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強敵

※後半に残酷シーンがあります。苦手な方はご注意ください。

 直感で、リーメイはその正体を悟った。

 魔物については、母に教えられて多少は知っている。実物を見るのは初めてだが、そこにいるのは人間を(かて)とする魔物だ。

 すぐそこには、洞窟の入口が見える。今、リーメイがいるのは、そのすぐ近くだ。もしかして、この魔物の巣だろうか。

 だとすれば、この食人鬼は自分の巣の外でリーメイを喰うつもり……らしい。

 鍋はリーメイ一人くらいなら入りそうな大きさ。魔物が料理などするのだろうか。魔物が人間をどう喰うのか、そこまでは教えられなかった。

 イメージとしては、丸かじりのような気がするが……人間が料理しているのを見て、まねているのかも知れない。もしくは、そういうことをするだけの知能があるのか。

 魔物がどういうつもりであれ、あの鍋で何かを作り、リーメイをもてなしてくれるとは思えなかった。

 閉じ込められている訳じゃない。手足も縛られたりしていない。この魔物のレベルがどうであれ、このまま横たわっていては明るい未来などなさそうだ。

 リーメイは落ち着けと自分に言い聞かせ、身体中にそっと力を込めて特別痛い部分がないことを確認した。

 足をひねった様子はない。地面に着けて身体を支えれば痛みが走るかも知れないが、足首は普通に動くから逃げることはできるはず。いや、動物は死に直面すれば、逃げるためなら何でもありだ。

 どうにか起き上がり、食人鬼がこちらを向かないうちにリーメイはその場から離れようとした。足に痛みは走らないから、他の部分はどうでも、これなら逃げられる。

 リーメイはそっとその場から離れようと、静かに動いた。

 だが、何かが動いた気配を感じたのだろう、食人鬼がこちらを向く。

「んー、エサが、どこに行くつもりだぁ」

 ひどく間延びした声だが、その顔はリーメイを絶句させるのに十分な(みにく)さだった。

 鈍く金色に光る目は顔の半分近くを占める程に大きく、鼻はあぐらをかき、口はお約束のように耳まで裂けている。

 さらにその口の中には、人間の肉を噛み切るのによさそうな歯がずらりと並ぶ。肉どころか、あれなら骨まで簡単に砕けそうだ。

 見付かっては仕方がない。相手がどんな力を持っているのか、今は知りようもないが、とにかくできる限りのことはやらなければ。

 少なくとも、自分は魔法が使える。(おび)えるだけしかできない、普通の少女とは違う。

 リーメイは自分の身体以上に大きな力の玉を、素早く食人鬼へ投げ付けた。ダメージの有無や大小はともかく、相手がわずかでもひるんだ隙に逃げるつもりだった。

 ゼキやカーデュがいる所はわからないが、今はとにかくここを離れなければ。

「あー?」

 だが、食人鬼はリーメイの放った力を、いとも簡単にその手で跳ね返してしまう。まるで飛んで来たハエを手で振り払うかのような、何でもないようなしぐさだ。

「なっ……」

 放った力は、あろうことか真っ直ぐリーメイに返ってきた。弾かれたのを見て、すぐに防御の壁は張ったのだが、自分が放った力に負けてしまう。弾き返された分の勢いがついて、衝撃が大きくなっていたかも知れない。

「きゃあっ」

 出した壁はあっさり破られ、リーメイは腹部にその力を受けた。勢いは衰えず、さらに身体が飛ばされて後ろにあった木に激突する。

 そのまま崩れ落ちるようにして、リーメイはその場に座り込んだ。

「おっとっと。あんまり身体を傷めたら、味が、お、落ちちまう」

 言いながら食人鬼がリーメイへ近寄り、人間の頭など簡単にわしづかみにできそうな手で、彼女の細い腕を掴んだ。リーメイの身体はまるで壊れた人形のように、力なくだらんとしている。

「い……いや……」

 今の一発は、かなり強烈だった。それが自分の力だということが、とても皮肉だ。

「ひ、久し振りの、女の肉だぁ。肉は、生が一番だよなぁ。ほ、骨はちゃんと煮込んで、スープをとってから、ゆっくりかじって、やるからよぉ。安心しな。オ、オデは残さず喰うからなぁ」

 そんなことを詳しく説明されても、ちっとも嬉しくない。残さず食べてもらえる、と誰が喜ぶのか。

 やだ……恐いよ。……ゼキ……助けて……。あたしが……あたしが消えちゃう……。

 身体の痛みと恐怖で、涙が流れる。もう自力では逃げられない。さっきの衝撃で身体がしびれ、立ち上がれない。自分で自分の力を奪ってしまった。

 あの日のように、そう何度も都合よく助けが現れるはずがない。遠慮なく腕を掴んだ盗賊の手を振りほどいてくれるような、自分をこの場から逃がしてくれるような助けが現れるなんて、あるとは思えない。

