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山の魔物

 三日を(つい)やして、ゼキ達はジュカの森を無事に抜けた。

 だが、森を抜けても、今度はガントの山が持っている。人の足で登って下りるのに、やはり三日は費やされるのだ。

 この山はそんなに険しくはないが、やはり平坦な道とは違うのでどうしても歩く速度は落ちてしまう。

 しかも、この山はちょっとばかり物騒なのだ。ミツメオオカミやワッカグマなどの獣が出て、旅人が襲われたという話をよく聞く場所である。中には、魔物が出て命からがら逃げて来た、という人もいた。

 ここは地形よりも棲む生き物に問題があり、早く通り過ぎるに越したことはない山なのだ。

 迂回(うかい)できればいいのだが、ちゃんとした道が造られていないので、山を越えるよりさらに時間がかかってしまう。つまり、道は現在、山へ続く一本しかないのである。

 さっさと超えてしまいたいとは思っても、今は小柄な女の子のリーメイが一緒だ。長身の男のペースにはやはりついて来られないから、どうしても速度はさらに落ちてしまう。

 もっとも、そんなことはリーメイと一緒に行く、と決まった段階でわかっていること。ゼキはもちろん、カーデュも何も言わない。

 それに、急ぐ旅でもないのだから、これという支障もなかった。お使いにかかる日数は、特に制限がない。現地での滞在も含め、往復におよそ一ヶ月というのは、平均的な日数だ。

 もちろん、あまりにも帰るのが遅くなれば、心配した魔法使い長の指示で誰かが確認のために派遣される。だが、今のペースなら遅くなってもせいぜい二、三日くらいだ。

 もし道中で何かが出て来ても、それを蹴散らす自信が二人には十分すぎる程にあるから、これまた全然問題ない。

 道には大小の岩が転がっていて、少々歩きづらい所もある。だが、ゆっくり進んだので誰もケガすることなく、登って行けた。

 頂上まではまだかかるという所で、一行は足を止める。

「そろそろ休む場所を決めようか。陽もずいぶんと(かたむ)いてきたしね」

 カーデュの提案に、二人は文句なく賛成した。無理をしたところで、今日中に山を出られる訳ではない。

 平坦な所を見付け、荷物を置いた。この道を通った人が使ったのであろう、たき火の跡がある。ここなら休みやすい、ということだろう。

 休む場所を決めると、次に火を起こすための役割分担をする。

「じゃ、リーメイは火を起こせるようにしておいてくれるかい。ぼく達は(たきぎ)を集めて来るから」

「ほら、チカルも疲れたろ。リーメイと一緒に待ってな」

「きゅん」

 チカルは素直に、ゼキからリーメイの肩へと移った。

「じゃ、行って来る。すぐに戻るからなー」

 ゼキとカーデュは一人と一匹を残し、薪を集めにその場を離れた。

「水もあれば、確保しておきたいな。湧き水でもあれば、ありがたいんだけど。この辺りにあったかなぁ」

「ゼキ」

 付かず離れず歩いていたカーデュが、ゼキに声をかけた。

「ん? 何だ?」

「リーメイは……彼女は何か隠しているんじゃないかな」

 唐突なカーデュの言葉に、ゼキは目を丸くする。

「いきなり、何を言い出すんだよ」

「ゼキは何も感じないかい?」

「感じるって……?」

 カーデュの言いたいことがわからず、ゼキは首をひねる。

「ゼキの口車に乗ってリーメイは好感を抱いてるようだし、かなり打ち解けたように見えるけれど」

 相変わらずゼキの言葉に赤くなったりするリーメイだが、三日も経つとお互いの人となりも多少わかってくる。

 カーデュからすれば過度に感じるほめ言葉などはともかく、元々持っているゼキの柔らかな雰囲気に、リーメイが次第に惹かれているらしいことは、見ていて何となくわかった。

 魔法使いとしてはすごくても、彼女はまだ十五の少女だ。自分の感情を完全に隠せる程、まだ大人じゃない。第三者の目から見れば、気持ちの(かたむ)きは感じられるものだ。

「賛辞の言葉を、口車とは失礼だな」

 ゼキが反論するが、カーデュはそんなことは聞いていない。

「ぼくはどうしても、彼女に対して違和感をぬぐい切れない」

「違和感……って何だよ」

 その単語の方が、この会話の中ではずっと違和感がある。

「それがわかれば、こんなあいまいな言い方はしないよ」

 自分の感じているものが何なのか、カーデュ自身も掴み切れないでいる。

 とにかく、どこか、何か、しっくりこない。

「あのなぁ。仮にリーメイが何か隠してたって、そんなことはいいじゃないか。俺達は別に彼女の素行調査をしてる訳じゃないんだぜ。個人的な事情なんか、いくらでもあるさ。男にはわからない、女性だけが持つ悩みもあるだろうし。昔からの付き合いならともかく、会って間もない相手に根掘り葉掘り聞く方が失礼ってもんだろ」

