ルームメイトと、運命的な夜
部屋に戻ると、ルームメイトのリコが飛びかからんばかりに抱きついてきた。
「アイちゃんのにおいだ!」
犬みたいにすんすんと鼻を使っている。
「スカート皺になるよ」
せっかく贈ったやつなのに。
私の背に回された手から硬い感触。ザイルだ。掲げてリコは言った。
「アイちゃん! お願い! うちを縛って!」
「またヘンなことを……」
リコはたまにおかしい。最たるのはこの「縛って」だ。
ザイルで自分を手巻き寿司みたいにして、身動きが取れないようにして、押し入れに閉じ込めて欲しいと言うのだ。
はじめは面食らったけど、慣れというのは恐ろしい。
「はいじっとして」
今では抵抗なくグルグルにしてしまえる。
まあ、言われるのもたまにだしね。
で、そんな生活が確立されてもうすぐ一年。
「はあ。今日は疲れたなあ」
夜シフトの人の急な欠勤。代わりで、昼からずっと働いていた。すっかり帰宅も遅くなってしまった。
「そろそろリコがいつものお願いをしてくる頃だよな」
独りごちながら夜道を行く。
早く帰りたくて、人の気のない路地を縫った。街灯にも乏しくて、満月の光だけが頼りだ。
幽霊でも出そう。
寒気を覚えてなんとなく振り返ると、半裸の中年男性がいた。
──目が合った。ってことは、ずっと私の後頭部を視ていたってこと?
ヒッと息が漏れた。
悲鳴をあげようにも、喉が強張って使い物にならない。
竦む身体。無理やりに駆け出した。
私以外の足音がする。肩越しに振り返ると、変質者が追いかけてきている。
ただ無言で、私を追跡するだけ。荒い呼吸と、血走った目。
怖い。
あっ。
躓いて、転んだ。
たちまち変質者が近付いてくる。
!?
目の前が真っ白になる。
激しい物音がした。
はっと正気を取り戻すと、変質者が大型犬に組み付かれている。
大型犬。否、狼みたいな。
喉笛に歯を立てている狼の、腰のあたりに布が巻き付いている。見覚えのあるスカートだ。私がリコに贈ったもの。震える声で呼びかける。
「リコ」
反応した。
私の方を向いて、身を屈めて、飛び掛かってくる。尻尾を振って、すんすん鼻をひくつかせて犬みたいだ。
「リコ。ありがとう」
私もリコを抱きしめ返した。
夜が明けて、落ち着いた後で聞いたこと。
リコは人狼で、満月の夜に変身してしまうこと。
暴走しないように、満月の日は縛ってもらっていたこと。
そして、
「アイちゃんがいなくて寂しくて、においを追っちゃったんだと思う」
恥ずかしそうに上目を遣うリコに応えて、私は抱擁をした。
お読みいただきありがとうございました。
感想の他、ブックマークや☆等もお待ちしております。
☆はひとつだけでも構いません。数字に表れることが嬉しく、モチベーションになります。よろしくおねがいいたします。