自己紹介と敗者復活
「そういうくだらないことを言うから、余計に怒らせたじゃないか」
剣をぎらぎらさせる男達を見て、カーデュが不機嫌な口調でゼキに抗議する。
穏便に、とはいかないと思っていたが、わざわざ場の空気をさらに悪くさせる必要はないはずなのに。
「俺の言葉を聞いてなかったのか? 本気だって言ったろ」
「はいはい」
カーデュはゼキの言葉をさらっと受け流す。状況は緊迫しているはずだが、二人の会話はいつもと変わらない。
「気のない返事だな。あ、おっさん。俺はもう十九だぜ。来年二十歳。若造までは何とか受け入れても、この歳でガキ扱いはされたくないな」
「うるっせぇ!」
一人目がゼキに向かって剣を振り下ろした。一切の容赦なし。完全に殺すつもりだ。
が、ゼキはあっさりと柄でそれを受け止める。ゼキにとっては、みえみえの太刀筋だ。
軽くいなして相手が体勢を崩すと、みぞおちを蹴り上げる。向こうが容赦なしだったので、こちらも手加減(足加減?)なしだ。
無様なうめき声を出しながら、男は崩れて膝をついた。
「はい、お次は?」
言った途端、次の刃がゼキを襲う。だが、それもあっさりよけてしまうと、がら空きになった背中に剣を叩き付けた。男は前のめりに転ぶ。
次に心臓を狙って突き出された刃を、身体をひねってやり過ごした。伸びて来たその腕を、脇ではさみ込む。手首を叩いて相手の剣を落とし、裏拳で顔を打ち、振り返り様に回し蹴りをお見舞い。
「あれ、四人いたよな?」
男の顔など覚える気もないが、人数だけはちゃんと把握していたゼキ。順番でいけば、もう一人残っているはずだ。
「そういう物騒なものを、ぼくに向けないでもらいたいね」
最後の一人は、ゼキではなくカーデュを狙っていた。
味方が次々に倒されてゆくのを見て、形勢不利とみなした男は剣を持っていないカーデュを襲う。人質にし、ゼキの動きを止めようと考えたのだ。
人質なら少女の方が手に入りやすいと思われるが、新たに現れた二人に集中していた。それに、間違いなくゼキの同行者だから、人質の効果があると考えたのだ。
しかし、彼の不幸は、カーデュが魔法使いだと知らなかったことである。
「甘く見られたな。ぼくなら勝てるとでも思った?」
カーデュは突風を起こし、男の身体は地面に倒れて二転三転する。どうにか立ち上がるが、何が起きたかわからないショックと、目が回ってしまってふらふらになっていた。
「この……ガキがぁ……」
最初にゼキがみぞおちを蹴り上げた男が、どうにか復活して向かってくる。
「しつこいな。ガキじゃないって言っただろ。二度も言わせるな」
単なるののしりとわかっていても、やっぱり気分が悪い。
ゼキは相手の攻撃をかわすと、首の根元に剣を打ち下ろす。男は今度こそ意識を手放し、地面に倒れた。
「おい、そこらに転がってる三人。この気絶したおっさんを連れてさっさと消えろ。またこのお嬢さんの前に現れたら、今度は俺も抜いて相手をするからな」
今日は日が悪いらしい。大したことはないと甘く見ていた相手は、剣を抜くことすらなく自分達を叩きのめした。これで本当に剣を抜かれたりすれば、ただでは済まない。
鋭い瞳に射抜かれ、あちこちさすりながら男達は気絶している仲間を担ぐと、森の奥へと逃げて行った。
「ケガはないかい?」
怖さを隠して必死だったのだろうが、盗賊達が去って気が抜けたらしい。少女はその場に座り込んでいた。
そんな彼女に、ゼキは手を差し伸べる。
「あ……どうもありがとう」
少女はその手に掴まって立ち上がり、礼を言った。
「あの程度の連中なら、全然問題ないよ。かわいい女性のためなら、いつでも馳せ参じよう。俺はディミアッドのゼキ。美しい黒髪のお嬢さん、きみの名前を教えてもらえるかな」
「本当に聞かれなくても自己紹介してる……」
横でカーデュが感心していた。こういう行動でも、有言実行と言っていいのだろうか。
