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第12音《束音:連勝と、綻び》

◇アバン《勝者の朝》(M1)


ノイズ本部、会議室。


沈黙が、重く垂れていた。


「……また、課長が落とされた」


幹部の一人が、低く呟く。


モニターには昨日の戦闘記録が映っている。五人の祝音少女が、ディストノームの反転律場を正面から突き破った映像。


「主任、係長、課長と……三連敗です」


「あの五人、強くなっている。特に、昨日の紫月澪の覚醒は――」


「わかってる」


それまで黙っていた影が、口を開いた。


長い黒髪。9弦のギターを壁に立てかけ、腕を組んで座っている。


カナミ「強くなってる。それは本当」


「でも」


カナミの瞳が、細くなる。


「強くなった、と自覚した瞬間が――一番、脆い」


誰も反論しなかった。


Scene 1《水律祭・前日準備》


翌朝。神響女学院は、水律祭の準備で浮き立っていた。


南プールに向かう廊下を、詠が小走りで進む。その顔には、隠しきれない興奮が浮かんでいた。


「ねえねえ、聞いて! 水上ライブの曲順、私が考えてきたんだけど」


詠が紙を広げる。びっしりと書き込まれたセットリスト案。


「一曲目はキャッチーなやつで掴んで、二曲目で澪のギターソロ入れて、三曲目でサビ頭から入る構成にしたら完璧じゃない?」


澪が紙をちらりと見る。


「……一曲目と二曲目、キーが離れすぎてる。転換が難しい」


「え、でも流れとしては自然じゃない?」


「流れより演奏性の問題。現場で焦る」


「じゃあ順番変えれば――」


「根本的に選曲を見直した方がいい」


詠の眉が、わずかにひそめられる。


「……澪、最近ちょっと言い方きつくない?」


「きつくない。正しいことを言ってる」


「正しくても、言い方ってあるじゃん」


澪が、少し黙る。


「……ごめん。でも、意見は変わらない」


詠が息を吐いて、紙を折り畳む。


「わかった。考え直す」


二人の間に、薄い空気が流れた。


それを横目に見ていた琴羽が、小さく眉を下げる。


Scene 2《水律祭・競技種目》


昼休み。五人が競技説明を聞くために集まった。


担当教師「今年の水律祭、種目は三つ。水上ライブ、混合スイムリレー、そして――浮島シンクロ競技です」


浮島シンクロ競技。水面に浮かぶ島型のボードの上で、複数人が演奏しながらバランスを保つ競技。落ちたら失格。最後まで演奏を続けたチームが勝ち。


天音「面白そうじゃないか」


理央「……バランス感覚と演奏の両立。どちらか一方に集中すれば、もう一方が崩れる」


詠「五人でやろうよ!」


澪「……私は水泳が得意じゃない」


詠「泳がないよ、落ちなければいいだけ」


澪「……落ちないとは限らない」


詠「落ちないようにすればいい話じゃん」


「詠」


理央が静かに割って入る。


「澪の懸念は合理的です。浮島の面積は制限されている。五人全員が乗れば、動きの自由度が下がる」


「じゃあ理央はどうしたいの」


「三人でエントリーして、残り二人は水上ライブに集中する。役割を分担した方が、全体の完成度が上がる」


詠「……でも、五人で出た方が楽しくない?」


「楽しさと結果は別の話です」


詠が、少し唇を結ぶ。


天音「……まあ、理央の言う通りかもな」


「天音まで」


天音「合理的だと思っただけだ。詠の気持ちもわかるけど」


詠「……」


詠は黙った。


その沈黙が、どこかいつもと違った。反論ではなく、引いた沈黙だった。


琴羽がそっと詠の袖を引く。


琴羽「……詠ちゃん、大丈夫?」


「大丈夫だよ」


詠の声は明るかった。でも琴羽には、その明るさが少し、無理をしているように聞こえた。



Scene 3《詠の独白》


放課後。詠は一人、プールサイドに座っていた。


水面が、夕日を反射してゆらゆらと揺れている。


(なんで、あんな言い方したんだろ)


