第八音《連音:not yours, not yet》
◇アバンタイトル:《交差する余韻、静寂に潜む拍》
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五人の音が揃った――
ほんのわずかな瞬間、それでも確かに「ひとつの音」だった。
南演奏棟の瓦礫に、静けさが戻る。
誰もが呼吸を整える中、澪の指先だけが、ギターの弦をなぞっていた。
「……悪くなかったわね」
理央がぽつりと呟く。
「ちょっとだけ、心がつながった気がした……よね?」
琴羽が微笑む。
「なぁ、これって本番もアリなんじゃねーの?」
天音が空を見上げる。
詠は答えず、ただ空を見つめた。
うまく言葉にできなかったけど――
確かに、胸の奥に火が灯っていた。
その時――
「――おぬしたちーっ! わらわに朗報じゃぞーっ!」
明るい声とともに、扉を蹴破るようにミヨリが飛び込んできた。
両手には、掲示板から引き剥がしてきたと思しきポスター。
「見よ見よっ、“音楽祭”じゃ! なんと“合同演奏枠”があるそうな!」
「……音楽祭?」
詠が首をかしげる。
「学年も学部も関係なし! おぬしたち五人で、音をぶつける機会じゃろ!」
理央がポスターに目を通す。
「“響宴”……合同演奏、自由枠、学内最大のステージ……なるほどね」
「よし、出ようぜ。前の戦いでわかったろ、あたしたち――まだ、いける」
天音が拳を握る。
澪も、無言でうなずく。
「……やってみたい、私たちの“音”を、今度こそちゃんと」
詠の言葉に、五人の目が交差した。
「決まり、じゃね」
琴羽がそっと言う。
だがその瞬間――
……カチ。
誰かが、拍子木を鳴らしたような乾いた音が、どこか遠くから響いた。
音楽室の空気が、一瞬だけ“濁る”。
誰も気づかぬまま、そのリズムは空間に侵食していく。
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◇Scene 1:《響宴へ、五人の挑戦》
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音楽室、放課後。五人が机を囲むように集まっていた。
ミヨリが掲示板で見つけてきた《響宴》のチラシは、今、彼女たちの前に広げられている。
「……で、これがその“音楽祭”? ほんとに出るのか、私たちが?」天音が腕を組み、壁にもたれる。
「合同演奏枠って書いてあるし、出場資格には問題ないはずよ」理央が冷静に告げる。
「うまくいくかわからないけど……今の五人なら、きっと」澪がそっと言葉を添えた。
「でもさ、前みたいに音がズレたら……」詠のつぶやきに、琴羽が優しく微笑む。
「それでも、合わせていくの。ずっと、少しずつ、ね?」
「……うん」
詠がうなずいたその瞬間、机の上のチラシが不意に揺れた。
空気がざわつく。
窓の外――校舎裏の木々が、風もないのに揺れていた。
「また来る……!」澪がギターケースに手を伸ばす。
理央も、ベースを構え直す。
「“音楽祭”の前に、まずはこれを乗り越えなきゃ……だな」詠の瞳に、決意の色が宿る。
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◇Scene 2:《再出現ノイズ:Allegro主任》
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空間がひずむ。
黒い霧が音楽室を包み、現れたのは、以前よりも遥かに濃密なノイズだった。
拍子木の音が一閃――時間が歪む。空間全体のテンポが狂いはじめる。
「ノイズ……!?」琴羽の声が震える。
出現したのは、あの拍ズレノイズ――しかしその姿は、以前の雑魚とはまるで違っていた。
胸に浮かぶ“主任バッジ”、左手には指揮棒と拍子木を兼ねた黒い装具。
──《テンポスナッパー・Allegro》主任。BPM操作を専門とする“中間管理職ノイズ”である。
「これまでのバイト君や派遣ノイズとは、格が違うってこと……教えてあげるよ」
鼻で笑いながら、Allegro主任は一歩を踏み出した。
その背後には、複数のテンポスナッパー一般社員たち、さらに薄く揺れる影のような“派遣バイトノイズ”たちの姿。
団体での襲来。
「新人教育は済んでるからね。せいぜい、いいデータを取らせてもらうよ」
拍子木を打つ。その瞬間、演奏空間の“テンポ表示”が乱れ、全体にズレが走る。
詠のギターが拍から外れ、音波エフェクトが空振りする。
理央のベースがテンポを保とうとするも、空間ごとスライドしていく錯覚に包まれる。
「BPM:+12……+15……+18……。指示通り、急げってさ」
Allegro主任が、無音のリズムを取る。
「業務命令だ。“演奏、崩壊開始”」
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◇Scene 3:《祝装変身:音を纏いし五人》
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「……やるしかないね」
詠がヘッドセットを耳にかけ、ギターを構える。
「奏でるよ――この身に、音の祝福を!」
その言葉とともに、五人の身体が光に包まれた。
桜色の律紋が舞い、詠の髪がふわりと跳ね上がる。右サイドにまとめた癖っ毛が風をはらみ、祝装の装飾が光のリズムと共鳴する。