一方、名前を尋ねられた少女の方は真っ赤になっている。その様子では、ゼキのようなセリフ回しに慣れていないらしい。
「シャスラーの……リーメイ」
少女はそう名乗った。
「シャスラー……ここへ来るまでに通った村だな。そうか。あの村にはきみがいなかったから、淋しく感じたんだな。やはりどこの村や街にも、華となる女性は存在するんだ」
「あ、あたしは華なんかじゃ……」
ゼキの言葉に驚き、リーメイは首や手を振りながら慌てて否定する。
「リーメイ、きみが華じゃなければ、誰が華になるんだ? 俺はあの村を通って……もちろん村人全員を見た訳じゃないが、きみ程に透き通った瞳の女性はいなかったぜ」
「そ、そんな……」
ほめられまくったリーメイは、耳まで赤くなっている。
「はい。いい加減、そのあたりでやめておこうねー」
カーデュがゼキの耳を引っ張った。
「いっ……。何するんだよ」
「見境なく口説くのはやめろよ、ゼキ。このまま口説き続けたら、この子、蒸発するぞ。それと、必要にかられて仕方なくやったけれど、一人はぼくが退けたことを忘れないでもらいたいね」
「紹介してもらえなかったからって、いじけなくていいだろ」
「誰がいじけてるって?」
二人がいつものようにそんなくだらない会話をしている横で、チカルがリーメイの足下にすり寄って行く。それを見たリーメイの顔が、ぱっと明るくなった。
「きゅん」
「わぁ、かわいい。ねこ? にしては、耳が長いわね」
リーメイはひょいとチカルを抱き上げた。だが、チカルは逃げたり怒ったりしていない。
「ああ、そいつはネコウサギだけど……チカルが人になつくなんて」
今までが今までだっただけに、ゼキもカーデュもその様子に驚きを隠せない。毎日のように顔を合わす人にさえなれなかったチカルが、初対面の少女に甘えているのだ。ゼキ以外に触らせたことのない、細長いしっぽに触られても怒らない。
「あら、こんなになれてるのに。この子、そんなに人見知りするの?」
「人に飼われているのに、人間嫌いなんじゃないかと思うほどにね」
「このカーデュなんて、最近になってようやく触れるようになったんだ。それだって、すぐに逃げるしな。抱き上げるなんて、とんでもないよ。そうか。やっぱり、チカルは魅力的な人間にしかなつかないんだ」
「また言ってる……」
カーデュは反論するのもバカらしくなってきた。
「ネコウサギって、初めて見たわ。耳が少し長い以外、ほとんどねこっぽいのね」
「誰が付けたんだろうなぁ、その名前。雑すぎるだろって、いつも思うよ」
「適当っぽいわよね。でも、かわいい」
リーメイになでられ、気持ちよさそうに目を閉じていたチカルだが、急に目を開けて背中の毛をまた逆立てた。
「え、どうしたの」
チカルの急変に、リーメイが戸惑う。ゼキとカーデュは、すぐに周囲を見渡した。
チカルが毛を逆立てるということは、また誰かのよくない感情が近くにあるのだ。今の場合、それが誰かは予想しやすい。
「……蹄の音がする。ゼキ、どうやら彼らはおとなしく帰るつもりがないみたいだよ」
「やれやれ。何を意地になってんだか。てめえの実力を知れってんだ。引き際を知るのも、生き残る手段だぞ。どうしてわざわざ敗者復活戦なんてやろうとするかなぁ」
こちらへ向かって来るのは、さっきの盗賊だ。懲りない連中はゼキ達に報復するため、仲間を増やして戻って来たのだ。近くに仲間が隠れていたのだろう。
ああいう連中が逃げるのに徒歩のはずがないよな、とはゼキも思っていたが、どこかに馬を隠していたのだ。
「しつこいのっていやね」
「だってさ、ゼキ。彼女の言葉、よく聞いておくんだよ」
「俺のことじゃないだろ。俺がいつ、しつこくした?」
「おのれの行動を自覚するのも、生き残る手段だと思うけれど」
「勝手に俺の言葉を引用するなよ」
「引用って程のものじゃないだろ」
そんな場合ではないはずだが、くだらない会話が続く。
「自覚どうこうじゃなく、しつこくしてないっていうのは事実だぞ」
