7.意外な訪問者
週末、安藤一可は父親の様子を見に家に戻ることにした。この一週間の出来事を報告するつもりだった。
最近、父親がまたあちこちに隠れているのかどうかは分からないが、一可の望みは高くない。生きていてくれればそれでいい。
母親は貴族の家系の娘だったが、父と自分を捨てて出て行き、最終的には鬱病で自殺したと聞いている。しかも、丞に追っ手が放たれた。
そのため、丞は一可を連れて逃げ回り、表に出ることすらままならない状態だった。
リュックを整理して、日常用品を持って家に帰ろうとした時、校門前で見知った顔に出会った。
「秦野?お前もここに通ってるのか?」
一可は前を歩いていた少女を呼び止めた。
「やっぱり君もここだったんだ。前から君がここに来るんじゃないかと思ってたよ。」
秦野秋子は安藤を見て近づいた。
「今週末は家に帰るの?」
「うん、父さんの様子を見にね。一人暮らしがうまくいってるか分からないし。」
「おじさん、しっかりしているように見えたから、きっと大丈夫だよ。」
安藤は苦笑した。会話がちょっとずれていた。
彼が心配しているのは、借金取りが父親に迫ってくるかどうかだった。普段、丞は日中はほとんど家から出ず、夜になると汚い仕事をして家計を支えていた。
「普通科の生徒なの?今週一度も君を見かけなかったから。」
秦野が尋ねた。一可のことを思い出しながら。
「劣等生のクラスだよ。授業エリアが違うから、会わないのも無理はない。」
「そうだったんだ……」
秦野はちょっと気まずそうにして、すぐに話題を変えた。
「知ってる?今学期の期末には全校生徒参加の魔法師大会があるんだよ。出場するつもりある?」
「大会?どんなことをするの?」
「いろいろあるよ。戦闘や射撃、競走、治療とか、趣味的なイベントもあって、年に一度の大イベントだよ。」
安藤は頭の中で思い描いてみた。それは魔法師の運動会みたいなものだと。
「僕の才能はそんなにないから、出てもただの数合わせだよ。」
「いやいや、参加することに意味があるんだよ。私は射撃競技に出るつもりなんだ、楽しそうだからね。」
「射撃?銃を使うのか?」
「銃?何それ?」
……
二人は話しながら住宅ビルの下に到着したが、安藤はすぐに異変に気づいた。
「角の車が新しい、この場所には合わない。外部の誰かが乗り入れたんだな。」
「路地口に立ってる二人がタバコを吸っているけど、目はずっと主要道路を見ている。誰かを待っているか、見張っているんだ。」
安藤は冷静に車を通り過ぎ、目の端で車内に武器があるのを確認し、心が沈んだ。
「秦野、少しの間、お前の家に行ってもいいか?」
「もちろん、どうかしたの?」
「うちに誰かいるかもしれない……」
安藤は呼吸を整えながら、周囲の状況を注意深く観察した。
二人は何事もないかのように振る舞いながら階段を上がり、3階に到着した。案の定、安藤の家のドアは開いていて、数人が家の中を物色していた。
「ボス、見つかりません。」
「こっちもない。」
安藤は怒りを抑えながら、秦野と一緒に静かに部屋に入った。
「ちょっと待て。」
一人のスキンヘッドが廊下に立っている二人に目を向け、秦野秋子の家のドアを引き止めた。
「お前たち、ここに住んでいるのか?」
秦野は一瞬驚いて目をそらし、安藤がすぐに答えた。
「はい、彼女は僕の姉です。僕たちはここに長く住んでいますが、何かご用ですか?」
スキンヘッドは二人をじっと見つめた後、さらに質問した。
「この部屋から男が出てくるのを見なかったか?彼は盗みを働いて、今警察が彼を追っているんだ。」
