同じ目的地
リーメイの話を聞くと、バルザッグの街へ向かうつもりだった、と言う。出発していきなり盗賊に囲まれるのだから、先が思いやられるところだ。
お互いの目的地が同じなら、当然方向は同じ。だったら一緒に行こうか、という話になった。
「だけど……邪魔にならない?」
「まさか。邪魔なんて、なりっこないだろ。リーメイが一緒にいてくれるだけで、俺の旅は灰色からバラ色になるんだ。こちらから強くお願いしたいくらいだよ」
「一人旅じゃないんだから、俺、の後に達を付けてもらいたいんだけれどね……」
カーデュのつぶやきなど、ゼキは聞いていない。
「だ、だけど、あなた達に比べたら、どうしたって足は遅いし……。その分、バルザッグへ着くのが、遅れるわよ」
「遅れる? むしろ、遅れる方が俺にとっては嬉しいね。リーメイと一緒にいられる時間が、それだけ長くなるんだから」
次々に飛び出すゼキの言葉に、またリーメイは赤くなる。
「だけど、あなた達は街に何か用事があるんじゃ……」
「用事? ああ、急ぐことじゃないからいいんだ。俺としては、せっかくのこの出会いを大切にしたい」
「ゼキ、役目を放棄しかかったって、戻ってから報告するよ」
いい加減あきれたカーデュが、冷たい口調で警告する。
「俺がいつ放棄した? 放り出してリーメイとよそへ行っちまう、なんてことになったら放棄だろうが、ちゃんとバルザッグへは向かうんだぜ。間違いなく、任務遂行じゃないか」
確かにそうだが、カーデュにはゼキが「仕事は二の次」にしているとしか思えない。
「リーメイ、ゼキが言ってることなんか、まともに取らなくていいからね。女性なら誰に対しても、いっつもこんな調子なんだから。真面目に受け取るだけバカを見るよ」
「相変わらず、人聞きの悪いことを言うなぁ。女性の前ではいつも本気だって、何度言わせるんだよ」
「頻繁に本気になっていたら、いざ意中の人を口説いても、いつものことだからって思われるんじゃない? そういう言葉は、ちゃんと本番の時にとっておいた方がいいと思うけれどね」
「わかってないなぁ。ったく、真面目な奴ってのはこれだから。いいか、本気の内容が違うんだよ。普段は女性を大切にしたいという気持ちから、こういう言葉を口にしてるんだ。本気の恋愛なら、そうだとはっきり伝えるさ。言葉と一緒に、この瞳でな」
「リーメイ、こういうのは放っておいて、さっさと先へ進もう。バルザッグまではまだ長いからね」
カーデュはリーメイを促して、とっとと歩き出した。
「おい、こら。置いて行くなよ。任務を放棄させてるのはお前じゃないか」
慌ててゼキも後を追う。リーメイは赤くなりながら、二人の会話を聞いてくすくすと笑った。
「仲がいいのね、あなた達」
「なぜかよく言われるよ。当事者のぼく達は、そう思っていないんだけれどね」
「そうなの? だけど、会話を聞いてると、とても楽しそうだわ」
「どうしてそう思われるのか、不思議で仕方ないよ。いつもこんな感じだけど、本当に楽しそうに聞こえるのかな」
街の人間も、双方の親も、ゼキとカーデュは仲がいい、と思っている。犬猿の仲という訳ではないが、普段している会話の内容の下らなさから、これは仲のいい人間がするものじゃない、と二人は思っているのだ。
まぁ、お互いが言いたいことを言うので、その点は気が楽だと認めているのだが。
「初めて会ったあたしがそう思うんだから、いつも聞いてる人だってそう思ってるんじゃないかしら。兄弟みたいよ」
「俺、こんな性格のひねくれた弟は欲しくないなぁ」
「こっちだって同じだよ。たかが十日早く生まれたからって、兄貴面しないでほしいね。ぼくだって、こんな女性にだらしない兄なんか、欲しくないよ」
ゼキがああ言えば、すぐにカーデュもこう言い返す。
「だらしないって何だよ。俺は声をかけるだけで、やましいことは絶対にしてないぞ」
「まぁ、証拠はないから、どうとでも言えるよね」
「ちぇっ……。幼馴染みだからって、仲がいいとは限らないのに。絶対に周りの連中は、何か誤解してるよな」
「ぼくもそう思うよ」
「へぇ、気が合うな。こういう意見は」
「ほら、やっぱり仲がいいのよ」
「リーメイが言うなら、そういうことにしておこうか」
「……十九年の会話を、それで着地させるつもり?」
「続けたって不毛なだけだろ」
ゼキは会話の相手をリーメイに変えた。
「リーメイは兄弟はいないのかい?」
「あたしは一人っ子よ。幼馴染み……みたいな人は村に何人かいたけど、そんなに親しくなかったわ。ゼキとカーデュの関係がうらやましいな」
