41
レナードがヴォルフラムの気配に気付きながら、意図として自分の事を話し出したのは分かった。止めようと思えば簡単に出来た。だが何故か声も出なければ、身体も微動だにしなかった。
自分の本性を知った彼女はどうするだろうかー。
そんな下らない興味に駆られた……。その反面で彼女がレナードと自分のどちらを信じるのか、正直気になった。
『嫌われてしまいましたね』
そんな事、言われるまでもなくあの時分かった。レナードの話を聞いた彼女が困惑し引いているのをヒシヒシと感じた。
彼女は自分ではなく弟の言葉を信じたのだ。そう思った瞬間、笑いが込み上げてきた。別に可笑しい事なんて何もない。ただ自分の愚かさを笑いたい気分だった。
弟の言葉を否定した筈が、実際は過信していたのだ。きっと彼女ならレナードではなく自分を信じてくれると思い上がっていた。
「嫌われてしまったね……」
独り言つ。思わず声に出して笑った。
ヴォルフラムはあれから城に戻り、執務室で仕事をこなしていた。だがまるで手につかない。自分らしくない。
損得を除いた感情だけの話ならば、別に誰に嫌われようと蔑まれようと裏切られたって興味はない。それなのに、何故彼女に対してだけは違うのだろう。何故こんなに、虚しさを感じるのだろう……。
嫌われたくない。自分を選んで欲しい。自分を好いて欲しい、側にいて欲しい。……彼女から、愛されたい。彼女が欲しくて堪らない……こんな感情など自分には相応しくない。こんなつまらない事を考えるなんて、どうかしている……。
以前から彼女に興味があった。オリヴィエ公爵家の娘で、余り貴族令嬢らしくない、珍しい……始めはその程度の認識だった筈が、何時の間にか彼女を欲しがる自分がいて、気付けばどうやって彼女を手に入れるか考える様になった。だがそんな中でも損得の考えは常にあり、替えの効く存在だと思っていたのに……。
炎の中へ飛び込んだユスティーナを見て、彼女が死ぬかもしれない……そう思った瞬間身体が勝手に動いた。そこに損得なんてものは皆無だった。これまで何に置いても最優先だった自分の命すらどうでもいいと思うくらい、彼女を失う可能性に怯えた。
「……はぁ」
本当に今の自分はどうかしている。彼女は今は自分の婚約者だ。嫌われようが例え信用されていなくとも、その事実は変わらない。それに彼女がまた婚約解消を求めてこようが、言いくるめる自信はある。ただ、それじゃダメなんだ……。
「ユスティーナ……」
今日はもう仕事になりそうにない。ヴォルフラムはペンを置いてため息を吐く。そして諦めて立ち上がりると執務室を後にした。自室に戻る気分にもなれず暫くフラフラと廊下を歩いていると、中庭が視界に入り回路で思わず足を止めた。
『いいこ、いいこ』
初めて彼女と出会った時を思い出した。




