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#3

 リシェリアが留守なのを見計らって、家の前に鎮座(ちんざ)している新型機を見に行った。ハニーが怖がるから無関心を(よそお)っていたんだ。本当は気になって仕方なかったのに。


(そば)に張ったテントから出て来たのは開発局の軍人だ。


「興味があるのかい?」


声をかけられ、気になったことをきいてみる。


「原型はLV-728ですよね。ウィングレットの形が変わっているようですが」


「よくわかったな。素人(しろうと)にはわからない程度なのに」


「好きなだけです」


 新型機は機動性能と燃費が格段に向上しているらしい。さらには、別途開発中の武器を装備することで攻撃力も上がるだろうということだった。


「詳しいことは話せないが、こいつは空中戦の歴史を変える画期的な新型なんだ」


自信満々な軍人の言葉に僕の心は高ぶっていた。



 リシェリアが帰って来た。大きな鍋を持ったレントンを(ともな)っている。


「昨日は悪かったな。急に晴れるんだもんよ」


隣家(りんか)のレントンは農業経験の浅い僕の師匠(ししょう)だ。グリーンスターツの刈り入れを手伝うと言ってくれていた。


「問題ないよ。フィヨドルたちが手伝ってくれたから」


「それならよかった」


 レントンが持って来た鍋にはシチューが入っていた。彼の細君エリスの得意料理だ。フィヨドルたちの分まで作ってくれたらしく、いつもより量が多い。


外の軍人たちにお裾分(すそわけ)をした後、みんなで食卓を囲んだ。ふと、レントンの様子が気になった。


「元気がないね。どうかしたの?」


「あ、いや。うちのやつとちょっとな」



 話を聞くと、レントンの弟は最近、家を建て替えた。そのことでエリスに小言を言われ滅入っているらしい。


向こうは家を建て替えるほど羽振りがいいのに。自分たちはみじめだと。


「君の家は建て替える必要があるのかい?」


「そんなことはない! 古い家だが傷んだところは修理しながら大切にしてきたんだ。まだまだ何十年も住めるさ」


「弟さんと張り合う必要はないね」


それはそうだがと、レントンは歯切れが悪い。


「エリスがそんなことを言って君を困らせるのには、他に理由があるんじゃないのかい?」


 しばらく考えていたレントンには思い当たることがあるらしい。


「このところ釣りにはまっていてな。しょっちゅうひとりで出かけているんだ」


そういうことか。


「たまにはエリスと一緒に出かけてみたらどうだい?」


「そうするよ」


レントンもエリスが(さび)しがっていることに気づいたようだ。



 食事がすんでレントンが帰ると、入れ替わりにヨーデが訪ねて来た。ヨーデは90歳を超える老女で30分かけてここまで歩いて来るのだ。


「よく来てくれたね。元気そうで何よりだよ」


笑顔で迎え入れるもヨーデはニコリともしない。


「元気なもんかい! あたしゃもう死んじまいたいよ」


おやおや、(おだ)やかじゃないぞ。


「とりあえず腰かけて。リシェリアのお茶がおいしいのは知ってるだろ?」


 ハーブティーをすすってほうと息をついたヨーデは、やっと(やわ)らいだ表情を見せてくれた。


「やっぱりあんたがいれるお茶は最高だね」


「ありがとう。ヨーデにほめられるのがいちばんうれしいわ。お茶が飲みたくなったらいつでも寄ってね」


わざわざそんなことを言わなくても、ヨーデは毎日のように顔を見せる。彼女は我が家を散歩コースの休憩所にしているようなのだ。



「さっきはびっくりしたよ。急にあんなことを言い出すから」


「驚かせて悪かったよ。このところ失敗ばかりでね。このまま色んなことができなくなっちまうのかと思うとつらくてさ」


 うつむいた老女はしぼんでしまったかのようだ。以前の自分と今の自分を比べて落ち込んでいるらしい。


「本当にそうかい? 増えたのはできなくなったことだけ?」


顔を上げたヨーデは次の言葉を待っている。


「できるようになったこともあるんじゃないのかい? この間ヨーデにもらったピクルスは最高のつかり具合だったよ」


「そうだろう! あれはあたしの人生でいちばんの出来だったよ」


 ぱっと笑顔になったヨーデにここぞとばかりにたたみかける。


「そう言えば、ヨーデが縫ってくれたスタイは何度洗濯してもほつれないって、リシェリアが感心してたな」


「あれは縫い方にコツがあるんだよ」


もう大丈夫そうだ。



 自信を取り戻したヨーデが昼寝から目覚めたポーリーンの相手をしていると、ルーシーがやって来た。彼女はリシェリアの幼なじみだ。


我が家はいつも誰かが訪ねて来る。その誰もが元気がない。そして、笑顔になって帰って行く。


「悩み相談を仕事にしたらいいんじゃないの」


なんて言って、リシェリアは笑っていた。


僕はただ、話を聞いて思ったことを言っているだけ。相談に乗っているつもりはない。


 ヨーデが重い腰を上げて帰って行くと、表情が明るくなったルーシーも帰り支度を始めた。


「エリスのシチューが残ってるんだけど、持って帰る?」


「ありがとう。夕食が一品増えたわ」


リシェリアがキッチンに入ると、ポーリーンが後をついて行こうとする。


「つかまえた!」


ルーシーに素早く抱き上げられてポーリーンはキャッキャッとうれしそうだ。


「わたしも早く子供がほしいな」


 つぶやいたルーシーだったがぱっと顔を輝かせる。


「でももうすぐ子供が授かるような気がするの。天使を見たから!」


「天使?」


思わず聞き返していた。


「そう、天使。昨日の朝、畑の草取りをしようと思っていつもより早く起きたの。そうしたらいたのよ。天使が!!」



 その時間はまだ薄暗かったそうだ。夜が明けたばかりだったし空はどんよりと曇っていたからだ。ルーシーは雨が降りだす前に草取りをすませようとしたのだろう。


何気なく目をやった丘にその人は立っていた。淡い光を放つ姿はこの世のものとは思えなかったと言う。


光る人物が中天に向かって伸ばした両手を広げると、あり得ないことが起こった。空をおおっていた雨雲が割れて青空がのぞいたのだ。


雲を割って降り注ぐ朝日を浴び、輝きを増すその人は銀色の長い髪を持った10歳くらいの子供だったそうだ。


「天使にちがいないわ! この島にあんな子はいないもの。それどころか世界中探したっていないから」


信じて疑わないルーシーはうっとりしている。


 不思議なこともあるものだ。100%の雨予報だった昨日が晴れたことと関係があるのだろうか。



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