「うーん、いないよりはいた方が、時間つぶしができていいかな……。俺も兄弟がいないから、兄貴がいたらよかったのにってのは、ガキの頃よく思ってた」
カーデュには八つ離れた兄がいる。子どもにとっての八つはとても大きい。こちらが腕白盛りの頃には、向こうはもうすでに大人の雰囲気で、とても頼りになりそうに思えた。
加えて弟思いな兄だったので、一人っ子のゼキにはカーデュがとてもうらやましかったし、今でも相談したい時にいてくれたら、と思うことがある。ゼキは早くに父親を亡くしているので、なおさらそう思った。
「ところで、リーメイはどこで魔法を覚えたんだい? さっきのはずいぶん大きな魔法だったけれど」
「うんうん。あれは本当にすごかったよな。久し振りにスカッとする魔法を見たぜ。あの人数を一発だからな」
「あたしの母が魔法使いだったの。魔法は母から教わったわ」
「なるほど。でも、どうして水を使ったのかな。飛ばすのなら、風だけでいいはずだけれど」
十人以上の男と、同じ数の馬を飛ばしてしまった。しかも、風ではなく水だ。
森のそばだから、木が育つための水が地下を流れているだろう。だが、それを利用したとしても、渦巻きで飛ばすには風より強い力が必要だ。もちろん、術を使いこなす技量もいる。
魔法の習得に不真面目なゼキには、難易度の高い技だ。カーデュならできるだろうが、川や湖のそばでもないのにあれだけ大量の水を必要とする魔法など、あまり使おうとは思わない。
強い魔物相手ならともかく、人間相手ならそこまで強い魔法にする必要はないだろう。悪く言えば、魔力の無駄遣いだ。
「……わからない。あたしもあまり意識してなくて。気付いたらって感じ。考えなしだって母に良く言われたけど。でも、ちょっとは頭を冷やせばいいのよって思ったから、あんな魔法になったんだと思うわ。それに風だけだと、飛ばされてる途中にかまいたちで切れたりするかも知れないでしょ」
「優しいなあ。自分を襲って来た相手をここまで気遣うなんて、そうそうできないぜ。リーメイは天使だよ。いや、女神にだってなれるよな」
溺れる可能性がある……とカーデュは思ったが、黙っておいた。どうせゼキはスルーするだろうから。
「や、やだ。あたしのは単に勢いだけよ。そんなにすごいことじゃないわ。それを言うなら、あなた達の方が優しいじゃない。盗賊を傷付けたりしなかったもの」
ゼキは剣を抜かなかった。カーデュは言わば、向かって来た相手を風で押し倒しただけ。
ゼキは多少、手や足が出たりもしたが、それは自分の身を守るためだから仕方がないこと。先に手を出してきたのは、あちらなのだ。
二人がその気になれば、盗賊の命を奪うこともできたが、しなかった。あくまでも追い払っただけだ。
「大した理由なんか、どこにもないぜ。同じレベルで相手をしてやる程でもないし、あんなむさっくるしい奴を殺しても、寝覚めが悪くなるだけだろ。第一、女性の前で刃傷沙汰なんて、やりたくないからさ。ただでさえうっとうしい顔の連中なのに、そこでさらに血なんか流して、女性に不愉快な思いをさせたくない」
「だけど、リーメイはあんな簡単に奴らを飛ばせるんだろう。魔法のレベルは高いようだし。だったら、ぼく達が割って入らなくてもよかったんじゃないかな」
もしあの場にゼキ達が通り掛からなかったとしても、それならそれでリーメイは間違いなく自力で危機を回避できたはずだ。それだけの力が、彼女にはある。
「バーカ、何言ってんだよ。あんな状況が、しかも俺達の進行方向で起きてるんだぞ。素通りできるはずがないだろ。たとえその人がどんなに魔法や技に長けていても、それが女性なら助けるのが礼儀だ」
「手を出すことで、返って迷惑になる場合だってあると思うけれど?」
「それは時と場合だ。確かに、自分だけで十分なのに男に助けられてプライドを傷付けられる、なんていう女性もごくたまにいたりする。が、ああいう場面で助けに行かないのは、男としてのプライドが許さない」
「言いたいことはわかる気がするけれど、それってプライドの問題かなぁ」
「あ……あたし、助けてもらって嬉しかった。改めてお礼を言うわ。ありがとう。ゼキ、カーデュ」
二人の話が平行線になりそうだと思ったのか、リーメイが口をはさんだ。
「大したことはしてないけど、リーメイのお役に立てたのなら、俺は嬉しいよ」
「困った時はお互い様だからね。本当に困っていたかはともかく」
「急にあの盗賊が現れて囲まれた時、それはそれでびっくりしたんだけど」
人気がなくて淋しいな、と思いながら歩いていたら、どこから現れたのか盗賊が目の前にいて、次の瞬間にはもう囲まれていた。