「しつこいかどうかは、個人の感覚によるんじゃないかな」
そんなことを言ってるうちに、蹄の音はあっという間に近付き、ゼキ達三人を囲んだ。
ざっと見て、さっきの三倍以上の数はいそうだ。しかも、全員馬付き。大男ばかりなので、急にこの周囲の空間が屋外にもかかわらず狭くなったような気がする。
何にしろ、これだと走って逃げることはまず無理な状態だ。
「いよぉ、坊っちゃん、お嬢ちゃん。さっきは遊んでくれてありがとよ。今度は俺達が遊んでやるぜ。そのために、友達も連れて来てやったからな」
さっきゼキにのされた男が、数の大きさに絶対的な自信を持ってこちらを見下ろす。馬の鼻息に混じり、品性のかけらもないひねた笑い声が聞こえた。
こうして見る限り、彼らは「救いようのない人間」らしい。
「どうする、ゼキ。暴れるかい?」
こそっとカーデュが伺う。
「暴れたいところなんだが、向こうで暴れてるうちにこっちでリーメイを取られるとやばいだろ。ここはとっとと吹き飛ばしてもらった方が、円満解決だな」
「彼女のために現れた救いの騎士は、ゼキじゃなかったのかい?」
「早く済ませるに越したことはないだろ」
「まったく、もう……。やるなら、最初から最後までやってもらいたいね」
この二人で行動する場合、魔法を使う時はだいたいカーデュの担当になる。
ゼキも一応の肩書きは魔法使いだが、強い魔法ならカーデュの方が確実だ。
「へへっ、どうした。逃げる相談でもしてるのか? まぁ、俺達から逃げられはしないがな」
二人がこそこそ話しているのを見て、男はにたにたしている。
カーデュが魔法使いとして高い実力を持っていることを、初対面なので当然だが彼らは知らない。さっきは仲間が転がされてしまったが、油断したからだと思っていた。
それに今度は大勢いる。誰かがやられている隙に、他の仲間がカーデュを襲ってしまえばそこまで、と安易な計画を立てていた。自分達の勝利を信じて疑わない。
「冗談じゃないわ。どうしてあたし達が逃げなきゃいけないの?」
ずいっと前に出たのは、リーメイだ。
さっきまでゼキの言葉であんなに赤くなっていた彼女はどこへやら。今はひどく冷めた目付きになって、盗賊達を見回す。
「よぉ、お嬢ちゃん。強がりもそこまでだぜ。この人数に馬までいるんだ。これからどうするつもりかなぁ。へへ、おじさん達を楽しませてくれや」
馬上からいやらしい笑いを浮かべている男を、リーメイは睨んだ。
「せっかく彼らが逃がしてくれたのに。自ら戻って来た愚行を反省するのね。頭を冷やしなさいっ」
リーメイが叫んだ途端、彼女を中心にして渦巻きが現れた。
竜巻ではない。確かに目の前で水が流れ、その渦巻きの中にゼキ達を取り巻いていた盗賊達が、馬もろとも巻き込まれているのだ。
中央にいるゼキ達を除き、全てが飲み込まれていた。
「……あれは頭だけじゃなく、全身が冷えるだろうなぁ」
「悪人とは言え、溺れて本当に冷たくならなきゃいいけれどね」
ゼキもカーデュも、まさかこの少女が魔法使いだとは思わなかった。しかも、腕がいい。
あんなさびれた村に、こんな力のある魔法使いが存在していたとは。今まで彼女の噂がディミアッドの街まで流れてこなかったことが不思議だ。
彼らが呆然と見ているうちに、盗賊達を飲み込んだ渦巻きは宙へと浮かび上がる。森の上空まで行くと、そのまま北の方へと飛んで行った。
「あいつら、北の方から来ていたのね。元来た方へ行くようにしておいたの」
軽く肩をすくめて笑うリーメイ。そのしぐさは、たった今十人以上の男とその馬を飛ばしてしまった少女のようには見えない。
「すごいな、リーメイ。あれだけのことを簡単にやってのけるなんて、見惚れてしまうよ」
ゼキは素直に感想を述べた。口説き文句ではなく、本当に思ったことだ。
「ありがとう。えっと……女が一人で旅をするんだから、これくらいは当然よ」
少し赤くなりながらもにっこり笑い、リーメイはそう答えたのだった。