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彼女は首筋のドレスをずらしていく。
まさかこんな場所で……⁉︎
生唾を呑みながらもヴォルフラムは慌てた。
「ユ、ユスティーナ!流石にこんな場所ではまずいよ。ば、場所を移動しよう!城に帰ってから、いや、君が待てないなら……ば、馬車の中でもっ」
柄にもなく興奮してしまい、言葉が上手く出てこない。
ユスティーナがこんなにも積極的で大胆だったなんて、意外だ。意外だが、コチラとしては大歓迎だ。いやしかし、彼女は初めてな訳で、幾ら待てないと言っても、馬車などでするのは如何なものだろうか……。愛する女性は大切に扱いたい。やはり初めては優しく丁寧に、少し焦らしながら彼女を気持ちよくしてから、それから一緒に自分も……。慣れてきたら焦らしに焦らして、彼女の口から「欲しい」と言わせるのも悪くない。それくらいになれば、ベッドの上以外でするのも良いかも知れない……馬車の中でも、無論いい。
「ヴォルフラム様?」
名前を呼ばれて我に返りユスティーナを見遣ると、目を丸くして首を傾げていた。
「如何なさったんですか?待てないとは一体……それに馬車の中とは……。もしかして急用ですか⁉︎私の事はお気になさらずに、お戻り下さい」
話が噛み合わないユスティーナに、ヴォルフラムの思考は無になる。これは完全に違う。一人勘違いをして頭の中で盛り上がり妄想を繰り広げ……最悪だ。
「あ、いや、違うんだ……何でもないよ。それより首がどうかしたのかな、ハハ……」
ドレスが少しずらされ白い肌が露わになっている首筋を改めて見遣る。そこである事に気が付いた。
「痕が、ない」
ユスティーナの首筋には火事で出来た火傷の痕がくっきりと残ってしまっていた筈だ。まさか彼女と会わなかった四ヶ月で完治した?いやあり得ない。あれだけ酷い痕なら、多少薄れる事があっても一生残る筈だ。
「ルネ様から婚姻の祝いと、手向けにと魔法の水が入った小瓶を頂いたんです」
「魔法って……。ユティ……もしかして、それを飲んだの?」
「はい。飲んだ瞬間、全身から火傷の痕が綺麗に消えていきました。私、本当に驚いてしまって……でも、でも嬉しかった……」
余程嬉しかったのだろう。彼女は泣き笑いの様な表情になる。それを見てヴォルフラムも自然と笑みになった。
「それにしても、魔法なんて本当にあるんですね!驚きました。魔法なんて本の中のお話で……」
更に今度は眩しいくらいの満面の笑みを浮かべながら魔法の話を始めたユスティーナを見て、ヴォルフラムの顔は引き攣った。
危う過ぎる……ー。
ルネ云々ではなく、得体の知れない幽霊から貰った如何にも怪しげな水を、何の躊躇いもなく飲むなど危険にも程がある。純粋無垢な所は、彼女の良い所ではあるが、危うい。
「ユティ、痕が消えたのは本当に良かったと思う。やはり女性の君には辛い事だからね。まあ、僕は痕があろうがなかろうが、君への気持ちが変わる事はないけど。だが、今度から絶対にそんな得体の知れない液体は口にしてはダメだよ」
「得体の知れなくはないです……。ルネ様に頂いたんですから」
少し不満そうに唇を尖らせる姿は、可愛過ぎて嘘でも肯定してあげたくなる。だが彼女の為だ。それに自分の為でもある。ユスティーナを喪うなんて考えられない。
「例えそうだとしても、安易に口にするのは危険過ぎる。他人を信じるなとは言わない。だが疑う事も忘れてはダメだよ」
「……ヴォルフラム様の事も、ですか?」
「そうだね。君はもう分かっていると思うけど、僕は善人ではない。利用出来るモノはなんだってする。君への気持ちに嘘偽りはないが、君を利用しないとは限らない。だから大切な事は自分自身で確りと見極める事だよ。それに男は皆獣だからね。安易に信用してはいけないよ」
「はい……」
「良い子だ」
そこでヴォルフラムは、ふとある事を思い出した。
「そう言えば以前、ユスティーナは悪魔を凄く怖がっていたよね?幽霊は平気なの?」
素朴な疑問だった。あれだけ悪魔に過敏に反応を見せていたのにも関わらず、幽霊はまるで怖がっていない。腑に落ちない。
「悪魔は苦手ですけど、幽霊は大丈夫です」
「……」
彼女の基準がまるで理解出来ない。確かに二つは別物だが、この世のものではないといった点では同じだ。ヴォルフラムからしたら、そもそも幽霊よりも悪魔の方が更に非現実的な存在であり、怖がる必要性を感じないと思うのだが……。
「昔良く、お母様から、悪い事をすると悪魔に食べられちゃうわよって言われたんです。私それが怖くて怖くて、今でも悪魔って聞くだけで無意識に身体が縮こまってしまいます……。でも幽霊は元は生きていた人ですから、怖くはありません。寧ろ亡くなってからも会えるなら、羨ましいくらいです。私も会えるなら、幽霊でも良いから、お母様にもう一度会いたいって思います」
成る程。彼女らしい考え方だ。本当に彼女は面白い。頬が緩むのを抑えられない。
その後、ヴォルフラムはユスティーナを屋敷まで送り届け、その日は城へと戻った。