人がいなくて淋しいとは思ったが、だからと言ってこんな男達に囲まれたくない。
「あたしね……肩を掴まれた時、本当はすごく怖かったの。それを顔に出したりしたら、絶対に相手をつけ上がらせるだけだと思って、必死に睨んでたけど。ゼキがあの男の手を振り払ってくれてよかった。あのままだったら、自分が自分じゃなくなりそうで」
「……」
「そりゃ、女の子があんなでかくてむさい奴に四方を囲まれちゃ、怖くないはずないよなぁ。大丈夫だ、俺がそばにいるうちは、二度とあんな奴を近付かせやしないから。男は女性を守るために存在するんだ。頼りにしてくれていいぜ。……何か言いたそうだな」
横でカーデュが、白い目でゼキの方を見ている。
「別に。二人っきりならともかく、第三者がいる前でよくそれだけのセリフが出るものだなぁって」
どうやらゼキに「照れる」という感情はないようだ。きっと「気恥ずかしい」といった言葉も、辞書にはない。
「真実の言葉を口にするのに、そこに誰がいるかなんて問題じゃないからな」
「まぁ、ゼキがどんな言葉を口にしようと構わないけれどね。何事も潮時ってものを知らないと、そのうち本当にリーメイが溶けてなくなるよ」
ゼキのセリフで、リーメイはまた耳まで真っ赤になっていた。
「俺に黙ってろってか?」
「それは無理だと思うけれどね。しばらく静かにしておいた方が、彼女のためだとは思うよ」
ゼキの肩にいたチカルが、リーメイの肩へ乗り移り、彼女の顔に自分の顔をすり寄せた。
「あら……心配してくれてるの? あたしは大丈夫よ、チカル」
リーメイがなでてやると、チカルは気持ちよさそうに小さく鳴いた。それを見て、ゼキが軽く首を傾げる。
「本当に不思議だよなぁ。俺のおふくろになれてきたのだって、つい最近だぜ。老若男女問わずなつかなかったチカルが、こうしてリーメイになついてるのを見てると、夢みたいに思えてくるよ」
「こーんなに人なつっこい子なのに? 何か気に入ってくれたのかしら。あたし、動物って家畜くらいしか触れたことがないけど、こうしてすり寄ってくれると嬉しいな」
黒髪の少女と、真っ白な毛の小動物。端から見ていると、とても絵になる。
「ところで、リーメイはバルザッグへは何をしに?」
お互いの目的地は話したが、目的はまだ話していない。
「え……」
カーデュの問いに、ふとリーメイの表情がかたくなった。
「俺達はさ、魔法使いのお使い。こう言えば、何かありそうに聞こえるだろうけど。実のところは単なる荷物運びなんだよな。大した重量じゃないけど、馬が使えないってのはやっぱり不便でさ。リーメイは何か買い物? あの街は珍しい魔法道具なんかも多いし」
バルザッグには他の街では見られない、変わったものや強力な魔法道具が手に入る。そのため、薬草とは関係なしに、バルザッグの街へ行く魔法使いも割りと多いのだ。
ゼキとカーデュも、バルザッグ行きについては今回が初めてではない。
「え、ええ。あたしは……バルザッグにある社の人に、頼みたいことがあるの」
「あれ。じゃあ、最終目的地も同じじゃないか。俺達も社へ行くんだ。そこにしか生えないラトラニーロ草って薬草をもらいにね。社に知り合いでもいるのかい?」
「そうじゃないわ。あたし、今までシャスラーの村から出たこともないし」
魔法使いのつてがあるのかと思ったが、そういうのではないらしい。
「村から出たことがない? じゃ、こうして出て来て、親父さんやおふくろさんが村で心配してるだろう。いくら魔法が使えても、女性の一人旅には違いないんだし」
「父はいないの。顔も名前すらも知らないわ。母は……三日前に亡くなったの。あたしは本当に一人って訳」
世間話のように、リーメイはあっさりと自分の境遇を語った。
「そうか……。でも、リーメイは一人じゃないぞ。ここに俺がいるだろ。チカルだって。カーデュも一応いるんだし」
「ぼくは一応なのかい?」
「そんな細かいことですねるなよ。リーメイ、一人だと思っても、周りを見てみれば人は結構いるもんだぜ。本当の一人なんて、そう滅多になるもんじゃないんだ」
「うん……そうね」
リーメイの目が潤んだように見えたが、すぐにうつむいたのでよくわからなかった。
「けどさ、俺がリーメイの親父さんじゃなくてよかったと思うよ」
「何だい、唐突に」
「だって考えてもみろよ。こんなかわいい娘の姿を見られないなんて、とんでもなく不幸じゃないか。そばにいたらいたで、心配でたまらなくなるだろうしな」
「確かにね。ゼキみたいな悪い虫がついたと知ったら、ぼくならすぐに強力な殺虫剤を調合するよ」
「おいっ」
二人の会話に、リーメイは声をたてて笑った。