「申し訳ありません。僕たちは魔法学院に通っているので、今週は家にいませんでした。この家の住人については詳しく知りません。」
スキンヘッドは二人が学校の制服を着ているのを見て、うなずいてからドアを解放した。
安藤は部屋の中に入ってすぐ、廊下を見張りながら相手の動きを見続けた。
「この男、本当に一銭も持ってないんだな。いっそ肉にして売り飛ばすか?魔獣飼育者はこういうものに興味があるって聞いたことがある。」
「肉なんて大して値段がつかないだろ。こいつを捕まえて、意思を消して奴隷にすればいい。」
「ハハハ、それもそうだな。」
その数人は家の中に1時間以上いた後、やっと出て行った。車が発進して去った後、安藤は静かにドアを開け、自分の家に入った。
「安藤、今夜はうちに泊まってもいいわよ。」
秦野は、さっきから隣の部屋の音をずっと聞いていたので、この状態では家にいられないと察していた。
「いや、大丈夫だよ。まず様子を見に行くよ。」
安藤は家に入ると、家の中の家具はどれ一つとして無事ではなかった。折れたテーブルと椅子、割れた陶器、叩き壊されたクローゼット、散らばる破片とゴミが足元に広がっていた。
ベッドからは尿の臭いが漂っていた。
安藤は拳を握り締め、緩めて、また握り締めた。
秦野はそっと後ろについてきて、その光景を見て口を抑えた。
「このクズども……」
安藤は隅に積まれていた紙皿を見つけ、それを取り上げて秦野秋子に渡した。
「ごめんね、先週お前がくれたケーキ、返すのを忘れてたんだ。」
幸運にも、借りたものは無事だったことに少し安堵した。彼はその紙皿の埃を丁寧に拭き取っていたが、秦野はそれを慌てて止めた。
「そんなの返さなくていいよ。」
「いや、これは返さなきゃ。」
彼は真剣に彼女にそれを渡そうとした。それは彼がこの世界で初めて受け取った贈り物だったから、汚されたくなかった。
秦野は唇をかみ、紙皿を受け取った。しかし安藤はその後すぐに彼女に退出を促した。
「ごめんね、秦野。今、部屋がこんな状態だから、今はお客さんを呼べないんだ。少し片付けさせてくれ。」
彼は彼女を部屋の外までそっと押し出し、彼女が出て行った後、安藤は壊れたドアを重く閉めた。ドアのロックはすでに無理れて破壊されていたことに気付いた。安藤は無力感に襲われ、ドアにもたれかかりながらゆっくりと床に座り込んだ。
「どこから片付けを始めればいいんだろうな…今週は仕事がたくさんあるな…」
鼻にほこりが入ったと思い、少し鼻がツンとしたが、涙がとめどなく溢れ出ていた。
「なんでだ…なんでこんなことに…」
彼は汚れた床を力強く叩いた。その度に埃が舞い上がった。
……
夜になり、丞は疲れた体を引きずって家に帰ってきた。鍵を取り出し、ドアを開けようとしたが、ドアのロックが壊れていることに気付いた。
「一可?」
彼は試しに呼びかけ、月明かりに照らされた部屋の中で、すべての家具が消えているのを目にした。
壁には泥水がかけられ、まだ拭き取られていない汚れが目立っていた。
「一可?」
再び名前を呼びながら、丞は息子の姿を探した。すると、安藤はゴム手袋をしてトイレからゆっくりと出てきた。
「おかえり、父さん。」
「家の中、これは一体…?」
「誰かが押し入ってきて、全部壊したんだ。今夜は二人で床に寝るしかないな、ハハハ。」
丞の心臓が二度、重く打たれたような感覚を覚えた。
「お前、ケガはないか?」
「僕は大丈夫。帰ってきたときには、もう奴らは去っていたよ。ただ、こんな有り様を残してね。」
彼は壁の汚れを指さし、再びトイレに戻り、雑巾を洗い続けた。