「たまにはまともなことを言うね」

 カーデュは意外そうな顔をする。

「茶化すな」

「ごめん。……だけど、ぼくはどうしても引っ掛かるんだ。リーメイは嘘を言っていない……と思う。ただ全てを話してない。確かに、それはぼく達が知るべきことじゃないかも知れないけれど」

 何か引っ掛かった。どこで、いつ、何に引っ掛かったのだろう。覚えていない。ただ、妙に引っ掛かると感じた。

 一度気になり始めたら駄目だ。この掴みきれない違和感は、バルザッグの街へ着いてリーメイと別れるまで続くのだろうか。彼女と別れたら、結局何だったんだろう、と思って終わるのだろうか。

「何だかんだ言って、カーデュもリーメイに気があるんじゃないのか?」

「ゼキと一緒にしないでくれるかい。……も、なんて言い方をするってことは、まさか本気になったとか?」

 少し驚いた表情で、カーデュはゼキを見る。

 これまでに、ゼキが女性に声をかけることは多々あった。かけない日はないのでは、と思うくらいに。だが、下心があってのことではないし、そこから発展して色恋沙汰になったということは聞いたことがない。

 真剣に付き合いたい女性はいないのか、と一度尋ねてみたら、世界中の女性が恋人だ、という勘違いもはなはだしい答えが返ってきた。

 世界中の女性が迷惑するよ、と言い返したカーデュだが、そんなゼキが本気になりかけているらしい。

 それを知って、驚いているのだ。

「んー、本気って言うか、まだ俺自身もそこまで言い切れないけどな。でも、いい子じゃないか。かわいいし、素直だし。魔法だってなかなかのレベルだ。剣も多少なら扱えるって言ってただろ。ああいう強い女の子ってのは、今まで周りにいなかったからな。そのくせ、弱い部分も素直に見せるだろ。俺は結構、興味があるね」

「まぁ、恋愛は当人同士の自由だから、文句をつける気はないよ。ただ、彼女はまだ大人になりきっていないんだから、泣かさないようにね」

 リーメイは十五歳、ゼキは(カーデュもだが)十九歳。恋人になったとして、珍しい年の差ではない。だが、リーメイは年齢より少し幼いように感じられる。刺激の少ない村で育ったせいだろうか。