手にしたギターが音を立て、祝具が起動――赤いエフェクトが彼女の周囲を包み、彼女は一気に高所へジャンプ。
「さあ、目を覚ましてよ――あたしたちの音で!」
続けて、
雷のような太鼓が轟き、天音のポニーテールが炸裂する。
祝装の炎エフェクトが展開され、背に構えた祝具《雷陣》が雷鳴の律動を刻む。
「鼓動、解き放つ。ぶち抜くよ!」
風が舞い、琴羽の鍵盤が空を駆ける。
軽やかな祝装が桃色の風とともに展開し、タンバリンが輝きを放つ。
「みんなに届いて……風のメロディ!」
紫の紋章が浮かび、理央の瞳が鋭く輝く。
重低音のラインと共にベース《律紋の主柱》が唸りを上げ、彼女の静かな怒りを映し出す。
「律はわたしが制する。誰にも触れさせない」
最後に、深藍の光が舞う。
澪の黒髪が空に揺れ、ストレートロングがなびく。
ギターから放たれる軌跡が、空間の歪みを裂くように走る。
「……この音だけが、わたしのすべて」
五人の姿が、一閃の光とともに戦場を彩った。
──祝音少女《五色ノ契》、ここに顕現。
一瞬、静寂が降りた。
その光景を前に、ノイズ陣がざわめいた。
「主任、アレ……完全に“特異音域”です!」
「新人のはずが、こんな高密度……!」
Allegro主任が鼻を鳴らす。
「やれやれ。じゃあ、こちらも“正規シーケンス”で迎えようか」
拍子木を鳴らす。
次の瞬間、派遣バイトノイズたちがうねるように動き出し、周囲を取り囲む。
「五色で整列……派手にやるじゃないの。さぁ、始めようか、“業務対抗演奏バトル”」
雷鳴が走るように、第一波が押し寄せた。
「じゃ、あたしは前線に出る! 太鼓、鳴らすよッ!」
天音が吼え、雷鳴のようなドラムビートが炸裂する。
「右サイド、任されたわ。テンポ制圧はわたしの役目」
理央が低くベースを唸らせ、空間の揺らぎを押し返す。
「みんな、がんばろう! わたし、支えるから!」
琴羽の風が鍵盤から舞い上がり、仲間の動きを加速させる。
「……ノイズ、消す」
澪のギターが鋭く切り裂き、空間の歪みに斬り込んでいく。
「いくよ、みんな……!」
詠のギターが共鳴し、五人の音が交差する。
演奏空間が、戦場へと変貌していく。
(
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◇Scene 4:《五線の戦場、各個戦闘》
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空間を切り裂くように、ノイズの群れが突進してくる。
拍子木のリズムに導かれ、テンポスナッパー一般社員たちが均一のステップで迫る。
「行くよ――“音”を、響かせるの!」
詠の声を皮切りに、戦場が動き出した。
◆詠
コードをかき鳴らすたび、音波が閃光のように前方へ弾け飛ぶ。
スライディングからのスケボーアクションを織り交ぜ、速度と旋律で翻弄する。
「ズレてるのは……そっちのテンポだよっ!」
◆澪
無言のまま、指板を走る指が冷徹にコードを刻む。
澪の周囲だけが異様な静寂に包まれ、ノイズが侵入するたびに音の壁が“弾く”。
「……秩序なき音など、ただの騒音」
◆琴羽
背中から伸びるキーボード型シンセを操り、旋律を重ねる。
支援コードで味方の“テンポ補正”を行いながら、ピンク色の律紋を展開。
「はわっ、でも……止まらないよっ、風みたいに――」
◆天音
二本の撥が雷鳴のように唸り、地を揺らすリズムを打ち出す。
高速連打が敵の陣形を崩し、重低音が空気を振るわせる。
「まとめて吹っ飛べ……“雷陣”ッ!!」
◆理央
一音ごとに重力を感じさせるベースサウンドが波動となって空間を制圧。
敵の動きに合わせてフレーズを変化させ、戦況を“支配”していく。
「貴様たちの“拍”は、すでに我が手の中よ」
──そして、五つの音が一点に重なった瞬間。
空気が震え、敵陣がわずかにひるむ。
「よし、行こう。次のセクションだ――!」
詠が叫ぶ。
五人は、さらなる高みに向けて、一斉に飛び出した。
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◇Scene 5:《名乗り口上&MC》
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五人が戦場の中央に集う。
「ギターボーカル――花咲 詠!」
詠がコードを鳴らし、音の波紋が空間を彩る。
「みんなと、ちゃんと音を繋ぐって決めたんだ――だから、もう迷わない!」
「ギター……紫月 澪」
静かなアルペジオが、深海のような余韻を残す。
「これは、わたしの音。誰にも邪魔させない」
「キーボード&コーラス! 千歳 琴羽っ」
鍵盤から淡い旋律が放たれ、光の蝶のように舞う。
「さぁ……風に乗せて、いっしょに歌おっ♪」
「ドラム、火ノ宮 天音だ」
雷鳴のようなドラムロールが、地を震わせる。
「テンポは、あたしが支配する!」
「ベース――式部 理央」
重く深いベース音が、空間の律を引き締める。
「乱れるなら、整えるまでよ。全ての律動を、わたしの音で律する」
五人が音を響かせ、律紋が舞台のように円を描いて輝く。
「この“響宴”、音を響かせるために――今ここに、音を刻む!!」
五人の音が重なり、舞台中央に律紋の光が走る。
音の軌跡が五線譜のように交差し、空間に五彩の光が放たれる。
「五人そろって――」
「祝音少女《五色ノ契》!!」
その瞬間、空間全体が共鳴するように震えた。
今、ここに“音を刻む者たち”が顕現する――!
