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「成る程ね、話は分かったよ」
今朝ヴォルフラムが執務室へと行く途中、廊下でロイドに挨拶をされた。此処までは何時もと何ら変わりない光景だ。だがヴォルフラムが通り過ぎようとすると「ヴォルフラム殿下、大事なお話があります」と呼び止められたのだ。
ヴォルフラムは、午前に終わらせなくてはならない仕事があるので、取り敢えず昼休憩の時に話を聞くと彼には伝えた。
昼を少し過ぎた頃、ロイドが執務室へとやって来た。大事な話と言っていたので、予め人払いをしており、部屋にはヴォルフラムとロイドの二人きりだ。そして今に至る。
話を始めた彼は、開口一番に「姉の……」と口にした。まあ、詳しい内容は分からないが大方ユスティーナの話だと言う事は察しが付いていた。
昔から彼女を見守っていたので、必然的に彼の事も良く知っている。
ロイドは昔から姉であるユスティーナが、大好きな様で異性の兄弟姉妹にしてはやたら距離が近い様に思っていた。簡単に言えば姉依存だ。昨日の今日だ。きっとユスティーナから自分との話を聞いて、不満の一つでも言いたいのかも知れない。
そんな風に軽く考えていたが、ロイドはヴォルフラムの予想外の発言を披露してくれた。ある程度の姉依存なら、別段気にする事もないが……流石のヴォルフラムもロイドの話を聞き頭痛がして来た。
世の弟と言うものは、莫迦ばかりなのか?
そんなつまらない事を考えてしまう程、呆れた。ロイドを呆れ顔で見遣りながら、ヴォルフラムは実弟であるレナードを思い出す。これまで二人が似ているなどと感じた事は一切無かったが、急にあの愚弟と同類に見えてきた。
「驚かないんですね」
「まあ、知っていたからね」
ユスティーナとロイドが血縁関係にない事は無論疾うの昔に知っていた。ただ本人等がその事実を知っているかどうかまでは知らなかったが……ユスティーナが知らないという事だけは予想通りだ。
「そうですか……それでは、姉と婚約解消して下さるんですね」
「……悪いがそれは出来ない相談だ。君の言いたい事は分かったが、彼女を手放すつもりは微塵も無い」
そう言った瞬間、彼は目を見開いた後顔を顰めた。
「何故ですか……。姉の幸せを想うなら、僕に任せるべきです。僕は姉の事なら何でも知っている。姉の好きな食べ物、曲目、色、本、その他何だって分かっています。僕達はずっと一緒に過ごして来たんだ……誰より姉の理解者は僕だ。だから姉を一番幸せに出来るのは僕なんだ」
「話にならないね。大体、以前彼女を王太子妃にして欲しいと自分で言ってきた事を忘れたのかい」
「……あの時はまだ真実を知らなかったんですから、あの約束は無効です」
「随分と都合の良い話だね」
「何とでも仰って下さって結構です。兎に角、姉とは婚約を解消して下さい!僕が姉さんを幸せにするんだ!」
今にも噛み付いて来そうなくらい声を荒げるロイドに、ヴォルフラムは大きなため息を吐いてみせる。
「じゃあさ、聞くけど。ユスティーナが君に幸せにして貰いたいって言ったの?」
「そ、それは……」
「言ってないよね?君が今話した事は全て君の独りよがりで、そこに彼女の気持ちは全くと言っていい程反映されていない」
「っ……」
「そもそもだよ。ユスティーナは君と血の繋がりがないとは知らないんだろう?オリヴィエ公爵も本人には話すなと言っているのに、その事実を彼女に告げるつもりかい?傷付くと分かりながら……」
彼は拳を握り締め、唇を噛んでいる。
「世の中には知らない方が幸せな事は沢山ある。彼女にとってその事実は、それに当て嵌まるんじゃないかな。ロイド、君はユスティーナの幸せじゃなく、自分自身の幸せを望んでいるだけだ。頭を冷やせ。本来なら王太子であるこの僕にこんなふざけた話をしたんだから、オリヴィエ家に抗議したい所だが、君は彼女の大切な弟であり僕にとっても将来の義弟だからね。特別に、今聞いた事は忘れてあげるよ。但し、二度はない。僕から彼女を奪おうとするなら、何処の誰だろうと容赦はしない。僕としては将来のオリヴィエ公爵を損失するのは本意ではないからさ、この事は今直ぐ忘れろ」
ロイドはそれでも納得出来ないのか、不満そうな表情を浮かべながら、簡単な謝罪を述べて部屋から去って行った。
「やれやれ、困ったものだ。……ユスティーナ、出でおいで」
独り言つと、開け放たれた扉へと声を掛けた。