「もういい、あとは私がやるから、お前は休め。」
丞が安藤を止めようとしたが、安藤は手を振り払ってしまい、勢い余って倒れてしまった。
倒れた丞の腕には無数の傷があり、骨折している痕跡が見えた。
「父さん、誰がやったんだ?」
「いや、気にするな。借金があるから、二、三発殴られるくらいは仕方ないさ。」
丞は骨折した腕を抱えながら、痛みをこらえていた。
「クソが…」
安藤は歯を食いしばり、怒りが爆発しないように自制した。
「病院は?ちゃんと診てもらったのか?」
「いや、大丈夫だ。しばらくすれば治るさ。さあ、一可、片付けて早く寝よう。地下室にはまだ毛布が二枚ある。」
安藤はもっと詳しく聞こうとしたが、突然、外から車の音が聞こえ、続いて階下から足音が響いてきた。
「くそ、今度は仕留めに来たのか…」
安藤はまず自分のリュックを確認し、中に入っている白老から借りた魔素の貯蔵ボトルを見つけた。
「一可、お前はまず、寝室に隠れろ…」
丞も緊張して、奴らがもう一度来るとは思っていなかったので、慌てて重い物を引き寄せてドアの前に置き、少しでも時間を稼ごうとした。
しかし、ドアは一瞬で蹴破られ、昼間見かけたスキンヘッドの男が入ってきた。
「安藤丞、お前を探すのは本当に大変だったぞ。」
「邱さん、今、本当にお金がないんです。どうか、もう少し時間をください…」
「時間だって?逃げる時間を与えろとでも言うのか?お前が俺に借りてるのは一万金元だぞ。一万、分かってんのか?」
「そ、そんなはずは…そんなに借りてないはずだ…」
「フン、九出十三帰、知らんのか?」
「金を返せないなら、自分の体で返してもらうぞ!」
スキンヘッドは手ぶらのまま、ゆっくりと丞に近づき、その周囲の手下たちはそれぞれ棍棒を持っていた。
丞の背後には安藤の寝室があり、彼は一歩も後退しなかった。
すると、寝室の中から静かな声が聞こえた。
「父さん、少し下がって。」
安藤はゆっくりと寝室のドアを開け、冷たい目でスキンヘッドを見つめた。
「おいおい、やっぱりお前か。丞にそっくりな顔してるじゃないか。お前の隣の家にいるのは彼女か?後で挨拶でもしてやろうか?」
スキンヘッドは嘲笑しながら安藤を見ていたが、安藤はそれを無視し、静かに右手を上げた。
「出ていかないと、命はないぞ。」
安藤の冷静な声に、スキンヘッドは表情を一瞬こわばらせたが、次の瞬間にはまた笑みを浮かべた。
「フン、怖がらせようとしてるのか?魔法学院に入って、ちょっと習っただけでそんなに偉そうにするな。魔法師なんて何人も殺してきたんだぞ。」
スキンヘッドは強がっていたが、内心は既に動揺していた。
安藤が無言で魔素ボトルのグリーンランプを点灯させると、スキンヘッドは手下たちに向かって叫んだ。
「こいつが魔法を使う前に叩き潰せ!」
「聖火よ、我が敵を打ち砕け!」
気旋が空中に集まり、瞬く間に大量の魔素が法陣に集結した。
安藤は短い呪文を唱えただけで、燃え上がる火焔旋風が彼の前に出現し、手下たちは後退を余儀なくされた。
「くそ、本気かよ…」
スキンヘッドも緊張の色を見せ、彼の目はすでに逃げ道を探していた。
「大、大将、俺、逃げますわ…」
ドアの外にいた何人かは足早に逃げ出したが、スキンヘッドは動けなかった。安藤の目が自分にしっかりと向けられているのを感じていたからだ。
「何か言い残すことはあるか?」
安藤は冷たい口調で問いかけ、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「こ、これは誤解だ…」