「誰に言ってるか、わかってる? 俺が女性を泣かせるはずがないだろ」

 そういう点では自信がある。

「どうだか。もしかしたら、ゼキの甘い言葉で本気になった女性が、片想いに苦しんで泣いているかも知れないよ」

 そう言われ、ゼキははっとする。

「そうか。そこまでは考えてなかったな」

「冗談だよ。ゼキが手当たり次第に声をかけていることを知れば、すぐにそんな妄想は吹き飛ぶから」

「こら、ちょっと待て、カーデュ。手当たり次第とは聞き捨てならない言葉だな」

 ゼキが断固抗議しようとした時だった。

「きゅん!」

 聞き慣れた声がして、二人はそちらを振り返った。予想(たが)わず、こちらへ走って来るのはチカルだ。

 走って来たチカルはゼキの胸に飛び付くと、何かを必死に訴えかけようと鳴く。

「どうしたんだ、チカル。リーメイと待ってろって言っただろ。……何かあったのか」

 一緒に待っているのがカーデュなら、チカルがいやがってゼキの元へ走って来たのだとわかる。

 だが、一緒にいたのは、出会ってすぐになついていたリーメイだ。そこから逃げて来るはずがない。

 チカルはゼキの腕の中から飛び出すと、元来た方へと走り出した。

「何か出たかな。戻るぞ、カーデュ」

 二人は急いでチカルを追い、リーメイを置いて来た方へと走った。

「悲鳴は聞こえなかった。それに、リーメイは魔法が使えるはずじゃないか」

「使う暇もなかったってことだろ。くそっ、何が出やがったんだ」

 ここが安全な山でないことは、わかっていた。だが、リーメイなら大丈夫だと思っていたのだ。

 複数の盗賊を飛ばすような魔法の使い手が、たかが獣の一匹や二匹で手こずるとは考えられない。

 だが、ここは魔物が出るという噂もあるのだ。もし、それが現れたのなら。

 リーメイだって、油断することもあるだろう。歩き続けて疲れていた、ということもある。

 背後から襲われて魔法を、もしくは意識を封じられたのなら。

 悲鳴が聞こえず、チカルが慌てて二人を呼びに来たのもわかる。

 そう離れていなかったので、二人はすぐに荷物を置いていた場所へ戻ってきた。だが、そこにリーメイの姿はない。

「チカル、どっちだ。リーメイはどっちへ連れて行かれたんだ」

「ゼキ、恐らくこの方向だ」

 カーデュが柔らかな地面についた足跡を見付けた。それは獣の足跡などではなく、人型だ。

 ただ、人間のものと違う点は、指が六本あるというところ。やはり、リーメイは魔物の(たぐい)に連れて行かれたらしい。

「辺りに血の臭いはしない。エサとして襲ったのなら、自分の巣へ持って帰って喰うつもりなんだろう」

「お前、こういう時にそんなことを冷静に判断するなよ」

「焦ると正しい判断ができなくなるよ。リーメイはまだ無事のはずだ。さらった奴が料理を始めないうちに、乗り込もう」

「よーし。誰だか知らないが、俺のリーメイは返してもらうぜ」

「え? いつから彼女はゼキのものになったのかな」

「うるっせぇ。細かいこと、いちいち気にするなっての。行くぞ」

 ゼキとカーデュ、そしてチカルは足跡の続く方へと走り出した。

☆☆☆

「う……」

 どさりと地面に放られ、その痛みでリーメイは意識を取り戻した。

 でも、まだ頭がぼんやりしているし、すぐには身体がまともに動かない。放り出された衝撃のせいか。

 できたことと言えば、口から小さな呻き声がもれただけだ。首の後ろがひどく痛い。

 あたし……どうしたんだっけ……。

 いつものような思考ができない頭で、リーメイはこうなる前のことを何とか思い出す。

 ゼキ達が(たきぎ)を集めてくると言って離れてから、近くにあったわずかな枯れ枝を拾って焚き火ができるように準備をしていた。

 それから、何かの拍子にふとゼキの顔が浮かんできて、自分でも驚く。

 ゼキ達と出会ってから、今日で四日目だ。しかし、この短期間にどれだけ賛辞の言葉を聞かされただろう。

 ほんのささいなことでも、ゼキが口を開けば口説き文句になるのだ。聞き様によっては、愛の告白にもとれるようなセリフすらあった。

 あれだけ人のことをほめる男も珍しい。と言うより、初めてだ。

 リーメイのいたシャスラーの村には、男はもちろんいたが、女性をほめるような人はいなかった。もしかしたらいたのかも知れないが、少なくともリーメイはそういった言葉を聞いたことがない。

 村を出たことのないリーメイにとって、男性というのは無口……と言うより、周囲にあまり関心を示さない存在だった。

 いや、それは男性に限らない。年齢も性別も関係なかった。生活の苦しさ故に、他人に気を遣い、ほめたりするような余裕が誰にもないのだ。単にそんな習慣が村にはないだけ、だったのだろうか。

 そういう環境で暮らしていたから、都会の男というのはみんなこういう感じなのか、とリーメイは最初にそう思ってしまった程だ。そして、それを真に受ける自分の方がただの田舎者なのだ、と。

 だが、同じ街の人間でも、カーデュはゼキみたいなことを言わない。どうやら二人の会話を聞いていると、ゼキが特別らしい。たまたまそういう人と出会っただけなら、そう深く考えなくてもいいようだ。

 そうは思っても、彼の言葉で何度顔がほてっただろう。ゼキにすれば別にほめている気はないのかも知れないが、リーメイにすれば聞き慣れないセリフばかりで、何度も心臓が跳ね上がる。

 ジュカの森の中でぬかるみがあり、それを飛び越える時にゼキが手を差し延べてくれた。

 それはリーメイ一人でも簡単に飛び越えられるような、小さなぬかるみ。しかし、ゼキの心遣いが嬉しくて、その手に掴まった。

 温かくて、大きな手。母とはもちろん違うが、優しい手だった。

 盗賊を二人が追い払ってくれたのを見て気が抜けてしまい、その場に座り込んだ時もゼキは手を差し伸べてくれた。

 どうして彼の手は、あんなに優しく感じてしまうのだろう。

 森の中では、その手に掴まったまではよかったが、ぬかるみを飛び越えた後に勢いでゼキの胸へ飛び込む形になってしまい……。

 その時のことを思い出すだけで、胸がどきどきする。懸命に頭の中から彼のことを追い出そうとするのだが、うまくいかない。

 一度現れたゼキの姿は、そう簡単に消えてくれないのだ。

 赤くなった顔はなかなか元に戻らない。どうしようと思っていた時に突然、チカルが大きな声で鳴いた。

 ……それから後は、わからない。首の後ろに強い衝撃があって、気を失ってしまった。

 思い出せるのはここまで。

 パチパチと、木のはぜる音が聞こえた。

 もしかしたら自分はちゃんとあの場所にいて、知らないうちに疲れて眠っていたのでは。

 そんなことを考え、リーメイはそっと目を開いた。が、現状に息を飲み、身体はますます動かなくなってしまう。

 そこには、期待していたゼキとカーデュの姿はなく……代わりに縦横が彼らの二倍はありそうな魔物がいた。

 大鍋に火をくべている後ろ姿が、否応なくリーメイの目に飛び込んでくる。形は人間に近いが、その腕の太さや長さは人間のものではない、後ろ姿なので顔はまだわからないが、髪のない頭に角があるのは横たわっているリーメイにも見えた。

 食人鬼だ。

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