第三音 風桜の調
風に乗る、まだ見ぬ旋律。
“祝音少女”として覚醒した詠と澪。だが、物語はまだ始まったばかり。
「音でつながる」――それは、想いを重ねること。
春風のなか、学園に響く“やさしい鍵盤の音”に導かれ、詠はまた一人の少女に出会う。
彼女の名は、千歳 琴羽。
音に臆病だった少女が、心の底から奏でた“守るための旋律”とは――
祝音少女《五色ノ契》、三音目の調べ。
どうぞ、お聴きください。
澪ちゃんとの出会いと共鳴、あの“音の契”から、ほんの少し日が経った。
まだぎこちないけど、確かに――仲間になれた。
――わたし、祝音少女に選ばれちゃったんだ……!
まだよく分からないけど、“祝音少女は五人いる”って、ミヨリが言ってた。 澪ちゃんが仲間になって、残るはあと三人。 だったら探さなきゃ。会いたい。もっと、この音を誰かと一緒に鳴らしたい。
……そんな気持ちが、胸の奥にぽっ、と灯ってた。
春の朝。
詠はいつものようにスケートで学園の坂を駆けのぼる。
風を切りながら、どこか遠くに微かに響く“音の気配”を探していた。
「今日も……この学園のどこかに、仲間がいる気がする」
そのとき、校門前を通り過ぎる軽やかな旋律。
それはほんのわずか、けれど確かに風に乗って、耳に触れた――
+ 軽やかで、風をまとうような鍵盤の音色だった。
(……今の、なんだろう?)
音を追うように、詠はリズムを刻むように滑走を続ける。
まだ知らない“音の仲間”へ――新たな出会いが、また始まろうとしていた。
【Scene.1 春風のすれ違い】
春の朝。
詠は、スケートで神響女学院の坂道を駆けあがっていた。
スカートの裾を風が巻き上げ、髪がふわりと揺れる。季節の光と音がまぶしいほどに溢れている。
けれど――耳に届いたのは、違う“音”だった。
風にまぎれた、やわらかな旋律。
鍵盤からこぼれ落ちたような、淡く、やさしい響き。
「……また、聞こえた」
詠は滑走のスピードを落とし、音の気配を探るように校舎の方へ目を向けた。
そのとき、中等部校舎の渡り廊下。
窓辺に立つ少女の姿が、一瞬だけ目に入る。
風にゆれる髪と、ほんのわずか見えた桃色のリボン。
やわらかな雰囲気をまといながらも、少女はこちらに気づくことなく、すぐに姿を消した。
「……今の子、どこかで……」
旋律の残響だけが、詠の胸に残った。
* * *
「うちの姉ちゃんさ、昨日、中等部の裏庭でなんか演奏してたらしいのよ」
休み時間、詠のクラス。
隣の席の女子が、何気ない口調で話している。
「誰もいないって思って弾いてたら、急に風が吹いて木の葉が舞ったとか。まじ謎じゃない?」
「それって、風系の祝術とか……?」
詠の耳がぴくりと動いた。
演奏。風。裏庭。
それはまさに、今朝の旋律と重なる情報だった。
(やっぱり……あの音の子、だよね)
胸元の祝華のストラップに、そっと手を添える。
(今日こそ、ちゃんと会えるかもしれない)
* * *
昼休み。
ミヨリが廊下の光の中から、ふいに姿を現した。
「風の鍵盤、感じたか?」
「うん。……音が、呼んでた」
「ならば、行くがよい。音は待たぬ。おぬしが動けば、それが“合奏”の始まりとなろう」
ミヨリはそう言い残すと、再び光に溶けるように消えた。
詠は思う。
“音の仲間”は、確かにこの学園の中にいる。
その出会いは、もうすぐそこまで――
【Scene.2 風に舞う旋律】
昼下がりの中庭――
高等部と中等部の校舎のあいだにある、ちょっとした裏の空間。
古びたベンチと低い木立、風に揺れる花壇があるだけの、静かな場所。
詠はスケートを抱えてそっと足を踏み入れた。
「……音が、ここから聞こえたんだよね」
小さな鍵盤の音が、耳ではなく胸の奥で響いていた記憶。
その余韻に導かれるように歩を進めると――
花壇の影に、小さな人影が見えた。
中等部の制服を着た少女。
栗色の長い髪をゆるくまとめ、地面に置かれた簡易型の鍵盤に指を添えている。
音は、まだ鳴っていない。
けれど、そこには“音の気配”があった。
少女は詠に気づいていない。
ただ、自分の世界の中で音を探しているようだった。
(あの子……)
詠は声をかけようと、一歩踏み出した。
その瞬間、木立の奥から何かが現れた。
黒い影。
空気のひずみのような歪んだ姿――“虚音”が這い出してくる。
「ッ……!」
詠は即座に身構える。祝華のストラップが微かに震え、音の結界を張り始める。
が――
次の瞬間、風が吹いた。
少女の指が鍵盤を叩く。
ふわり、と風が巻き起こり、虚音の動きが止まった。
演奏というにはあまりに短く、かすかな旋律。
けれどその一音には、確かな“拒絶”と“守り”の力が宿っていた。
(音で、拒んだ……?)