スキンヘッドはこっそりと木の棒を手に取り、動き始めた。
「お前とお前の親父との間には、実は…」
彼はゆっくりと足を動かし、背後に手を回して武器を手に取った。
「死ね!」
スキンヘッドが木の棒を投げつけて安藤に飛びかかった瞬間、安藤は呆れたように頭を振った。
火焔旋風が巨大な火球に変化し、その周囲の温度が壁紙を燃やし始めた。
安藤が最後の術式を完成させると、火球が木の棒もスキンヘッドも全てを飲み込んだ。
「ぎゃあああああ!」
スキンヘッドの悲鳴が響き渡る。
その時、秦野秋子が対面の家から飛び出してきた。
「聖なる水の精霊よ、その青き力を我に授け、潮の満ち引きに新たな規律を与えよ!」
水の波が部の中に現れ、燃え盛る火焔をすべて消し去った。スキンヘッドは焼けた皮膚を露出させ、焦げた臭いを漂わせながら地面に倒れ込んだ。
「安藤、炎国では魔法師が一般人を殺すと、命で償わなければならないんだよ。」
秦野秋子は震える手で水を操りながら、なんとか自分の感情を抑えようとしていた。
「ありがとう…」
安藤は静かに歩み寄り、倒れている父親を抱き起こした。
……
やがて警察が駆けつけ、安藤と丞は連行された。秦野秋子も目撃者として証言を求められた。
「君は魔法学院の生徒か?」
警察官は安藤の胸に付いたバッジを見て尋ねた。
「はい、劣等班です。担当教師はロシティア先生です。」
警察官は資料を確認し、身元を確認した。
「君は魔法師が一般人に攻撃することが禁じられているのを知っているのか?」
「自分を守るためにやったんです。これは正当防衛です。」
「だが、君は魔法師だ。」
「それじゃ、僕は黙って殺されるしかなかったんですか?」
「もっと適切な方法で対処できたはずだ。一般人を攻撃するべきじゃなかった。」
「一般人?本気で言ってるのか?」
安藤は皮肉めいた笑いを浮かべ、挑戦的な態度を見せた。
「態度を改めろ。これは重大な罪だぞ。軽ければ魔法師の資格剥奪、重ければ10年、20年の刑務所暮らしだ。」
その時、外から別の警官が入ってきて、上司に小声で何かを伝えた。二人は数秒間話し合った後、最初に安藤を厳しく問い詰めていた警官の表情が急に変わった。
彼は安藤に近づき、手錠を外してこう告げた。
「この件については、後日改めて連絡するが、今は家に戻って待機していてくれ。」
安藤は立ち上がり、帰ろうとした時、ふと目に留まったのは、秦野秋子がすべての出来事を猫目のカメラで録画していた映像だった。スキンヘッドが彼に襲いかかった瞬間まで、すべてが記録されていた。
安藤は大きく息をつき、このことで秦野が彼の命を救ってくれたことを悟った。
取調室を出ると、丞が心配そうに近づいてきた。彼の腕は既にギプスで固定され、何重にも包帯が巻かれていた。
「息子、大丈夫だったか?問題ないのか?」
「うん、大丈夫だよ。もう帰ろう。」
「牢には入らないのか?」
「入らないよ。心配いらないさ。」
その時、秦野秋子も部屋から出てきた。安藤が無事でいるのを見て、彼女は大きく安堵の息をついた。
「大丈夫だった?」
安藤は彼女に感謝の意を込めてうなずいた。
「君に助けられたよ。一命を救われた。あとは…ケーキのこともな。」
「友達なら当然のことだよ。」
秦野は軽く安藤を叩いて笑い、三人は警察車両で家に戻った。
「父さん、今夜は地下室で寝よう。」
安藤は提案した。家の中にはまだ焦げた匂いが漂っており、彼は心が落ち着かないでいた。
「そうだな、少しの間ここでしのごう。」
二人は小さな地下室で毛布に包まり、安らかな眠りについた。