 ここはどこなんだろう。気絶させられてからどのくらいの時間が経ち、どこまで運ばれたのか。

 ゼキやカーデュは、連れ去られたことにいつ気付くだろう。気を失っていたから、道標(みちしるべ)になるものも残せなかった。山の中で人間を捜し出すなど、困難だ。

 絶望感が心を占め、また涙が流れた。

「おいっ、そこのデカヅラ! 今すぐ、その子を放せっ」

 鋭い声が耳に響き、都合のいい夢を見ているらしい、とリーメイは思った。まだ一週間も経っていないのに、そうそううまい話が続いて起こるはずはない、と。

「何か喰いたきゃ、クマでも喰ってろ。その子に手を出すことは、俺が許さない」

「こっそり連れて行くなんて、いい根性しているね」

 声ははっきりと、リーメイの耳に飛び込んでくる。夢じゃない。

 たった今、望んだことが現実になった。ゼキが、そしてカーデュが助けに来てくれたのだ。リーメイを取り戻しに。

「う、うるせぇなぁ。わめくなら、お、お前らから、喰ってやるぅ」

「あうっ」

 食人鬼はリーメイを放り出した。リーメイは地面へまた投げ出され、その痛みでますます動けなくなってしまう。

「てめぇ……リーメイに何しやがるっ」

 ゼキは剣を振りかざすと、食人鬼へ斬りかかった。だが、その刃は何も持たない食人鬼の手で受けられてしまう。

「なにっ」

 どうやらその手は(はがね)のように堅いらしい。柱にでも斬り付けているようなものだ。

 ゼキはすぐに引くと、今度は剣に魔力を込め、もう一度斬りかかる。それでも、ゼキの刃は食人鬼に傷を付けられない。

「くそっ。そこらの岩だってもう少し傷ができるぞ」

 今度は食人鬼が反撃に出た。手を振り回し、ゼキを殴り付ける。図体は大きいくせに、振り回すその手のスピードは速い。

「うわっ」

 逃げ切れずに、魔物の腕がゼキの左半身へ叩き付られた。腕が太く、当たる面積が大きいので、刀や棒ではなく、盾にでも殴られたような広範囲の衝撃が襲う。

 張り飛ばされ、倒れても勢いが止まらずに身体が地面を滑った。

「ゼキ! ……やってくれるね」

 カーデュが呪文を唱える。それを聞いて、リーメイは自分がさっきやった魔法と同じことを、彼がやろうとしているのがわかった。

 ダメ、カーデュ。その魔法はダメよ。弾き返されるわ。やめてっ。

 リーメイは警告したいのだが、さっき放り出された時の衝撃が強すぎて声がまともに出ない。首を振ろうにも身体全体が動かないし、動いたとしても魔法に集中しているカーデュが気付くことはまずないだろう。

 リーメイが心の中で叫んでいるうちに、カーデュは呪文を唱え終わり……やはり魔物に力を弾き返され、さっきのリーメイと同じ目に遭ってしまった。

 しかも、彼はかなり大きな力を放ったらしい。それでも魔物には通じず、受けた衝撃は彼女の倍近くにもなるだろう。

 リーメイより強い壁を張ったようなのでまともに食らうことはなかったが、それでも無傷とはいかないはず。

「へっ……手応えあるじゃねぇか」

 カーデュがやられたのを見て、ゼキが立ち上がる。左腕に力が入っていないのは、リーメイが見ていてもわかった。さっき攻撃を受けたせいだ。

 骨は折れていないようだが、衝撃は生半可なものではなかっただろう。両手で剣を持っているが、左手はほとんど添えているような形でしかない。

 今度は慎重に、だが素早く攻撃をするゼキ。腕は堅いとわかっているので、他に剣が通用しそうな柔らかな場所を探って胴や足、頭を狙う。

 しかし、刃が当たる場所全てが、腕と同じように堅い。小気味いい音がして、剣が跳ね返るのだ。わずかにすり傷ができる程度で、大したダメージにはならない。

「ちぇっ。頑丈な奴だな、ったく」

 ダメージを与えられないのも腹が立つが、相手がまともな防御すらせずに平気な顔をしているのを見ると余計に腹が立つ。

 そのくせ、反撃されるとこちらのダメージは大きいのだ。ただ手を振り回すだけなのに。

「ゼキ、離れろ」

 どうにか復活したカーデュが怒鳴り、ゼキは後ろへ飛びのいた。その途端、食人鬼の上から火にかけていた大鍋の湯がざざっと降ってくる。もちろん、カーデュが魔法でやったのだ。

