪が刻む静かなリズム。
それに続いて、琴羽の鍵盤がそっと重なる。
詠がギターを鳴らし、旋律が広がる。
そして、詠の歌声が――少し震えながらも、音に乗って響いた。
──けれど、途中でテンポが崩れる。
「……うっ、また走った……」
ギターの手が止まり、歌声が消える。
琴羽がやさしく声をかけた。
「詠ちゃん、大丈夫。今の、すごく気持ちこもってたよ」
澪も、短く添える。
「言葉に気持ちが寄ってた。でも、それは“音楽”」
詠は恥ずかしそうに頷いた。
「もう一回、いいかな……今度はふたりの音を、ちゃんと聞く」
* * *
二回目のセッション。
今度は、詠が“音を聴く”ように歌い始めた。
澪のリズムが導き、琴羽のコードが支える。
詠の声が旋律に馴染み、三人の音が、ひとつの楽章を奏でた。
ラストコード。
音が空気に溶け、残響だけが音楽室に残る。
「……いけた?」
「うん……いけたと思う」
詠がぽつりと言う。
「なんか、“うまくいった”っていうより……気持ちが通じた、って感じ」
澪がうなずく。
「合図もなしで、音が重なる。それが……“音の契”」
琴羽が微笑む。
「三人の音、ちゃんと響いてたよ」
そのとき、窓辺からミヨリがひょっこり顔を出した。
「三音で奏でる序章、まずは合格! さあ、次なる音へ備えるがよいぞ!」
夕暮れの光が差し込む音楽室。
三人の少女たちは、ひとつの“セッション”を経て、確かに絆を深めていた。
演奏が終わったあと、ミヨリはぽふっとピアノの上に着地して、三人を見渡すように羽を広げた。
「いや〜、見事見事! 三音揃い踏みで、ちゃんと“調べ”になっとるわい!」
「ありがとう、ミヨリ。どうだった……? ちゃんと“祝音”になってた?」
詠が不安げに聞くと、ミヨリは小さくうなずいた。
「うむうむ、今のは立派な“契りの小節”じゃ。まだ未完成ながらも、心が重なっておった。 このまま行けば、次の“音”ともきっと……繋がるぞい」
「次の音……もう聞こえてるの?」
「ふっふっふ、それは“感じる”ものじゃよ。耳じゃなく、胸でな!」
琴羽がそっと微笑む。
「なんだか、不思議な感じですね……でも、あたたかいです」
澪は短く、「……うるさくないなら、いていい」とつぶやき、
詠は「うん、私も。なんか、こういうの……好きかも」と照れながら笑った。
ミヨリが翼をぱたぱたさせながら、誇らしげに「居候一号、認定されたかの!」と叫ぶ。
* * *
その帰り道。
詠たちが並んで歩いていたとき、どこか遠くから――
「……ドン、ドンッ……」
夕暮れの空気を震わせるような、重く、力強い打音が聞こえてきた。
「……今の音……?」
三人は足を止め、同時に空を見上げる。
胸の奥に、また“何か”が共鳴した気がした。
新たな音の予感が、静かに幕を開けようとしていた。
* * *
その帰り道。
詠たちが並んで歩いていたとき、どこか遠くから――
「……ドン、ドンッ……」
夕暮れの空気を震わせるような、重く、力強い打音が聞こえてきた。
「……今の音……?」
三人は足を止め、同時に空を見上げる。
胸の奥に、また“何か”が共鳴した気がした。
新たな音の予感が、静かに幕を開けようとしていた。