澪に対して言った言葉が、頭の中で繰り返される。


言い方ってあるじゃん。


(でも澪は正しかった。私の曲順案、確かに転換が難しかった)


じゃあなんで、素直に「そうだね」って言えなかったのか。


詠は水面を見つめる。


テンポスナッパー。オルタレーター。ディストノーム。


三連勝してきた。毎回、ギリギリだったけど、毎回乗り越えてきた。


(私、どこかで思ってた)


(私たちは強い、って)


(もっと上に行ける、って)


でも今日、澪に指摘されたとき、理央に諭されたとき、最初に感じたのは「そうだね」じゃなくて「なんで私の言うことを」だった。


(それって)


詠が、水面に視線を落とす。


(ディストノームが言ってた"驕り"って、こういうことか)


足元の水が、静かに揺れた。


Scene 4《澪の独白》


同じ頃。音楽準備室で、澪はギターを弾いていた。


第11音の戦いから、澪の弾き方が変わった。


技術は変わっていない。でも、選ぶ音が変わった。正確さより、届けたい気持ちを先に置くようになった。


それは確かに、前進だった。


でも、今日、詠に言ったあの言葉。


「正しくても、言い方ってあるじゃん」


澪はその言葉を反芻する。


(言い方)


(私は、正しいことを言っていた)


(なのに詠は傷ついた。なぜ)


澪の指が、弦の上で止まる。


音を届けたい、と思って弾けるようになった。でも、それは音楽の話だ。言葉は、まだ、うまくない。


(正しい音を選ぶのと、正しい言葉を選ぶのは)


(同じじゃない)


澪は静かにため息をついた。


(詠に、謝った方がいいかもしれない)


