表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

#5

 開発局の軍人たちは全員負傷したが、命を落とした者はいなかった。ヘリに乗せられた負傷者と入れ替わりでやって来た者たちも、新型機の修理がすむ機体と共に帰って行った。


フィヨドルたちもグリーンスターツの積み込みが終わると出港した。事態か収拾するまで付き合ってくれたことには感謝している。


リンジーも、当初の予定より長くフィヨドルと一緒にいられてうれしかったようだ。


だが、これで元通りとはいかない。

リシェリアに、知られてしまったーーー


 久しぶりに訪れた静かな夜。リシェリアに誘われて海のほとりに来ていた。ここ、レコンビーチは僕とハニーが出会った場所だ。


「あの夜も星がきれいだったね」


あふれんばかりの星空を見上げる僕の横で、リシェリアはうつむいたままだ。


「・・・・いつなの?」


顔を上げることなく押し出された声は震えていた。


「記憶が戻ったのは、、いつなの?」


もう、隠し通せない。

彼女は見てしまった。僕が戦闘飛行艇(スカイフィッシュ)操縦(そうじゅう)するところを。



 リシェリアに出会う前の記憶がないとうそをついていた。海で拾われた時に僕が身に付けていたものから、アビュースタ軍のパイロットであることは知られていた。


だが、スカイフィッシュの(あやつ)り方も忘れてしまったから、もう軍には戻れないということにしてあったのだ。


覚悟を決めるしかない。


「最初から」


 リシェリアはゆっくりと顔を上げて僕を見た。


「僕は記憶をなくしてはいないよ」


大きく見開かれたハニーの目から涙があふれ、身体中の力が抜けたように(くず)れ落ちる。


「なんてことを・・・・」


こんなにも激しく泣くリシェリアを見るのははじめてだ。泣かせた張本人である僕には、かける言葉もなぐさめる資格もない。


僕はとなりに腰を下ろして星空をながめていた。

寄せては返す波の音だけが彼女をいやし続けている。


 どのくらいたったのだろう。


リシェリアはまだすすり泣いている。


「冷えてきたね」


ハニーの背中に僕の上着をかけてやる。夫として当然のことだ。別に機嫌をとろうとした訳じゃない。


「どうして。。何も覚えていないなんてうそをついたの」


ハナをすする彼女は、やはり怒っていた。




◇◇◇◇


 あれは2年前のこと。

僕たちはこの場所で出会った。


海に落ちたスカイフィッシュから脱出して丸2日。漂流していた僕は限界だった。


救難信号を受け取ってくれるはずの味方は、恐らく全滅している。救助は来ない。


絶望的な状況でもなんとか意識を保っていられたのは、絶対に生きて帰るという強い意志があったからだ。


どんなことがあっても、愛するフィアンセと彼女のお腹にいる我が子の元に帰らなければならない。


だが、疲弊(ひへい)しきった僕はもうろうとし始めていた。


 それは、満天の星が降ってきそうな夜だった。波の音に混じって、フィアンセの声を聞いたような気がした。


なんとか目をあけると、会いたくてたまらなかったフィアンセ殿が僕を見ていた。帰って来たのだと思った。


「・・・ただいま」


愛するひとの胸に抱かれて安心しきった僕は深い眠りに落ちて行った。



 意識を取り戻したのは3日後のことだった。


僕がフィアンセだと思ったひとは別人だった。リシェリアが僕の命を拾ってくれたのだ。


意識が薄れていたとはいえ、フィアンセの顔を見まちがえるなんてどうかしている。だが、それには理由があった。


 リシェリアの夫は2か月前に戦死していた。軍艦ごと海に沈んだ夫の遺体は戻って来ていない。


遺品を見せられても夫の死を信じられないリシェリアは、浜辺をさまようようになっていた。夫が戻って来るかもしれないという幻想に(とら)われて。


星明かりの下で見たリシェリアの顔は夫の帰りを待つ妻の顔だったのだ。僕のフィアンセもきっと同じ顔をしていたはずだ。


帰りたいと願った男と、帰って来てほしいと祈った女とが出会った瞬間だったのだ。


 この出会いは偶然などではない。リシェリアが妊娠していると知って確信した。


そもそも不自然だったのだ。妊娠している女性が真夜中の海中にいて僕を見つけたなんて。彼女は亡夫(ぼうふ)の元へ行こうとしていたのかもしれない。


このひとが立ち直れるまでそばで支えなければならない。それが、この出会いの意味だと思った。



 今はまだリシェリアのそばを離れるわけにはいかない。だが、身元がわかれば元いた場所に連れ戻される。


幸い、僕がどこの誰なのかを示すものは何も身に付けていなかった。首に下げていたはずのドッグタグは、意識を取り戻したときには消えていた。


 僕は記憶をなくしたふりをすることにした。


名前のわからない僕をリシェリアはフロウデルと呼んだ。それは亡くなった彼女の夫の名だった。


それでも構わないと思った。リシェリアが前を向いて生きられるようになるまで、何でもするつもりだった。


 フィアンセのことはずっと気になっていた。


僕が漂流することになったサラミスでの出来事は、しばらくは(おおやけ)にされていなかった。黙っていなかったのはリトギルカ軍だ。


サラミスを消滅させたのは復活したセイラガムであると大々的に宣伝し、アビュースタ人の知るところとなった。


その後、あの地獄から生還したのはたったのひとりだったと公表された。だが、それは僕のことじゃない。


 僕は、あの時あの場所で死んだのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