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「あれって、夢じゃなかったんですね」
一頻り泣いた後、急に冷静になり恥ずかしさと情けなさで死にたくなった。さり気なく身体を起こして、態とらしい咳払いをする。
だが頭は真っ白で何を話せば良いのか分からず、気不味さから誤魔化す様にあの日の話をユスティーナにしてみたのだが、彼女からは意外な反応が返ってきた。
「……ユスティーナ、君あれを夢だと思っていたの?」
「はい……。だって目が覚めたら自分の部屋だったので、ずっとお母様とお城に行った夢だと思っていました。でもまさかあれが夢じゃなくて現実で、しかもあの時のお兄様がヴォルフラム殿下だったなんて……は、恥ずかし過ぎます‼︎」
ユスティーナはアワアワとしながら顔を真っ赤に染めた。先程までの毅然とした姿は見る影もない。以前と変わらない愛らしい彼女だ。ヴォルフラムは少し余裕を取り戻す。
「酷いな、ユティ。僕はあの日の事、一時だって忘れた事はないと言うのに……」
本当に彼女は面白いし、興味深い。てっきり忘れてしまっているものとばかり思っていたが、まさか夢だと思われていたなんて……。
「すみませんっ……え、でも何故」
「僕はあの日、幼い君に救われたんだ。そして君に、恋に落ちてしまった」
無意識だった。あれが恋だと認識したのは最近の事だとは格好がつかないので伏せておく。
「恋ですか⁉︎」
そうだよ。そしてあの日から僕はずっと君を見守ってきたんだ。だから本当は君の事なら何だって知ってる。君の好きな花や色、好きな食べ物、交友関係に至るまでね、とは流石に言ったら引かれそうなのでやめた。
「そうだよ、僕はずっと君を思ってきた。だから君の婚約者になれた時は、本当に嬉しかったんだ」
「ヴォルフラム、殿下……」
「ユスティーナ、改めて言う。僕には君が必要だ……いや違うな、そうじゃない」
心臓が煩く脈打ち、緊張する。ヴォルフラムは立ち上がり、ユスティーナの前に跪くと彼女の手を取る。
「ユスティーナ、僕は君を愛している……君が欲しい。これから先、生涯僕の側にいて欲しいんだ」
「私の気持ちは、先程も申し上げた通りです。ヴォルフラム様、これから先、私は貴方だけを愛し、貴方の為にあり続け、ずっとお側におります」
ヴォルフラムはユスティーナを抱き締めて、彼女の柔らかな唇に口付けを落とした。
「んっ、ぁ……ヴォルフラム、殿下……」
「ユスティーナ、もう殿下はやめてよ……ヴォルフラムって呼んで」
「ヴォルフラム、様……」
「ユティ、良い子だね」
ユスティーナは瞳を閉じて、ヴォルフラムの背に手を回し受け入れてくれた。これ以上ないくらいの幸福感に包まれる。頭や身体が甘く痺れるのを感じ、暫く夢中で彼女の唇を貪ってしまった。息をするのも、もどかしく感じてしまい気が付けばユスティーナが朦朧としていた。
「僕とした事が、ごめん。夢中になり過ぎて、自制が効かなくて……」
ぐったりっとしているユスティーナをヴォルフラムは膝の上に乗せ、抱き締める。半開きになった彼女の唇から乱れた呼吸に思わずごクリと息を呑んだ。
口では謝罪しながらも、柔らかく良い匂いのする彼女の身体を抱き締め確りと堪能し、身体が疼くのを感じていた。我慢出来ず、首元に唇を寄せ軽く吸う。だがそれでも正直、我慢するのが辛い。これくらいじゃこの興奮は鎮まりそうにない。今直ぐ彼女を連れ帰り、部屋のベッドに二人で沈みたい……こんな状態でお預けになるなんて、まさに地獄だ。
そんな不毛な事を悶々と考えていると、少し落ち着いた様子のユスティーナはヴォルフラムを見上げてきた。
「ヴォルフラム様」
「どうしたの?もう平気なのかい」
意地悪そうに笑って見せた。
すると彼女は熱を帯びた瞳でヴォルフラムを見上げながら、徐に自らのドレスに手を掛けた。
「ユスティーナ⁉︎」
「ヴォルフラム様……私」




