盗賊と少女
道に迷うことはない。西へ伸びる道は一本しかないからだ。
この道は、行商人や過去にバルザッグの街へ赴いた魔法使い達が歩いた道。間違いなく、ゼキとカーデュの目的地へつづいているのだ。
「ずいぶん、淋しい村だよなあ。ディミアッドからそう離れてる訳でもないのに、やけにさびれた感じでさ」
ディミアッドの街を出発してから、早五日。
西へ向かって進んだところにある小さな村は、どこも話に聞いて想像していた以上に活気のない村だった。
もちろん、女性もいるにはいたのだが、ゼキが声をかけても顔どころか視線すらもよこさない。誰も村を通り過ぎる二人になど目を向けず、疲れ切ったような顔で畑仕事を黙々としている。
それ以上声をかけるのもはばかられ、カーデュに引っ張られたこともあって、ゼキはその場を通り過ぎた。
「自分達の生活を保つだけで大変なんだ。気持ちに余裕がなきゃ、笑うこともできなくなる。ゼキみたいにふらふらしていられないんだよ」
「おい、誰がふらふらしてるんだよ。失敬な奴だな」
「そうかな。ぼくとしては、的確な表現をしたつもりだけれど」
「けっ、言ってろ」
相変わらずの会話を交わしつつ、ディミアッドの街から西へ進んで三つ目の村、シャスラーを過ぎると、やがてジュカの森が見えてくる。自分達以外に人を見るのは、さっき通り過ぎた村を最後に、しばらくおあずけだ。あとは、すれ違う行商人くらい。
「あーあ、もうバルザッグまでは人と話す機会がないのか」
「それ、失礼だね。ぼくの存在はどうなるんだい」
ゼキの溜め息混じりのセリフに、カーデュが素早く突っ込む。
「存在って程すごいもんかよ。ガキの頃から一緒だってのに、今更改まってしゃべることもないだろ。それなら、チカルと話してる方がいいよなー」
言いながら、ゼキは肩に乗っているチカルの喉元をなでてやる。
「きゅん」
チカルは気持ちよさそうに鳴いた。
「まったく……チカルも趣味が悪いよ。ゼキにしかなつかないなんてね。しかも、おとなしく留守番しないで、こんな所にまでついて来るんだから」
「チカルは俺の魅力をわかってくれてるんだよなー」
「冗談はいいから」
「冗談じゃないって」
「魅力うんぬんはどうでもいいけれど、帰る時にひっくり返ったらどうするんだい? ぼく達が馬を使えないのは、馬がラトラニーロ草の出す気に耐えられないからだって、ゼキも知っているだろ。チカルがひっくり返っても、薬草を持ってるぼく達が抱えて帰ることはできないんだよ」
チカルは黒く大きな瞳をぱちくりさせて、ゼキの顔を見る。
「馬に薬草を積むから、ひっくり返るんだろ。チカルに薬草を近付けなきゃいいことだ。帰る時にはちゃんと歩かせるから、そう心配すんなって。留守番させようにも、俺からでないとエサを喰ってくれないんだから仕方がないだろ。俺が戻って来る頃には、チカルが餓死しちまう」
「なつく人間が少ないと、こういう時に困るね」
「まぁ、その点については俺も悩みどころではあるけど」
チカルは二年前、ゼキに拾われた。
生まれて間もなかったらしく、その時のチカルはまだ目も開いていなかった。どういう事情でか親とはぐれたらしく、森でアカギツネに襲われそうになっていたところをゼキが見付けて育てたのだ。
本来、野生のネコウサギは人になつかない。見掛けは少し大きくなった仔ねこみたいでかわいいのだが、その姿に見合わず気性が荒く、興奮すると襲いかかってくることもある。
ゼキもチカルが自分でエサを見付けられる程に大きくなれば、見付けた森へすぐに放してやるつもりでいたのだ。
それなのに、チカルはなぜかゼキになついてしまった。
鳥ではないのだから、初めて見た動くものを親だと思った訳ではないだろうが、ゼキのそばをずっと離れようとしない。エサも、ゼキからもらったものでなければ食べなかったのだ。
最近でこそ他の人が差し出すものも、ゼキが食べろと言えば食べるようになった。それでも、人が触ろうとすると怒る、もしくは逃げてしまう。
ゼキ以外でチカルに触れられるのは、今のところゼキの母親ロベリーンとカーデュくらいのものだ。
毎日顔を合わせているロベリーンはともかく、カーデュは負けず嫌いなところがあって、絶対になれさそうとしてようやく、というところ。それでも、一、二回なでるとすぐに逃げてしまう。
出発する際、ただのお使いではないのだからと、ゼキだって一応チカルを置いて行こうとしたのだ。