虚音が軌道を変え、詠の方へ向かってくる。
「――祝装、展開!」
詠の声と共に、ギター型の祝具が現れる。
二人の少女。
一人は静かに、一人は動的に。
異なる音が交わるそのとき、風と火花が舞い――虚音は霧散した。
* * *
静寂の中、少女が鍵盤から手を離し、詠を見つめる。
「……ごめん、助けるつもりじゃなくて……でも、音が動いたから」
「ううん、ありがとう。わたし、花咲 詠。あなたは……?」
少女は小さく首を横に振った。
その仕草は、どこか照れくさそうで、それでも嬉しそうだった。
「……名前は、まだいいの」
それだけを残して、少女はそっとその場を後にする。
詠は、確信した。
(あの子が、きっと――)
まだ言葉も名前も交わしていない。
でも、“音”が、もう心を交わしていた。
【Scene.3 共鳴、風に咲く】
放課後の神響女学院、旧講堂裏の中庭。
風に桜の花びらが舞うその場所に、詠と澪が立っていた。
「ここだよ。今朝、音が聞こえた場所」
詠の言葉に、澪は無言でうなずく。
そのとき、風が不穏にうねり、空気が軋む。
木々の間から、黒く歪んだ虚音が現れた――中型の、風を纏った個体だ。
「……来るよ」
詠がギター型祝具を展開。音が紅に弾ける。
「風が荒れるなら、私の音で押し返す! ミドルAから――フルコードッ!!」
彼女の手が弦を叩くと、火花のような音波が中庭を走る。
その余韻に乗せるように、澪もギターを構えた。
「主旋律は……わたしが制御する」
藍の音が空間を縫い、虚音の動きを制限する。しかし、それだけでは止めきれない。
虚音は旋回し、別の方向へ滑る――そこには、少女がひとり。
中等部の制服。桜の髪飾り。
簡易型の鍵盤を膝に抱え、怯えた目で立ち尽くしていた。
詠が叫ぶ。「逃げて!」
けれど、少女は震えながらも動かない。
胸元の祝華が淡く光り、彼女の指が、そっと鍵盤に触れた。
「……守りたい」
ひとつ、音が響く。
柔らかく、でも芯のある風の音。
その一音で、虚音が一瞬停止した。
詠がその隙を見逃さない。
「澪、合わせるよ!」
「了解」
詠の炎が前を照らし、澪の旋律が虚音を断ち切る。
そして――少女の鍵盤が光に包まれ、旋律が拡張する。
「……私の音、届いて……!」
風が巻き、桜の花びらが舞う。
三人の音が、重なった。
コード、旋律、和音。
ひとつの楽章が、即興で生まれる。
ミヨリの声が空から響く。
「三つ目の音、共鳴せしは《風桜》の調!」
風の虚音は、花吹雪のなかで溶けるように消えていった。
* * *
静けさの中、少女が近づいてくる。
「すごい音だった……あの風、あたたかくて、でもすっごく強かった!」
少女は胸元を押さえて、微笑む。
「……私、音が怖かった。でも、あなたたちの音が……守ってくれたから」
澪が静かに言う。
「あなたの音……覚悟の音だった。名乗って」
「……千歳琴羽。中等部三年生。
この音で、誰かを守れるなら……わたしも、一緒に奏でたいです」
詠が目を丸くする。
「えっ、中等部……三年生!? てことは、わたしより、澪ちゃんよりも……」
琴羽が微笑んでうなずいた。
「ふふ、見えないってよく言われます。でも、年は関係ありませんよね?」
澪も、小さくうなずく。
「年じゃない。音が……つながった」
ミヨリが枝の上で手を叩く。
「風の旋律、桜に舞いて――三音、ここに結ばれたり! 次なる音も、すぐそこぞよ!」
夕風が三人の髪を揺らす。
その風の中で、祝音少女たちの合奏が、確かに始まっていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
今回は三人目の祝音少女・千歳 琴羽の覚醒回でした!
内気でおっとりした彼女ですが、「守りたい」という気持ちが、ちゃんと音になって伝わる展開になったと思います。
琴羽の祝装ビジュアルはこちら!
→ [祝装・風桜の調(https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/979367/)]
優しい音と風のような和音で、詠や澪とはまた違った“彩り”を加えてくれます。
パステルピンクの鍵盤&タンバリンという組み合わせも、今後の重奏シーンで映えるはず♪
そして今回も、**ミヨリ(祝音少女のマスコット<淫獣>)**が空からおいしいセリフをさらっていきました。
ノジャ口調とふわふわビジュアルのギャップ担当、今後も活躍しますぞよ!
次回は、雷鳴のようなリズムを打ち鳴らす“第四の音”が登場予定。
祝音少女の輪が少しずつ整っていく様子を、どうか最後まで見届けてください。
コメント・感想・ブクマ・評価、全部ありがたいです!
なるべくお返事しますので、気軽に音を響かせてくださいね♪