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その日、ユスティーナは国王に呼ばれて登城していた。どうやら昨日ヴォルフラムが帰城した後、国王にユスティーナとの話をしたらしく、その件で呼び出されたのだ。
『ヴォルフラムから昨夜、ユスティーナ嬢について話があると言われてな。直ぐにでも貴女を娶りたいそうだ。だが私としては、まだ早いと考えている。ジュディットやレナードの事もあり、何分体裁が悪いからな。それはヴォルフラムも重々理解はしている筈だが、それでも貴女を直ぐにでも自分の支配下に置きたいのだろう』
『……』
途中までは驚きながらも胸がいっぱいになるくらい嬉しく思いながら話を聞いていた。だが最後の『支配下に〜』辺りで思考が止まった。あくまで国王の考えだが、彼ならなきにしもあらず、と言った所だ。
『先程も言ったが、やはり体裁もある。故に許可はしなかった。婚儀はもう少し先にする。ただヴォルフラムが感情を優先させるなどと、少々驚いてな、興味が湧いた。貴女がヴォルフラムをどう思っているか、私に聞かせて欲しい』
国王とはこれまで話す機会は挨拶程度で殆ど無かった。立場を考えれば当たり前の事ではあるが、それだけじゃない。国王は威厳があり、何時も無表情でとても気軽に話せる人柄ではない。周囲からの評判は区々だが、悪い噂も少なくない。ルネから聞いた話の中でも少し出てきたが、余り良い印象でも無かった。だがユスティーナは彼に対して、好意的な気持ちを持っている。それは愛する人の父親と言う事もあるが、今こうして生きているのは彼のお陰だからだ。彼が母を助け出してくれなければ、母子共に殺されていた筈だ。
そこまで考えて、ユスティーナは何とも言えない気持ちになった。国王に命を救われ、その息子であるヴォルフラムにも命を救われたのだ。運命的なものを感じてしまう。
『私はヴォルフラム様となら、地獄に堕ちても構わないと思っています」
沢山の言葉を並べるよりも、本当に伝えたい気持ちだけを簡潔に話した。
『地獄か……確かにヴォルフラムは、天国にはいけないだろうな』
すると一瞬だったが、国王が笑ったのだ。思わずユスティーナは目を疑った。
『ユスティーナ嬢、改めて愚息を頼む』
その後、彼はもう一人の息子の事やジュディットの話をした。それをユスティーナは黙って聞いた。この時ばかりは、彼は国王ではなく父親の顔をしていた。
国王との話を終えたユスティーナは帰ろうと廊下を歩いていたのだが、遠目に良く見知った姿を見つけた。弟だ。昨夜の事を考えると二の足を踏んでしまう。昨夜はあの後、ロイドの様子がおかしいのが気になり部屋まで行ったのだが、結局入れて貰えずに諦めた。今朝は今朝で、ユスティーナが目を覚ますと既に出掛けていて会えずじまいだ。これは完全に避けられている。屋敷に帰ればきっとまた同じ様になり、話せないかも知れない。そう考えたユスティーナはロイドに声を掛けようと追いかけた。だが思った以上に弟の足は早く、追いつく前にとある部屋に入ってしまった。まさか部屋に入る訳にはいかないので、諦めて帰ろうと踵を返すが……。
『姉の……』
『?』
だが部屋の中から弟がユスティーナの事を話す声が聞こえてきて、思わず足を止めた。ただ「
盗み聞きなんてダメよ……」そう言い聞かせ立ち去ろうとしたが、更にヴォルフラムの声まで聞こえてきたので、完全に足が止まってしまったのだ。
ヴォルフラムと話した後、執務室を出たユスティーナは、馬車に乗り帰路に着く。帰りの馬車に揺れながらユスティーナはロイドの言葉を思い出していた。