が、どうしてもチカルはゼキのそばを離れようとせず、ロベリーンが抱き上げようとしても抜け出してしまう。
結局、ゼキの方が根負けして、連れて来ることになってしまった。
さっきカーデュに向けた「薬草に近付けない。帰りは歩かせる」といった言葉は、半分自分に言い聞かせているようなものだ。
「チカルはゼキの何がよくって、こうも一緒にいるんだろう。真相を知りたいものだね」
「だから、カーデュなんかにはわからない俺の魅力だろ。ほんと、かわいい奴だな」
ゼキがなでると、チカルは小さな舌でゼキの頬をなめた。頬に触れる白いふわふわの毛は柔らかく、くすぐったい。
「メスだから、余計かわいいんじゃない? オスだったら、どれだけなついてもとっくに野生にかえしているだろ」
「あのなぁ。知らない人が聞いたら誤解しかねない言い方、するなよ。女の子だったら何でもいい、みたいじゃないか」
「そのつもりで言ったけれど」
カーデュの言葉に、ゼキはがっくりと肩を落とす。
「お前、昔っからかわいげのない性格してたけど、変わらないなぁ」
「ゼキは変わったよ。許容範囲が広がったというか、女好きがエスカレートしてる」
「そういう言い方、するなって。犯罪者みたいに聞こえる」
「やっかいごとが持ち上がっても、ぼくはフォローしないから。そうそう、そこまで節操なしだとは思わないけれど、子どもに手を出すのはやめておくんだね。本当の犯罪者になりかねないよ」
生まれて十九年も付き合っていると、言うことに遠慮というものが全くなかった。他の人に対しては、カーデュもここまで言わない。相手がゼキだから、こんな言葉が飛び出すのだ。
「……わかった。他の誰でもない、カーデュが俺のことを誤解してるんだろう」
「そう? ぼくとしては、正確に判断しているつもりだよ」
「いや、絶対に間違ってる。いつ俺が女の子に手を出した? 俺は声をかけてるだけだぞ。いいか。女の子ってのはな、ほめればどんどんきれいになっていくものなんだ。俺はきれいな子が好きだし、女の子だって自分がきれいになれれば嬉しいはずだろ」
「どんなに年をとっていても? いつだったか、八十を超えたおばあさんまで口説いたって聞いたけれど」
「百才超えてたっていいじゃないか。彼女達には年月を超えた美しさってのがあるんだ。いくつになったって女性である以上、きれいになりたいと思ってる。俺はその手伝いをしてるだけだ」
どの女性にも、その人なりの美しさを持っている。それがゼキの持論だ。
「なるほど。ものは言い様だね。じゃあ、男にはどうして声をかけないんだい? 女性に限らず、ほめられればそれなりにいい顔になると思うよ」
「それは決まってる。俺の役目じゃないからだ」
きっぱり言い切る。
「男がきれいになって嬉しいか? 第一、男が男をほめたって、相手も周りも気持ち悪くなるだけだろ。男は女の子からほめられた時こそ、仕事だって何だってがんばれるものなんだ」
ゼキが男に声をかけまくっていたら、そちらの方が余程おかしな噂をたてられそうだ。
「つまり、男に声をかけるのはゼキの女性版がすればいいってこと? それって、世間から尻軽女、なんて言われそうだよね」
「……じゃ、俺も何か言われてるって言いたいのか」
「うーん、軽薄とかって思われているんじゃない?」
「そう思ってんのは、カーデュだけだっ」
「きゅん!」
突然、チカルが緊張した声で鳴いた。
少し大きな声を出してしまったので、びっくりさせたのかと思ったが、チカルの視線は二人の進行方向へ向けられている。
「何だ? こんな所に誰かいるのか」
「ゼキ、チカルが背中の毛を逆立ててる。……森で何かありそうだね」
目の前には、大きなジュカの森が腕を広げて待っていた。ゼキとカーデュが歩いているこの道は、森の中へと続いている。
その森へ入る直前の辺りで、なぜか人が数人集まっていた。離れた所からでも、それが身体の大きそうな男達なのは見てとれる。
しかも、チカルが背中の毛を逆立てているから、何か争いごとをしているはずだ。
チカルは人の感情の高ぶりにひどく敏感で、それがケンカなどよくないことに発展しそうになれば、今みたいに背中の毛を逆立てる。
「お、あの集団の中に、女の子発見。カーデュ、行くぞ」
ゼキは言い終わらないうちに、もう走り出していた。
「ええ? 女の子ってどこに……どうしてそういうのだけ、見えるかなぁ」
半分あきれつつ、カーデュもすぐにゼキの後を追った。
☆☆☆
