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『寝ちゃったね』
あんなに元気に話していた少女は、疲れたのか急にウトウトとし始めたかと思ったらヴォルフラムの膝の上で寝てしまった。軽く身体を揺すってみるが、起きる気配は皆無だ。
さて、どうしたものかとヴォルフラムは苦笑する。名前は聞いたが、肝心の家名を聞きそびれてしまった。
『仕方ない』
面倒だが、職務怠慢をしたであろう侍従でも探す事にする。今頃、慌てふためいているに違いない。
『この事はどうか!どうか陛下には御内密に……』
少女を抱っこしてヴォルフラムが廊下を歩いていると見るからに挙動不審な男を見つけた。呼び止めるとヴォルフラムと抱えられた少女を見て青ざめながら床に頭を擦り付ける。
『大人しくされていたので、ほんの少し部屋を離れただけなんです‼︎本当なんです‼︎信じて下さい‼︎』
『ふ〜ん』
どうやら少女の母親は、父の客人の様だ。
『で、この子の親は一体何処の誰なの?』
『そ、それは……その……』
『言いたくないなら良いよ。お前の上官は誰だ?』
そう言うと男は観念した様に項垂れ、重い口を開いた。
ヴォルフラムは未だに、熟睡している少女を侍女に引き渡す。あの後侍従から洗いざらい話を吐かせた後、侍女を連れてくる様に命じた。その理由は単純で、このダラシない男に彼女を引き渡すのが不安だったからだ。それに、こんな男にこの純粋無垢な少女を触れさせるなど出来ない。彼女が穢れる。
『この子を頼むよ』
侍女は丁寧にお辞儀をして、彼女を抱え去って行った。ヴォルフラムも踵を返しその場を後にするが、自室ではなくある場所へと向かった。
『アレが、オリヴィエ公爵の訳ありの愛妾か……』
特別室から出て来た女性を、柱の陰から覗き見る。ヴォルフラムはあの侍従の話を聞き、この場所へとやって来た。
この特別室は普段使われている応接間とは違い、主に公に出来ない来客がある時に使用されている。
女性に続いて姿を現したのは、父だった。どうやら本当に二人きりで会っていた様だ。まさかオリヴィエ公爵の愛妾と父が密会しているとは驚きだ。どう言う関係なのだろうか。
程なくして女性と父は一言二言交わすと、それぞれ別の方へと踵を返す。ヴォルフラムは音を立てない様に、そっとその場から立ち去った。
自室に戻り、思わず一人で笑った。
面白い事を知った。あの父にこんな秘密があるとは。あの完璧を絵に描いたような父に弱みなど存在しないと思っていたが、これは使えるかも知れない。
もっと詳しく調べておいて損は無い筈だー。
その日からヴォルフラムは自らオリヴィエ家の事柄を調べ出した。




