#6
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僕のフィアンセ殿は、僕が戦死したと思っているはずだ。どんなにか傷付き悲しんでいることだろう。
彼女も夫を亡くしたリシェリアのように、愛するひとの子をその身に宿し不安にさいなまれているのだ。
それを思うといたたまれなかった。すぐにでも飛んで帰って抱きしめたかった。
それでも、リシェリアを放り出して帰ることはできない。誰もひとりではこの悲しみを乗り越えられない。
だが、もうすぐ新しい家族ができる。リシェリアはひとりではなくなる。それまで僕はここにいなくてはならない。
フィアンセならきっと大丈夫。
彼女にはあいつがいる。あいつはフィアンセにとって悪友のような存在だ。
ひとりじゃない。
だから、、きっと大丈夫。
僕とリシェリアは本当の夫婦のように時をすごした。慣れない農作業は大変だったが、コツをつかむと楽しくなってきた。案外、性に合っているのかもしれない。
集落の住人たちは身元のわからない僕を歓迎してくれた。みんな夫と義母を立て続けに亡くしたリシェリアを心配していたのだ。フロウデルが帰って来たようだと喜んでくれた。
「このままずっとここにいればいい。あんたもその方がいいだろう?」
「そうそう。戦争なんぞに行くよか、美人の嫁さんと畑を耕してた方が幸せだって」
村人たちのそんな言葉に、僕は「そうかもしれませんね」とあいまいに答えていた。すると、リシェリアは決まって辛そうな顔をするのだった。
彼女は恐れている。僕が記憶を取り戻すことを。また、ひとりになってしまうことを。
そんな時、僕はリシェリアの肩をそっと抱いた。決してひとりにはしないよと伝えるために。
この地で暮らしはじめて3か月。ついにその日がやって来た。
なんて頼りないのだろう。
やわらかくて、軽くて、両手の中にすっぽり収まってしまう小さな命。少しでも力を入れたらつぶしてしまいそうだ。
顔をくしゃくしゃにして力いっぱい泣く子の身体は熱い。生まれて来たことを、世界中に知らせようとしているような声だった。
この子は生きたいんだ。
こんなにも強く、こんなにも熱く、生きようとしている。
気が付けば、僕は泣いていた。
そして、悟った。
僕はこの子のために生き延びたのだと。
必死に生きようとするこの小さな命を守らなければならない。それができるのは僕だけなんだ。この子を置き去りにどこかへ行くなんでできない。
ポーリーンという名前は僕が付けた。リシェリアに懇願されてのことだった。いずれは本当の家族の元に戻る僕に、一緒に暮らした証を置いていってほしいと。
「かわいらしくて、素敵な名前だわ」
微笑もうとして失敗したリシェリアは、必死に涙をこらえていた。
「血のつながりのない僕だけと、ポーリーンの父親になれるだろうか」
ゆうらりと顔を上げたリシェリアに僕の決意を伝える。
「結婚しよう」
動きを止めた彼女はひゅっと息を吐いて、僕の胸をめちゃくちゃにたたきだした。
「どうしてそんなことを言うの! 記憶が戻れば元いた場所に帰ってしまうのに! ここにはいられないのに!! どうして・・・」
普段はもの静かなリシェリアがあたり構わず泣き叫んだ。
「きらいよ! そんな無責任なことを言うひとなんて、きらい! 大きらい!!」
僕は、彼女を支えると言いながらこんなにも苦しめていたのか。
「どこにも行かないよ。記憶が戻ったとしてもここにいる」
僕の言葉にリシェリアは激しく首を振った。
「何を言っているの! あなたの帰りを待っているひとがいるのに!!」
「わかってる。それでも帰らない。ずっとここにいる」
「・・・うそよ・・・・・・」
途方に暮れた顔をしたリシェリアの前で片膝を着いた。そして、彼女の左手を取りポケットから取り出した物を指にはめていく。小さな石が付いた指輪だ。
「僕の経済力じゃこれが限界だけど、僕の愛に限界がないことは保証するよ」
「・・・いいの? 本当に、、いいの?」
長い沈黙の後、恐るおそる口を開いたリシェリアは僕の目をのぞきこんだ。
「気づいていないのかい? 君はもう、僕にとってなくてはならないひとなんだよ。愛しているんだ。心の底からね。
僕を、君の本当の夫にしてよ」
「きっと後悔するわ」
「しないよ」
「いいえ、するのよ」
「そうだとしても構わないよ。今の自分の気持ちにうそはないのだから」
リシェリアは長い息を吐いてから僕の手を取った。その顔に、もう涙はなかった。