「盗賊なんかと遊んでるヒマなんてないのよ。そこを通して」
ゼキとカーデュが近付くと、凛然とした少女の声が響く。
「ほう。盗賊か。どうして俺達が盗賊だって思うんだ?」
「人は見掛けによらない時と、見掛け通りの時があるのよ。あなた達の場合は見掛け通りでしょう。でなきゃ、どうして男四人で女の子一人を囲むのかしらね。祀り上げてくれるつもりなの? あたしはあなた達が望む御利益なんて、与えてあげられないわよ」
その言葉通り、一人の少女が四人のむさ苦しい男に囲まれている。だが、長く真っ直ぐな黒髪の少女は、男達がつくる輪の中にいてもまるでひるむ様子がない。
自分より頭二つ分は背が高い、体重は三倍以上はありそうな男を目の前にして、はっきりと言い切った。
顔が埋もれるかと思う程のひげ。大雑把に束ねられた、ほこりだらけの髪。大きな刀傷のある頬。獲物をいたぶってやろう、という感情がその目にはありありと浮かんでいた。
どう見ても、いい人そうには見えない。彼女が言うように、見掛け通りの人種と思われた。
見たところ十五歳前後であろう少女はとてもきゃしゃで、だがそんな相手を臆せずキッと睨み付ける。その瞳は紫水晶のような、美しい色。
自分の周りには、目の前にいる男と似たり寄ったりの男が他に三人もいて、完全に四方を囲まれている状態なのに、とても堂々とした態度だ。
怖がりながらも気丈に言い放つならまだしも、本当に自分達を恐れていない。
それを見て少女を囲んでいる男達の方はプライドを傷付けられ、本気で怒るのに時間はかからなかった。
男達は、少女の言う通りに盗賊だ。
北の方の街で盗みをはたらき、役人の手を逃れてこの近くまで来ていた。しばらく森に身を潜め、ほとぼりがさめたら別の街でまた一稼ぎするつもりだったのだ。
そこへ、この少女が森へ近付いて来たところを仲間の一人が見付けた。しかも、都合よく女一人。こんないいカモはないとばかりに、こうして絡んでいるのだ。
金を持っていればいただけばいいし、なければしばらくおもちゃとしてでも役に立つ。
「へっへ、面白いこと言うじゃねぇか、お嬢ちゃん。あんたがいるだけで、俺達は喜んでるんだぜ。そう急ぐこともなかろう。俺達と遊んで行けや」
目の前の男が、少女の肩を掴む。その手に遠慮はない。小生意気なことを言われ、恐怖心のかけらもないことに対する怒りも込められている。
男にとっては、頼り無い程にその肩は細い。力をちょっと込めて握れば、骨など簡単に砕けそうだ。
「その手を離しなさいよ」
「つれないねぇ、お嬢ちゃん」
少女が怒鳴るが、そう言われて男が離すはずもない。少女がその腕を掴むが、動く気配すらなかった。言葉なら出せても、その手を簡単に引き離すことは難しい。やはり、そこには基本的な力の差があった。
それがわかるから、男がにたりと優越感にひたる。
「おい、おっさん。お嬢さんがいやがってるだろ。そのきったねぇ手を早くどけろ」
突然剣の鞘が男の腕を打ち、少女の肩から離れた。
「うっ……。だ、誰だ、てめぇ」
ここはさびれた村からかなり離れている。叫んだって、助けなど来るはずのない所。
そこへ自分達以外の男の声が響き、盗賊達は目を見開いた。
この界隈なら、現れてもせいぜい行商人か通りすがりの旅人くらいのもの。だが、この風貌を見て助けに入る者など、滅多にない。
つまり、こういう状況なら、自分達の優位はほぼ確定していたはずなのに。
「んー、おっさんみたいな男には答えたくないなぁ。彼女になら、聞かれなくても喜んで自己紹介するんだけど」
その彼女も、突然現れたゼキを見てきょとんとしている。
「けっ。ふざけやがって。救いの騎士でも気取ってるのか」
一度は怖じ気付いた盗賊達だったが、相手がそう強そうにも見えない若造なのを見て、すぐに自信を取り戻した。
彼の後ろから赤毛の男がまた一人現れたが、こちらもたくましいとは言えない身体付きだ。
対してこちらは四人。もちろん、腕に自信あり。二人ずつでかかれば、楽勝だ。いや、一人でも楽に始末できる。
「ちょっと違うな。気取るってのは、そういうふうに装うって意味だ。つまり、フリをするってことだろ。俺は気取ってるんじゃなく、本当にそうなんだよ。ああ、言っておくけど、ふざけてなんかいないぜ。俺は女性の前ではいつも本気だ」
「こンのガキがぁ」
ゼキは本当に本気で答えたのだが、やはり盗賊にはふざけているようにしか取られない。
全員が剣を抜いた。