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#1


 止めようもなく 涙が込み上げて来るんだ


どこまでも飛んで行けそうな空を見上げていると、胸がしめつけられるような心地がする。。


それでも今日は晴れてよかったと思う。何事もなければそろそろ見えるはずだ。


「来た!!」


 僕のとなりで海原(うなばら)をにらんでいるリンジーが声を上げた。日に焼けた顔が輝いている。


「どこどこ?!」


視線を下げて船を探す。確かに水平線に船らしきものが見え隠れしている。


「よかった。本当によかった!」


リンジーと顔を見合わせて笑い、肩の力が抜けるのを感じた。



 いつもならこんなに心配することはないのだが、今回は事情が違う。このあたりの海に海賊が出るようになったのだ。


だから、当面ここには来ない方がいいと忠告したのだが。「平気、平気」とまったく気にする様子のなかったフィヨドルの船が、無事にたどり着けるか気をもんでいた。


 それなのに。


「出迎えはいらないって言ったろ。ふたりとも畑仕事で忙しいんだから」


桟橋(さんばし)に着けた船から降りて来たフィヨドルの第一声がこれだ。


「そんな言い方はないよ。フロウデルは夜も眠れないほど心配していたんだから」


「オルコツクさんは心配症だな」


リンジーの苦言もあっさり受け流されてしまった。



「ぼくも怖かったよ。フィル(=フィヨドル)に何かあったらどうしようって・・・・・・」


 泣きそうになったリンジーにフィヨドルがぎょっとなる。


「ごめん、悪かったよ。そんなに心配されるとは思ってなかったんだ。あやまるから泣かないでくれ」


必死に取りなそうとするフィヨドルを見上げたリンジーは満面の笑顔である。


「そう思うのならフロウデルにもあやまってよね」


「ああっ?! こいつ、だましたな」


 フィヨドルはリンジーの頭を小突いてからこっちに向き直る。


「オルコツクさん、心配かけてすみませんでした」


きっちり(あやま)られると恐縮してしまう。


「こうしてまた会えたんだからもういいよ」


「あんた、ほんとお人好しだな」


フィヨドルはカラカラと笑いながら僕の肩に腕をまわした。



「海賊には出くわさなかったんだね」とリンジー。


 フィヨドルは運がよかったのだと思った。ところが


「出たよ」


「えええーーーっ?!」×2


どうしてだろう? わたしたちの驚きようにフィヨドルは"しまった"という顔をした。


「オレのファビウスⅡ世号はきっちり武装してるんだ。海賊なんぞに遅れを取るかよ。それより、紹介したいヤツがいるんだ」


さっさと話題を変えたいらしい。


「ほら。そんなとこに突っ立ってないでこっち来いよ」


 フィヨドルに呼ばれて来たのは見知らぬ少年だった。くせのある杏色(あんずいろ)の髪にココアブラウンの瞳をしている。


少女のようにも見えるのは華奢(きゃしゃ)な身体つきとかわいらしい顔立ちのせいだ。


「こいつはジョシュア。バイトだ」


「どケチのフィルがひとを(やと)っただって!!」


 リンジーほどじゃないが僕も驚いた。違法と知りながら、ファビウスⅡ世号をひとりで切り盛りしてきたフィヨドルだ。その理由が給料を払いたくないから。


「まさか! ただ働きさせてるんじゃないよね?」


リンジーがジョシュアの顔をのぞき込むが、少年はイエスともノーとも言わない。


「やっぱり!」×2


「ンなわけあるかっ!! きっちり払っとるわ」



 客人ふたりを連れて帰ると、リシェリアがごちそうを作って待っていた。ハニーの笑顔はシチューの湯気より温かい。


昼寝をしていたポーリーンが目を覚ましたようだ。寝ぼけまなこをこすりながらふらふらと歩いて来る。


「おいで」


両手を広げた僕の胸にとびこんでくれると思ったのに、素通りされてしまった。そして、なぜかジョシュアの脚に抱きついた!


美少年に抱き上げられたポーリーンはすっかりご機嫌だ。


 娘よ、パパは(さび)しいぞ。


「そんな顔しなさんな。ジョシュアは"みんなの家"でも人気者なんだ。特に女にはな」


フィヨドルはそう言うけれど。


「ポーリーンはまだ2歳だよ」


「何歳だろうと女は女なのさ」


厶厶厶厶。なんだか納得いかないぞ。



 食事がすむと、早速商談だ。


フィヨドルは運送業を営んでいる。だが、時には自分で仕入れた品を別の島まで運んで売ったりもする。


今回ここへ来た目的のひとつは、うちの畑のグリーンスターツを買い取ることなのだ。


最新の研究で、グリーンスターツにはダイエット効果があるとわかった。その影響で品薄状態になっている。


 フィヨドルは安く仕入れたグリーンスターツを、クアトリーリオで売りさばきひともうけしようと考えていた。


「1ボドム15シリンでどうかな?」


「バカ言ってんなよ!」


フィヨドルの提案に真っ先に反応したのはリンジーだった。

 

「組み合いに持ってったって30シリンにはなるのに!」


「じゃあ現金一括払い20シリンでどうよ」


「フロウデル。フィルの口車に乗っちゃダメだからね」


 リンジーはなかなか手厳(てきび)しい。


「収穫を手伝ってくれるなら25シリンでいいよ」


「やった! 愛してるぜ、オルコツクさん」


僕の提案にフィヨドルは大喜びだが、リンジーは悲鳴をあげる。


「ダメだってば!! もっと高く売れるのに!」


「いいんだよ。僕たちに大金は必要ないんだから。必要なひとが手にすればいい」



 フィヨドルは金の亡者(もうじゃ)などと陰口をたたかれている。大金を得るために違法な物を運ぶことも度々らしい。


だがそれは、私利私欲のためではない。彼には守るべき家族が大勢いるのだ。


フィヨドルは彼を育ててくれた孤児院、"みんなの家"の子供たちのため懸命(けんめい)に働いていた。


 かくゆうリンジーも"みんなの家"の子だ。フィヨドルがここへ来たもうひとつの理由が、弟のようにかわいがっているリンジーに会うことなのだ。


リンジーは、この島にある農業試験場に併設された学校に通うため我が家に下宿している。13歳のリンジーは現在2年生だ。


卒業後は試験場に就職する者も多く、リンジーもそれを希望している。彼には叶えたい夢があるのだ。


フィヨドルは夢を語る子供たちの顔が好きだと言っていた。だから、全力で応援するのだと。


彼の熱意に感銘(かんめい)を受けた僕は、リンジーに衣食住を提供することにしたのだった。空いた時間に畑仕事を手伝うという条件で、下宿代は受け取っていない。



「明日は早起きしてグリーンスターツの刈り入れだな」


 フィヨドルはやる気満々のようだが。


「明日の天気予報は雨だから、2、3日はムリだよ」


ぬれたままでは収穫できないため、雨の後は晴れが続いて乾くまで待つしかない。


「きっと晴れるさ。なあ、ジョシュア。おまえもそう思うだろう?」


急に話を振られたバイト君はコクリとうなずいた。


 ポジティブなふたりが素直にうらやましいよ。

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