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(四)-3(了)
「タケシさんって、自分最優先の人ですよね」
ベッドからレナの声が巨勢の背中に当たった。
巨勢はレナの方を向いた。
「まあ、そうかもな」
巨勢はなんとなく頷いた。自分では気にしていなかったが、言われてみれば確かにそうかもしれない。
「帰ったら奥さんに謝らなきゃダメですよ」
「なぜ」
「ほら、やっぱり。自分が悪いと思ってない」
「車の中に口紅が落ちていた事くらいで、なぜ怒るんだ」
「それ、落ちていたのではなく、愛人さんがわざと忘れていったんですよ。奥さんは口紅が落ちていたことに怒っていたんじゃないんです。誰かが口紅を残していったことに怒っていたんですよ。この違い、わかりますか」
巨勢はしばらく黙っていた。口紅をわざと忘れようが、そんなことどうでもいいと思った。別に怒ることでもないとも思った。
だから巨勢は、黙ったまま振り返ってバスルームへと向かった。
(了)