「この“響宴”、音を響かせるために――今ここに、音を刻む!!」
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◇Scene 6:《ライブバトル:not yours, not yet》
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五人の名乗りが終わると同時に、音がひとつ、鳴り響いた。
空間が震え、戦場が“ステージ”へと姿を変える。
光の律紋が床一面を走り、花のように咲き誇る。
空中に浮かぶ譜面が旋回し、音の粒が彼女たちを照らす。
詠が一歩、前へ出る。
「響宴の幕開けだよ――」
ギターがコードを刻む。
その音に導かれるように、五人の演奏が始まった。
その後、いったんの静寂の間が空間を包む。
詠がマイクを握りしめる。
「……きいてください。私たちの思い――《not yours, not yet》」
♪ 挿入歌《not yours, not yet》(Vo.花咲 詠+ユニゾン)
【Aメロ】
君の声が聞こえた気がした
でもそれは まだ遠くて
私のリズムは 歪んでて
君に届かない音ばかり
【Bメロ】
合わせたいって言えなくて
怖くて逃げていたんだ
でも 今なら分かる
君も 迷ってたって
【サビ】
not yours, not yet
これはまだ 誰のものでもない
でも 私たちで奏でたい
一人じゃ届かない旋律
交わる瞬間にだけ、始まる奇跡
私たちの音で 未来を震わせたいんだ!
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◇Scene End:《響宴、第一楽章の終止符》
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演奏が終わると同時に、五人の音が空間を貫いた。
律紋が舞台全体に咲き乱れ、最後の残響が空へと吸い込まれていく。
敵陣のノイズたちは、ひとつ、またひとつと崩れ落ちた。
そして――
「う、うわああぁっ!? 何なんだこの同調率はッ!」
テンポスナッパー・Allegro主任が耳を押さえ、膝をつく。
だが、その目にはまだ敗北を認めぬ色が宿っていた。
「……なるほど、貴様らが“例の五人”か。これは……想定以上、だが――」
彼は残響の中に消えるように、ノイズの波とともに撤退する。
空間に残されたのは、沈黙――そして微かな風の音。
五人は、汗をぬぐいながら顔を見合わせた。
「……終わった?」
「終わった……ね、」
詠が笑い、澪が肩をすくめる。
天音がスティックを掲げ、琴羽が「やったぁっ」と小さく跳ねる。
理央は、どこか満足げに空を見上げていた。
だがその背後では――
“別の拍子”が、すでに刻まれ始めていた。
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◇Interlude:《ノイズ陣営:反省会議》
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ノイズ拠点・“破調の間”。
薄暗い会議室のような空間に、スーツ姿の主任ノイズ【テンポスナッパー・Allegro主任】が立ち尽くしている。
「ぶ、部長……私はっ、必ず奴らを──っ!」
その言葉を遮るように、重い空気が満ちる。
部長ノイズ──《カナミ》が無言で睨みつけていた。
その背後には、係長ノイズ《オルタレーター》、課長ノイズ《ディストノーム》の姿も。
「部長の怒りが……っ!」ざわめくバイトノイズたち。
「係長課長。あなた達の教育体制、どうなっているの?」 「……申し訳ありません、次は係長の私自ら──」
カナミは視線すら向けず、冷たく言い放つ。
「“ちゃんと動ける人材”を送って。それが無理なら、課長のあなたが行って。……以上、主任の反省会は終了」
静寂。
だが、次なる戦いの鼓動は、確かに鳴り始めていた。