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あの火事から三ヶ月が経った。その間ユスティーナは眠り続けていた。外傷は日が経つにつれて良くなる一方で、一向に目を覚ます気配はなかった。原因を宮廷医に問いただすも、原因不明としか答えず全く役に立たない。各地の名医と呼ばれる者達を掻き集め診察をさせたが、結局結果は変わらず、ヴォルフラムはただユスティーナが目を覚ますのを待つしか無かった。
この時生まれて初めて、自分を無力だと感じた。
「私は、そんなに眠っていたんですね……」
困惑する彼女の頭を優しく撫でると、目を細める。そんな彼女に思わず頬も緩む。
「今、医師を呼ぶから待ってて」
直ぐに宮廷医を呼び彼女を診察させる。三ヶ月もの間眠っていたので身体は衰弱しているものの、暫くすれば元に戻ると言われた。それを聞いてヴォルフラムは胸を撫で下ろす。
正直情けない事に、この三ヶ月生きた心地がしなかった。仕事に身が入らず常に無気力状態になり、日に三回医師が診察をしていて、自分が見舞った所でなんの意味はないと分かりながらも毎日彼女に会いに行っていた。
まさか自分がこんな風に腑抜けになるなど、我ながら呆れる。
「失礼致します。ヴォルフラム殿下、そろそろお時間です」
扉がノックされ中に侍従が入って来た。
「ユスティーナ、実は今日、少し野暮用があるんだ。侍女を数人と隣の部屋に医師を待機させて置くから、何かあったら彼女等に言ってくれたら良い。僕は夕刻には戻るから」
そう言うと彼女は素直に頷いた。ヴォルフラムは部屋を出ると、足早に歩き出す。もう直ぐ正午だ。別に義務ではないが、一応見届けておく。
ヴォルフラムは頭から外套を被り、城を抜け出すと街の広場へと向かう。物陰に隠れて周囲を見渡すと、広場には大勢の民衆が押し寄せていた。かなり騒がしい。談笑する人間、ワインやビールを飲む人間と様々だ。子供達の姿もある。ちょっとしたお祭り騒ぎだ。
広場の中央には山積みにされた薪が置かれ、その中心に長い木板が建てられている。
「嫌っ‼︎離してー‼︎」
真っ白な簡素な衣服を着せられた女が後ろで手を縛られ、兵士等に引っ張られて姿を現した。漆黒の艶やかな髪は白髪に変わり、顔はやつれており、絶世の美女と呼ばれた面影はもう何処にもない。
「い、嫌よ‼︎私まだ死にたくないのっ‼︎」
必死に喚きながら踠き抵抗するが、いとも簡単に板に手足を縛り付けられていく。
教会に火をつけたんでしょう?
なんて罰当たりな……。
隣接していた孤児院も燃えたって聞いたわ。
シスターや子供達はどうなったのかしら。
俺知ってるぞ。取り残された子供を、新しく王太子殿下の婚約者になった貴族令嬢が助け出したんだろう。
あら、私が聞いたのは、その婚約者様を王太子殿下が助け出したそうよ。
素敵な話!
婚約者の座を奪われたって逆恨みして、殺そうとしたらしいぞ。
怖いわぁ、まるで魔女みたい。
暫し民衆等の声に耳を傾けていると、処刑人が松明を持って現れた。その瞬間、民衆からは歓声が上がる。誰もが興奮状態で、早く火をつける様に囃し立てている。
「嫌、嫌、嫌あぁぁ‼︎やめてー‼︎ごめんなさい、ごんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ、お願い、謝るから赦して、熱いっ」
足元の薪に火が放たれると女は縛り付けられた身体をどうにかして動かそうとしていた。泣き喚き悲鳴を上げながら、只管に謝罪を述べている。だがその声も民衆の声に掻き消され、次第に聞こえなくなった。炎がジワジワと女を足元から呑み込んでいき、一気に頭上まで燃え上がった時、ヴォルフラムは向かいの物陰に佇む男に気が付いた。
レナードー。
自分と同じく頭から外套を被り、ただ女を見ていた。
「助けて、お願い……レナードッー‼︎」
騒がしい中、民衆の声がほんの一瞬途切れた時女がそう口にしたのが聞こえた。弟の耳にも届いたらしく、その瞬間レナードはフードを深く被り直し、踵を返すと路地裏に姿を消した。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
街の中心部に位置する教会の鐘が鳴り響く。普段は大して気に留めない音が、不思議と今日はやけに耳についた。焼ける臭いが広場に充満し、まだ炎が燃え盛る中、ヴォルフラムも踵を返しその場を後にした。
ジュディット・ラルエット元侯爵令嬢。放火罪と殺人未遂の罪で火刑に処せられ二十一歳、死去。




