春を待つ理由
「いつから春なんだっけ?」
いつの間か散り始めた近所の家の庭の梅を見上げながら、レイは呟いた。
レイの持っている春のイメージは、満開の桜の下、着込んでいだ上着を脱いで片手にかけ人たちが言葉も軽やかに行き交うというものだった。
だとすれば、まだ今は春じゃない。
けれども、間違いなく風は暖かくなっているし、思いっきり空気を吸い込んでも鼻が痛くなったりもしない。
これを冬だといったら、冬のブランドイメージを壊すなと猛烈なクレームがいろいろなところからやって来るだろう。
どこからのクレームなのか、レイには見当がつかないが。
そういえば、間違いなくまだ冬だった2か月前、「寒い寒い」と盛大に言いながら登校してきたナミが、いきなりレイのほっぺたに冷え切った両手を当てながら言っていた言葉をレイは思い出した。
「春が早く来るといいね。」と。
レイは、「このやろー!」と言いながら魔の手から逃れるのに必死で、ろくに返事もしていなかった。
だが、今は。
「早く、もう春が来たってナミに言ってあげないと。」
レイはうららかな太陽に向かってそう呟いた。
ナミがレイのほっぺたに当てた手を離そうとしないまま、ふざけた口調のままでレイに転校を告げたあの日。
「春になったら絶対会いに来るから。」
ナミがそう約束してくれたのだから。