でも、どうやって謝ればいいのか、わからなかった。


言葉が、澪には難しい。


Scene 5《夜・不穏な予感》


夜。


ミヨリが、神響女学院の屋上に一人でいた。


空を見上げて、耳を澄ます。


風が鳴っている。だが、その風の中に――微かな歪みが混じっていた。


ミヨリ「……来る」


小さく呟く。


「大きな"律の断絶"が、近づいておる」


これまでの敵とは違う。主任でも係長でも課長でもない。


もっと、古い音。


もっと、深い傷。


ミヨリ「……おぬしたちが三連勝して、浮き立っている今が」


「一番、危ない」


屋上の空気が、わずかに揺れた。


まるで、誰かが遠くからギターを一弦だけ弾いたような――残響。


ミヨリの尻尾が、ふわりと逆立った。


Scene 6《カナミの観察》


ノイズ本部、カナミの私室。


カナミは9弦ギターを爪弾きながら、念力でモニターを操作していた。


映し出されているのは、神響女学院の映像。


プールサイドで一人座る詠。音楽準備室でギターを止めた澪。廊下で琴羽と小さく話す天音と理央。


「……いいね」


カナミが、静かに笑う。笑い、と呼べるほど温かくはない。口元がわずかに緩んだだけの表情。


「三連勝した子たちの顔じゃない」


「もうもつれ始めてる」


カナミは一つのコードを押さえ、音を出す。


その音は、ほんの一瞬だけ、神響女学院の方向に流れ――そして、消えた。


「ねえ……あなたたちは、本当に"五人でいる"つもり?」


誰にも聞こえない言葉が、夜の空気に溶ける。


「それとも、強くなったつもりで、ばらばらになってる?」


カナミの瞳は、モニターから離れない。


「確かめに行くのは……もう少し後でいい」


「焦らなくていい。音は、熟成するほど深くなる」


9弦の一本が、低く鳴った。


Scene 7《翌朝・詠から澪へ》


翌朝。


詠が、音楽準備室のドアをノックした。


中にいた澪が顔を上げる。


「……おはよう」


「おはよ」


詠が入ってきて、澪の向かいに座る。少し間があった。


「昨日、ごめん」


詠が先に言った。


「言い方ってあるじゃん、って言ったけど……澪の意見は正しかった。私が感情的になってた」


澪「……私も、ごめん」


詠が、少し驚いた顔をする。


「え、澪から謝るの珍しい」


「……言い方を考えなかった。正しいことを言えば伝わると思ってた。でも」


澪が、弦を一本だけ弾く。


「音も、言葉も、届け方がある。昨日、それを忘れてた」


詠が、少し笑う。


「なんか……澪、変わったね」


「……そうかな」


「うん。第11音の後から、ちょっとだけ」


澪は答えなかった。でも、その沈黙は、否定ではなかった。


「じゃあ、セットリスト一緒に考えよ」


「……ああ」


二人が、紙に向かう。


まだ、完全には戻っていない。でも、少しだけ、距離が縮んだ。


その様子を、廊下からこっそり覗いていた琴羽が、ほっと息をついた。


Scene 8《五人の再確認》


昼休み。五人が中庭に集まった。


昨日の種目の話を、もう一度する。


「浮島シンクロ、三人で出る。水上ライブは五人全員で。それでいい?」


理央が確認すると、全員が頷いた。


昨日と同じ結論。でも、今日は詠が最初に頷いた。


天音「詠、なんか昨日と雰囲気違うな」


詠「そう?」


天音「昨日はちょっと、ピリピリしてた」


「……してたね。ごめん」


天音「謝らなくていい。ただ、気になっただけ」


天音がぼりぼりと頭をかく。


「俺たちさ、強くなってきたじゃん。三連勝して。それは本当のことだと思う」


「でも俺、最近ちょっと思うんだけど」


全員が天音を見る。


「強くなった分、なんか……一人で行けると思い始めてないか? 各自が」


静寂。


「第11音の時、俺は"関係ない、リズムは止めない"って思って叩いてた。それは正しかったと思う。でも、あのとき、みんなの音ちゃんと聴いてたかって言うと……」


天音が、少し目を伏せる。


「正直、自分の拍を守ることしか考えてなかった」


理央「……私も、ルートを支えることに集中していた。全体を聴く余裕は、なかった」


琴羽「わたしも……単音を出すのに精一杯で、みんながどう弾いてるか、あまり」


澪「……私は、詠に届けたくて弾いた。でも他の三人の音は」


詠「……私も」


五人が、少しの間、黙った。


「各自が、各自のことをした」


詠がゆっくり言う。


「それで勝てた。でも、それって……本当に"五人で"戦ったって言えるのかな」


風が吹いた。


答えは、すぐには出なかった。


でも、その問いを五人が共有できたことが、今日の一歩だった。


Scene 9《夜・残響》


その夜。


ミヨリが詠の部屋に来た。


「詠よ」


「なに、ミヨリ」


「今日、よく気づいたのぅ」


詠が、枕を抱えながら天井を見る。


「でも、まだちゃんとわかってないと思う。"五人で戦う"って、どういうことか」


ミヨリ「……わかっておらんでいい。今は」


「え?」


ミヨリ「わかろうとしていることが、大事なんじゃ。答えは、もっと大きな試練の中で出てくる」


ミヨリが、窓の外を見る。


「……おぬしたちには、もうすぐ、本当の意味での"断絶"が来る」


「断絶?」


「技術でも理論でも、耳でも意志でも、太刀打ちできない敵が来る」


「その敵は……音を壊すんじゃない」


ミヨリの声が、少しだけ低くなる。


「おぬしたちの"信頼"を、壊しに来る」


詠が、ゆっくりと起き上がる。


「……どんな敵なの」


ミヨリは、しばらく黙っていた。


「……古い音じゃ」


それだけ言って、ミヨリは窓の外の夜空を見上げた。


遠くで、風が鳴っている。


その風の中に――微かに、9弦の残響が混じっていた。


詠には、聴こえなかった。


ミヨリには、聴こえた。


(第13音《集音:五人でしか、鳴らせない》へ続く)

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