「だってみんな怖いんだもん!」
今日も今日とて彼女は埃っぽい部屋でモニターを眺めている。
『2×××年某日、数十体の悪魔たちが村を襲い壊滅させた事件を覚えていますでしょうか。この事件では数百人の村人、駆けつけた騎士までもが無惨にも殺害され、悪魔たちが騎士長の首を掲げる等の行為を行い人々を戦慄させました。この事件によって…』
ぴゅぅぅぅぅぅぅぅん
変な音を立ててモニターの画面には何も映らなくなってしまった。
「えぇ!?魔燃料が切れちゃったのかなぁ。」
先程まで動いていた大きな四角い機械に近づき、まじまじと見つめるピンクがかった黒髪の小さな女の子。
「ボクの魔力じゃ壊れちゃうよね。また純魔燃料買わないといけないのかぁ。」
肩を落として分かりやすく落ち込むその背中には大きな黒い羽、頭には1本の大きな巻き角。
「それにしても悪魔だってどうしてあんな酷いことをするんだろう。ボクみたいに教会で祈りを捧げてたらきっとみんな平和に気づいてくれるはずなのに.....。」
不釣り合いな小さな体で教会の裏に設置されたキッチンで魔法瓶から珈琲をコップに注ぐ。程よく湯気を立てているそれを飲みながら
「ヤヤちゃん!今日のお告げは?」
ふわふわと飛ぶ白い綿毛のような生き物に言うとヤヤと呼ばれたそれは脳内に直接語りかけてきた。
『だから、いつも言ってるじゃないの。神様からのお告げを私に聞かないで。私だってあなたのお世話で精一杯で暇ではないのよ。』
フラれてしまった女の子はうげーっと声を出して面倒くさそうに聖堂へと向かった。
【聖堂】
聖堂に着いた女の子は中央に置かれた女性の裸を象った石像の前へと行き、片膝をついて誓いの言葉を言い始めた。
「ルエナ様、私は貴方様のことを敬い、裏切らず、ずっとずっとお使いすることを誓います。どうか私にお告げを下さい。」
魔力を込めて石像に手をかざす。手をかざされた石像は水色の暖かい光を放って聖堂全体を包み込み、美しく見蕩れてしまいそうな程の声が響いた。女の子はその声に耳を傾ける。
『リーリス、貴方は旅に出て強くなるのです。このままでは死にます。』
「しっ、死にます!?」
『はい。駆除されます。』
「ルエナ様!それはひどいじゃないですか!」
『私のせいではございません。だから旅に出て強くなり、国民の味方であることを証明するのです。』
「な、なるほど…。」
『それでは、お茶が冷めてしまいますので私は退出します。』
「ちょ!ちょっと待って!」
『……。』
「ルエナさまぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
あまりの事実に女の子、いや、リーリスは膝から崩れ落ちてしまった。頭には大量のはてなマークが浮かんでいる。
「戦わないと死ぬ…?嫌だ戦いたくない!!でも死にたくもない!!!いや!!戦うくらいなら死んだ方がマシかもしれない!!」
もういっそのこと!!と、覚悟を決めてみるもののやっぱり死ぬのは怖い。子供のように聖堂の床でゴロゴロと転がりながらぐずっていると突然外に続く扉が吹き飛んで知らない男性たちが入ってきた。鎧を着て、銀の長い剣を持って…。騎士団の男たちだ。
「ひぇっ!?」
「お前悪魔だな?ここに住んでいた者たちはどこへ行った。」
「ここここここ、ここには私しかすすす住んでないです。」
「嘘を言うな!!!悪魔が教会なんかに住んでいるわけがないだろう!!」
「うそじゃない!ほんとだ!!!」
いや、嘘っぱいけど廃墟だった教会を建て直したのを私が住んでいるから元からいた人なんてボクも知らないんだ!!
どれだけリーリエが訴えても騎士団の男たちは話を聞かず、なんなら剣を振り下ろしてくる始末。魔術なんて使って男たちを傷つけたくないリーリエが聖堂の中を一目散に逃げ回る度に置いてあった魔導書や聖書が散らばりまくる。
「おい!!早くとっ捕まえろ!!」
「いやだ!!ボクは死にたくないんだ!!ルエナ様!助けてぇぇぇぇぇぇえええ!!!」
悲鳴を上げながら助けを呼ぶと石像から眩い光が。その光は男たちを包みこんで
『今回だけですよ。』
と、声が聞こえて男たちはその場から消失した。
「うえっ!?消えちゃった!!」
殺しちゃってたらどうしようと考えてみたものの、そんなことよりも早く強くならないと本気で死ぬ。こんなとこで知らない悪魔の所業のせいで死ぬのは個人的に納得いかない。そう思った。
「うぅー…戦いたくないけど。」
部屋に入り、冷め切った珈琲を飲み干してリーリエは外に出てみた。太陽の光が暖かくて自然が織りなす緑のカーテンがとても美しい。こんないい場所、離れたくないな。
「でも、死ぬよりはマシかもしれない。」
教会を離れるということはこの教会を守ってきたヤヤとも離れるということだ。何千年と生きてきたこの命、何千年と経ってもなお生物相手に使ったことのないこの魔術を、今になって使うことになるなんて昔の自分は考えることのなかった事実だろう。
リーリエは部屋に戻ってバッグに荷物を詰め始めた。
『どっか行くの?』
ヤヤが尋ねる。
「今からボクは英雄になってくるよ。」
ヤヤに顔はないけれどきっと驚いた表情をしているのだろう。しばらくして状況を理解した様子でヤヤは寂しくなるね、とだけ呟いた。
きっと戦うだけ戦って国民の味方であること証明しようとしても悪魔である限りリーリエは駆除対象になってしまうだろう。だからいっそのことものすごい英雄になって誰も近づかせたくない。教会に戻って珈琲を啜ってモニターを眺めるだけの隠居生活を送りたい。そんな想いがあっての英雄という言葉だった。
『リーリエ、これ持っていきなさい。』
ヤヤがいる場所には小さな黒い箱が置かれていた中身を見てみると虹色に光り輝く石が嵌め込まれたネックレスが入っていた。こんなもの見たことがない。
「ヤヤ!何これ!!」
『いつでもルエナ様はあなたの心の中に。行ってらっしゃい。準備ももうそろそろ終盤でしょ。』
冷たく言い放つヤヤの姿はいつもよりも小さい。
「ヤヤ、絶対戻ってくるからね。」
そんな姿のヤヤを人差し指で撫であげ、ネックレスを首にかけてバッグを背負ったリーリエは自信満々の声で
「行ってきます!!!!!!!!」
こうして平和主義の悪魔は英雄になる旅へ出た。
処女作です。これからよろしくお願いします。