#2
「うそだろう・・・」
つぶやいたリンジーが見上げているのは、すっかり晴れ渡った空だ。ぽっかり浮かぶ雲は陽光を受けて輝いている。
「夕べの天気予報はなんだったんだよう」
ぼやきたい気持ちもわかる。雨が降れば数日はフィヨドルと一緒にいられたのだから。なんだかんだ言ってもリンジーはフィヨドルが大好きなのだ。
しかし。天気予報がはずれるなんて、めずらしいこともあるもんだ。近ごろの予報は正確無比のはずなのに。
働き者のフィヨドルはすでに作業を始めている。手押しの刈取機で刈られて縛られたグリーンスターツが、畑の上に規則正しく並んでいく。
その束を拾い集めてトラックの荷台に積んでいるのはジョシュアだ。
「取りかかるとするか」
楽しそうに働くふたりの様子に、リンジーの気持ちもいくらか上向いたらしい。
さほど広くもない畑だ。午前中には片付くだろう。
ランチは外で食べようということになった。物置から引っぱり出した折りたたみ式のテーブルとイスを並べて青空レストランの完成だ。
リシェリア特製のレモネードは疲れた身体には最高だ。山盛りのクラブサンドもすぐになくなるだろう。
いつもと違う食卓にポーリーンも興奮気味だ。彼女のために用意された、一口サイズのサンドウィッチをうれしそうにほおばっている。
そんな時だった。小さなエンジン音が聞こえてきたのは。
音は次第に大きくなり青空に黒い点が見えた。轟音をまき散らしながら近づいて来るのは飛行艇だ。
「様子がヘンだ」
リンジーの声は緊張している。見たことのない灰色の機体からは煙が出ていた。
「高度が落ちてる。墜落するぞ!」
わたしはポーリーンを抱いて駆け出した。みんなもイスを倒して走り出す。
飛行艇は刈り入れがすんだばかりの畑に不時着を試みた。だが、ブレーキが充分には利いていない。
ランチがのったままのテーブルとイスをはね飛ばし、我が家に突っ込む寸前で止まった。
「ジョシュア、消化器を取って来い!」
叫びながら飛行艇に駆け寄るフィヨドル。わたしもポーリーンをリシェリアに預けて乗員救助の加勢をする。
意識のない男が着ているのはアビュースタ軍のパイロットスーツだ。男の状態を確認して応急手当をするフィヨドルの手際は見事なものだ。
救急車を呼ぼうと電話をかけていると、再び音が聞こえて来た。さっきとは違うパタパタという音だ。
畑に着陸した軍用ヘリから降りて来たのは4人。言葉を交わすこともなく二手に分かれ、ふたりは不時着した飛行艇の方へ、あとのふたりは介抱中のパイロットへと近づいて来る。
「事情を説明してもらえますか。みんなおびえています」
パイロットに命の危険はなさそうだった。応急手当てがすんだところで指揮官と思われる男に声をかけた。
「迷惑をおかけして申し訳ない。我々は軍の開発局の者です」
"やっぱりな"と思った。
あの飛行艇は開発中の新型機だ。だから機体ナンバーもエンブレムもない、防食塗装されただけの灰色なのだ。
負傷したパイロットを迎えに来たヘリに乗せて見送ると、改めて指揮官に頼まれた。新型機の修理がすむまでここに滞在させて欲しい。迷惑はかけないからと。
国民にはアビュースタ軍に協力する義務がある。2、3 日中には終わるだろうと言う話だったし、何か用があれば声をかけてくださいと答えておいた。
「ねえ。グリーンスターツの刈り入れも終わったことだし、旅行に行かない? なんならウリスおばさんのところでもいいし。みんなで泊まりにいらっしゃいって誘われてるの」
急にそんな話を持ち出したリシェリアの意図がわからない。顔を見ようとするが、キッチンで夕食の支度をしている彼女は背中を向けたままだ。
「う〜ん。そうできたらいいんだげど」
学校があるリンジーは一緒には行けない。それはリシェリアにもわかっているはずなのに。
「そうよね。無理言ってごめんなさい。ただの思いつきだから忘れて」
こっちを見ようとしないリシェリアは、無理に明るくふるまっているような気がする。
「でも、素敵な思いつきだ。夏休みになったらリンジーも連れてみんなで遊びに行こう」
「ええ。そうしましょう」
運んで来た料理を並べるリシェリアの微笑みはどこか空虚な感じがした。
問題が起きた。
新型機の修理が中断されたのだ。ヘリに積んである部品だけでは足りなくなったらしい。
その部品は入手困難なもので、すぐに届けてくれるよう頼んであるものの1週間はかかると言う。
「冗談じゃない! そんなに長く居座られてたまるか」
不満を爆発させたのはフィヨドルだった。
「本当に申し訳ない」
軍人たちの指揮官は恐縮しているが、フィヨドルは容赦ない。彼は大の軍人嫌いなのだ。
「いいや。あんたはわかってないね。家の真ん前に軍用機が転がってるってのが、どれだけうっとうしいかを」
「申し訳ない」
指揮官は同じ言葉を繰り返した。
「足りない部品てのはどんなんだ? オレがソッコー手に入れて来てやるよ。ツテがあるんだ」
意味ありげにウインクするフィヨドルを指揮官は黙って見つめている。
「詮索は無しだぜ」
「わかった。こちらとしてもできることは何でもやりたい」
話はついたようだ。
電話をかけまくっていたと思ったら、ジョシュアを連れて出かけてしまった。フィヨドルはつむじ風のようだ。どこへ行くとも、いつ帰るとも聞いていない。
「行っちゃったね」
苦笑してリシェリアの顔を見ると
「夕飯はいらないのかしら?」
ハニーはあらぬ心配をしていた。
「いらないよ。探してる部品の図面を持って行ったからアテがついたんだと思う。すぐには帰って来ないさ」
リンジーはフィヨドルのことがよくわかっている。
「そうか。部品が手に入るといいな」
「フィルならうまくやるよ。心配ない」
そして、絶対的に信頼している。
以前、リンジーに聞いてみたことがある。
「リンジーにとってフィヨドルはどんな存在なんだい? やっぱりお兄さんかな」
僕の言葉にリンジーは眉間にシワをよせてこうのたまった。
「こんな人間になるなっていう悪い見本だよ」
辛らつな言いようだが、本心じゃないのはわかっている。