「あーちぃーいー」

 食人鬼が悲鳴を上げた。沸騰していた湯をかけたのだから、冷たくはないだろう。

 だが、喜ぶのは束の間のことだ。顔や腕など多少は赤くなっているが、火傷(やけど)をしたような痕はまるでない。この相手はあきれる程丈夫にできている。

「ちっくしょう……何て野郎だ」

 こんなに強い魔物が現れるとは、予想外だった。剣も魔法も歯が立たない。ここまで自分達の力が通じないとは。こんな魔物が出るなんて話は聞いていない。

 でも、何か弱点があるはずだ。ただ……それを探す時間が今はない。

 表情は変わらないのだが、やはり熱湯攻撃を受けたことで怒ったらしい。食人鬼は(うな)りながら腕をまた振り回し、その(たび)に衝撃波が二人を襲う。風の力が、見えないかたまりとなって飛んでくるのだ。

 外れた風の力は、周囲の木を次々になぎ倒した。言葉遣いを聞いている限り、魔法を使うだけの知能はなさそうだから、これは魔法じゃない。食人鬼は腕を振り回すだけで、これだけの風圧弾を生み出しているのだ。この魔物の長く太い腕は、見かけだけではない。

 余波で地面の小石や枯れ枝が宙に舞い上げられ、視界を悪くする。最初はそれでも逃げていたが、次第に身体に当たる数が増えていった。二人共すでに攻撃を受けているので、いつもの素早さが落ちているのだ。

「うわっ」

 カーデュが避け切れず、その力に飛ばされた。身体が浮いたかと思うと、木に激突する。

「カーデュ!」

 それを見たゼキが叫ぶ。その直後、ゼキは大きな力を身体に受けた。ほんの一瞬、カーデュの方を見ただけで、ゼキも逃げ(そこ)なってしまったのだ。

 前身を無数の拳で殴られたみたいに思える。そのまま身体は宙に浮き、次の瞬間には背中に強い衝撃を感じた。カーデュと同じように、木に叩き付けられたのだ。

 どちらもかろうじて気絶はしていないが、すぐには動けない。二人とも、満身創痍(そうい)だ。

 ダメなの……? 人間の力では、この魔物に勝てないの? 人間の力では……。

 横たわったままその様子を見ていたリーメイは、きつく拳を握った。

 もっと魔力があれば。もっと力があれば。いや、それ以前に、こんな魔物に自分が捕まったりしなければ。自分のせいで、ゼキやカーデュまで巻き込んでしまった。

 そう思うと、悔しくて涙が出る。

「へへへー。み、みんな喰ってやるぞぉ。も、もう一度、湯を沸かしてぇ、スープとる準備、するからなぁ。エサ、増えたぁ」

 嬉しそうに、転がった大鍋を引きずってくる食人鬼。どこかへ水を汲みに行くとして、その間に逃げられるだろうか。

「何が……準備だよ。ふざけんな」

 無表情に喜ぶ食人鬼にゼキが毒づくが、この格好では何を言っても様にならない。何とかひざ立ちしているものの、そこから立ち上がることもできないでいるのだ。

 ゼキはつばを吐いた。口の中が切れたせいで、ほとんど血で真っ赤だ。

 往生際が悪いと言うか、手にはまだ剣を持っている。あれだけ飛ばされても、武器だけは離さなかったようだ。

 だが、手に力がほとんど入らない。こんなことでは、どうにか立ち上がって向かって行けたとしても、相手に一度剣を叩き付けただけで落としてしまうだろう。

 何か手立てはないか?

 ゼキは近くで同じように倒れているカーデュを見るが、その表情にこれという作戦はなさそうだった。

 沸騰した湯をかけても、平気でいる。火や水の魔法では、太刀打ちできないだろう。風を起こしても、かまいたちくらいで切れるような生易しい皮膚ではなさそうだ。地割れを起こしたくらいで、何か進展があるとも思えない。魔法は使えなくても、抗魔力や防御力が桁外れに強すぎるのだ。

 何とかリーメイだけでも逃がさないと……リーメイは……。

 ゼキがそう思って、視線で彼女を捜そうとした時。

 シュンッという、風を切る音が聞こえた。どこからか、何か飛んできたのかと思っていると、いきなり食人鬼が山全体に響き渡るような大声で悲鳴をあげる。

 驚いたゼキがそちらを見ると、何か得体の知れない物が地面に落ちていた。よく見ると腕だ。

 それは間違いなく、ゼキとカーデュを苦しめた食人鬼の長く太い腕だった。人間の子ども程に大きい。

「て、手がぁー! 手がぁー! オ、オデの手がぁー!」

 食人鬼の左腕が付け根からスッパリと斬られ、鮮血が(したた)り落ちていた。

 カーデュがやったのかと彼の方を見るが、ぼくじゃない、というように首を横に振る。

 ゼキはもう一度そちらを向くと、その傷口を押さえてわめく食人鬼の後ろに、リーメイが悠然と立っていた。

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