ある令嬢のお話し
またしても、思い付きだけで書いたお話し。軽く読み流していただければ幸いです。
ある令嬢のお話し。
「・・・・・もう疲れた。」
カップとソーサーにあたらないように、行儀が悪いと云われても、テーブルクロスの敷かれたテーブルに、突っ伏す。もう、行儀がどうのと云っている場合ではないほどに、疲れていた。
「・・・・お疲れ様。今日も、また元気いっぱいに追いかけられていましたね。」
「・・・・・彼女は、一体ナニがしたいのだろうか? ファーストネームで呼ぶことを許した覚えもないのに。何度注意しても、ファーストネームで呼んでくるし。」
優雅にお茶を口にする、麗しき婚約者殿を、突っ伏したまま見て云う。
「あの方の節度のない行動は、学園でも問題になっていますわ。」
「教師方が注意をしても、一向に良くならないですしねぇ・・・・・。」
専属護衛騎士であるフェルも、呆れて云う。
「もうこうなったら、王族の権限を振りかざしてみたらどうでしょう?」
我が麗しき婚約者殿、それはそれでまた問題になってしまって、俺が父上王に説教を受けることになるのですぅ・・・・。心の中での呟きのつもりが、どうやら口から洩れていたようで。キャスリン・レッドフォード公爵令嬢は、こほんこほん。と咳をする。
「もうこうなったら、すぐにでもキャシーと婚姻の儀を盛大にしてしまうのが一番だと思うんだ。」
「なっ!? なん、なん、なにを・・・・!! こ、こほん。それは、国王陛下と、お父様がお許しになられないですわ。学園を卒業するのは、最低条件でもありますから。」
こんな時も冷静な我が麗しき婚約者殿は、カッコいい・・・・。またもや、心の中での呟きのつもりが、口から洩れていたようで。フェルが呆れた顔を向けてきた。
「シエル殿下。そう云うことは、自室にいる時に存分に呟いてください。」
「うぐぐ。また、洩れていたか・・・・。・・・・・しかし、クラスも違うのに毎日のように突撃してきては、妄想的なことをずっと話しているんだぞ!? もう、気が触れているとしか考えられない。それに、男爵家に苦言を申し立てても、娘可愛さか、まったく改善されないし。・・・・もうこうなったら、キャシーの云う通り王族の権力を使って、男爵家を国外追放に・・・・・。」
「なんの罪状でされるおつもりですか? お疲れなのは解かりますが。お言葉にはお気を付けくださいませ。どこで誰に聴かれているか、解かりません。」
「・・・・・はい。気を付けます。」
キャスリンに窘められ、シエルは身体を起こして謝る。いつものやり取りに、フェルは笑いを堪えていた。
いまから、王族としての仕事があるから。と王城へ帰って行くシエルを見送り、キャスリンはひとり、残っていたお茶を飲み干し、閉じていた扇子を広げた。
「・・・・・お呼びでしょうか。」
「ええ。これ以上は、殿下の精神とお心が限界に達してしまいますわ。・・・・早々に、手を下してしまいましょう。」
「かしこまりました。それでは、予定していた通りに。」
「お願いするわ。・・・・まったく。おバカな男爵令嬢様ですこと。わたくしのシエル殿下に、付き纏うなんて。男爵家も、取り潰してしまいなさい。」
「仰せのままに。・・・・1両日中に、すべてを完遂いたします。」
消えていくひと影に、キャスリンはにっこりと笑みを浮かべる。そして、シエルがキャスリンのために用意してくれたお菓子を、ひとつ摘まんだ。
「・・・・・美味しい。本当に、シエル殿下だけは。わたくしが欲しいものを一番にくださるのですから。」
“我が麗しき婚約者殿”は、2人の間にだけ通じる隠語であり。シエルからの断罪許可令でもあった。シエルが本音を話し、心を許せる相手はキャスリンただひとりのみ。
「ふふ。最近、わたくしのシエルに手を出そうとする者がいなかったから。少し暇を持て余していたのよね。申し訳ないけれど、あの男爵令嬢と男爵家には、今後の見せしめとして盛大に処理させていただくわ。」
そのための許可でもある。キャスリンは、くすくすと笑いを扇子で隠しつつ、両日中に社交界であがる愚かな男爵家を想像し、侍女が待つところへと戻って行った。
end